29 お化け屋敷


 その日は村人は村に帰り、菜々美たちは工場長館に泊った。

 翌日、療養が必要な村人以外が工場に来た。

 工場で働きたい人は無理しない程度に働いて糸を作って、販売ルートを作って卸せばいい。でも、すぐにはうまくいかないだろうなあ。今は糸を作れるのだから、作って溜めて売れるようにすればいいのかな。



 さてそういうことで、地方領主の屋敷である。呪われ穢れた水を駄々洩れさせている。あの側溝に流れ込んでいるのは一部らしいから、大湖にも行っている訳で塵も積もれば山になるんだろうな。

 元の悪霊が棲まっているかもしれない屋敷を何とかしなければならない。


「案内を頼む」

「わたくしが乗せて差し上げますわ」

 ヨエル様が村人たちに言うと、元村長が付き添いの村人と共に案内すると手を挙げた。ルイーセ様はやる気満々だった。

 エラルドと菜々美。ヨエル様とクレータとラーシュ。それに案内の元村長と村長の付き添いがルイーセ様の背に乗った。

 たくさん乗ったけれど余裕のようである。妖精すごいな。サーペントすごいな。


 ルイーセ様は側溝の踊り場から身を翻して、地下水脈に飛び込んだ。狭い水脈だが余裕でスイスイと流れる水を遡って行く。体の大きさも自由に変えられるのだろうか。妖精だからか? 異世界だからか? 誰も何も言わないが。

 途中から枝分かれした水脈が集まって広くなった。暗い洞窟のような所を水が跳ねて時々光る。何処か地上に続く流れがあるのだろうか。


「行きたくない。怖い。しかし女は度胸だわ」

「俺にしがみ付いて言うのか。震えていないか」

「武者震いです」

「勢いがないな」

「うっ……」

 お化けって怖いよね。実体がなくて恐怖を煽って。


「いい加減にせよ」

「ヨエル様、機嫌が悪い」

 チラリと見ると顔を顰めたイケメンがすぐ側にいる。

「あれ?」

 まじまじと見ると「何じゃ」と首を傾げる。神々しさに目が潰れそうなほどイケメンであった。

 そういえば村人たちはこの方を少し遠巻きにして、決して近付かない。今もルイーセ様の背中の上で間にラーシュとクレータがいて、元村長とその付き添いはその後ろで少し離れて座っている。


「私、ヨエル様のイケメンに慣れたのかしら?」

「何と、そうなのか」

 ヨエル様の手が菜々美の手を取る。

「ぎょえ」

「ナナミ……」

「もう少し可愛い声で鳴かぬか」

 両隣にいるイケメン二人のがっかりした声。残念な菜々美が金太郎を卒業する日は来るのだろうか。



 やがて流れは地上に出て緩やかな川になった。しばらく川を進む。両岸は雑木林やぼうぼうに背の高い草の生えた荒れ地だ。

「あの屋敷でございます」

 そうこうする内に元村長と村人が荒れ地の中の少し小高い所にこんもりと茂る雑木林を指して告げる。地方領主の屋敷は雑木林の奥に黒っぽく見える。

 ルイーセ様から降りたって近付いて行けば、まことに期待通りの荒れ果てた屋敷であった。お化けだろうが悪霊だろうが怨霊だろうが何でも出て来そうである。

 一行が屋敷の門の前に着くとお誂え向きに、一天にわかにかき曇り、雷鳴轟き、実におどろおどろしい、いかにもな雰囲気になった。


「これだけされると、却って出迎え御苦労という気になるわね」

「そんなことを思うのはそなただけであろう」

「あれだけ怖がっていたのですから、普通は──」

 悪かったわね、怖がらなくて。

 逆切れとかやけっぱちという言葉があるのだ、私の元居た世界には。ヨエル様とラーシュは冷たい。クレータと村人はだんまりを決め込んでいる。


「ナナミ、大丈夫か? 目が据わっているが」

「大丈夫です」

 心配するエラルドに据わった目のまま返事をして菜々美は腕まくりをする。

「私に張り合おうという根性。いいわ、受けて立ってやる」

 いつもの倍念入りにヒールをかけ、浄化をかけ、結界をかけた。そうしてずんずんと屋敷に入って行く。


 門戸を潜り、庭園を通り抜け、玄関を開けて中に入った。

「たのもー」

 しかし、雰囲気だけは立派だったが何も出て来ない。

 大山鳴動ネズミ一匹か?

 首を傾げて進む。三階建ての建物を隅々まで調べたが何もいない。それならと地下に行った。

 この屋敷にも地下があって倉庫や広間の奥に鉄格子の地下牢があった。地下牢の床は湿気た土で、そこに夥しい人骨が散らばっている。

 皆が眉を顰めた時、骨の山から黒いモノがぶわりと湧いてアッと思う間もなく菜々美に襲い掛かった。


 良くない気配が菜々美に憑いた。

「何、この気配。見損なわないでよ!」

 菜々美の一喝。黒い気配は霧散した。


 祓い清めて聖水を撒いて拝む。一発で綺麗になった。

「すごいです」

 あのおどろおどろしいアレは何だったのか。空気が清浄になった。

「何だかこけおどしだったわね」

「むーん、何だか胸糞悪いお話ですがお聞きになりますか、お嬢様」

 辞書のクレータが言う。

「一応聞いた方がいいかしら」

 みんなも神妙に頷いている。


「ここの領主は子供が好きだったようで、近隣の村から攫ってきては悪さをしていたようです」

「好きって普通の好きじゃないのよね」

「男の子も女の子も関係なくベッドに並べて好き放題。使えなくなった者は地下牢に捨てるというあくどい事をしておりましたようで、とうとう村人達と諍いになって殴り殺されたのです」

 ひどい話であった。

「双方酷い事になって皆逃げ出し、仲裁する者も片付ける者もおらず打ち捨てられておったようでございます」

「その……、黒いアレは子供たちの……?」

「いや、領主のようじゃ。ナナミに真っ直ぐ飛んで行ったからのう」

「うへえ」

 菜々美が金太郎だからだろうか。(許せん!)急いで自身を浄化した。そして黒い気配に対して徹底的に消滅せよと唱える。チリの欠片も許さないという徹底ぶりであった。

「聖女様の前では何も悪いことは出来んのう」

 元村長と村人は怯えている。


「とんでもない奴だわ。ここの館は壊して慰霊塔を建てましょうよ」

「そうだな、取り敢えずここの骨を集めて墓を作っておくか」

「それが良い」

 みんなで骨を集めて埋めてこんもりと土を盛った。その上に綺麗な石を盛り祈る。御霊の自由あれかしと願う。



 のんびり屋敷の外に出ると、ぐるりと兵士に囲まれていた。

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