28 工場の浄化


 エラルドと菜々美の内緒話を無視して村人の会議は続く。


「農地は放置されて荒れておったが、仕方がないんでここで開墾をし農業と漁業で生計を立てておった。儂の甥が馬鹿で申し訳ない事じゃ、すまんかった」

 元村長は村人に向かって頭を下げる。

 村人たちが慌てて元村長に頭を上げるように言う。


「ここに領主はいないのか」

「昔は地方領主がいたようじゃがどうなったのか」

「この辺りの地方領主は家が絶えて人も離散して、侯爵家が彼らを連れて来たようですが辺境伯とのいざこざで音沙汰がないようでございますね」

 菜々美との内緒話から戻ったエラルドが聞いて、ヨエル様が首を傾げると、生き字引クレータの説明が入る。


「取り敢えず元村長に頑張ってもらって、後継ぎは皆で決めればいい。誰か来るなら迎え入れればいい。ここらは広い、農園の人手もまだ要るだろう。みんなでよい村にすればいい。この工場も手のあるもので盛り立てればいい。焦る事は無い」

 エラルドの言葉に皆が頷いた。

「そうだな焦る事は無い」

「どうもどの国も問題が山積しているようで、今なら手出しもなるまいて」

 ヨエル様のお言葉で決まった。


「工場は綿花の輸入ルートとか、糸の販売ルートとかあったら、のんびり作って流せばいんじゃない。」

 そこでクレータが知識を披露してくれる。

「お嬢様、綿花の生産地はジャムス辺境伯の領地にもございますわよ」

「そうなの? 丁度いいわね、あの犬やらも辺境伯の従者みたいだし。どうせ後で行こうって思ってたし、良い伝手になるかも」

「ナナミ、お前は巻き込み体質だな」

「え、そうなのかしら」


 エラルドを巻き込んでヨエル様を巻き込んで、クレータ、ラーシュ、ルイーセ様、カイ、そしてウスリー村の人々と次々に巻き込んで、今度は辺境伯だもんね。国々を巻き込んで一大騒乱になるのだろうか。


「エラルドはいや……?」

 ちょっと不安になってエラルドを見る。

「そんな事は無い。昔の事は分からぬし、これは多分そういう運命なのだろう。お前はその為に呼ばれたのだろう。存分に巻き込んでひっくり返せばよい」

 開き直ったのか、それとも吹っ切れたのか、誰も異を唱えない。


「この世界に新しい風を」

「この淀んだ世界に清き流れを」



「よーし!」

 じゃあこの工場の近くにある嫌なモノを浄化しなければ。

「その前に、本日のデザートが出来ました」

 料理人たちが美味しそうに焼けたケーキを綺麗に切ったものを運び込んでみんなに配って行く。

「おお、いい匂い」

 アップルパイにリンゴのタルト、リンゴのコンポートに焼きリンゴ、そしてリンゴジュース。


 早速アップルパイを頂く。ここの料理人さんは腕がいい。パイはサクサク、リンゴは甘すぎず、バターもしつこくなくシナモンもちょっぴり。

 はぐはぐと嬉しそうに食べていたら菜々美を見るエラルドの瞳がフニャンと猫の目になった。


「ねえ、エラルド。この工場長館って、お宿にならないかしら。せっかく料理人がいるのに、もったいないわ」

「それもそうだが、人手がいるぞ。それにこんな所に誰が来るんだ」

「うー、そうね」

「まあゆっくり考えよう」

 そうだね。料理できる人って食堂でも居酒屋でも出来るし、お菓子屋さんでもパン屋さんでもいいんだよね。引く手数多で選び放題だね。



 食事の後はみんなで工場を片付ける。

 そして怪しい場所を探す。


 廃液だったらきっと湖に流す配管がある筈だ、と思っていたが、何と側溝からどんどん垂れ流し状態であった。ただ湖に流れ出る前に一度ため池に流れ込むようになっていて、そこにスライムが棲みついていて浄化しているようだ。木枠で作った簡単な蓋が池の上に置いてあって上から重しの石が乗っかっていた。


「ここって瘴気の溜まり場とかにならないの?」

「さっきからナナミがこの辺りを浄化しているからどうなんだ」

「うむ、この辺りに漂っていた瘴気は浄化されたようじゃ。しかし、この池にはまだ瘴気があるのう。ふむ」


 じっとため池を見ていたヨエル様が枝分かれした側溝を指さして言う。

「ううむ、向こうから何か嫌なモノが流れて来るのう」

「ああ、ここの側溝は昔からあるんじゃ。工場のは後からくっ付けただけじゃな」

「え」

「昔から地下水脈が流れておって、その一部が漏れ出て来るんで側溝を作って池を掘って湖に流しておったんじゃ。スライムは水脈から流れて来て池に棲みついた」


 ああそうか、この世界は異世界だった。魔法があって魔物や魔獣がいて、妖精、精霊がいる世界なんだ。

 スライムってすごいな。向こうの世界にこんな便利なモノが居たらなあ。


 村人に案内されて、側溝を辿って行くと踊り場のようになって石ころを敷き詰めて囲ってある場所がある。周りは草がぼうぼうに生えた斜面だ。敷き詰めた石の間から水が湧きだしていた。

「綺麗な水に見えるけど……」

 菜々美がじっと水を見ていると文字が浮かんだ。


 地下水 『食不可・穢れ・呪い』


「うわ、何この水、呪われてるし穢れてる」

 菜々美がポロっと呟くと皆がザッと後ろに下がった。

「瘴気でしょうか」

 これ地下からどんどん流れて来るのよね、止めようが無いじゃない。

「地下に何かあるのでしょうか」

「流れて来ているから上じゃないの?」

「どっちの方角だ?」

「むん、あちらの方角じゃ」

 ヨエル様の示す方角には、疎らに生えた木とぼうぼうの草がなだらかな斜面になってずっと続いていた。


「そっちって言やあ」

「地方領主の屋敷があった方かなあ」

「ずいぶん前から空き家で誰も住んでいないのう」

 それってお化け屋敷みたいで怖いやん。


「どうしたナナミ、顔色が悪い」

「この世界には怨霊とか悪霊とか幽霊とかいるの?」

「怨霊は知らぬが悪霊ならいるぞ。人やら妖精が恨みを残して死んだり散じたりすると悪霊になるというな」

「私そっち系苦手なんですけど、こっちって魔獣やら魔物がいるから、居なさそうな気がしたんだけど」

「死んだ者の怨念に瘴気が取り憑いたモノが悪霊じゃ。小物は散じるが大物は厄介じゃのう」

「う……」

「まだそこに居ると決まった訳ではないぞ」

 エラルドが宥めるけど居ないと決まった訳でもないよね。


「いやあ、あっちに行くと背筋が寒くなってよう」

「何か行きたくねえんだよな」

「行った奴がガタガタ震えて、亡くなったって言うしよ」

「いやああぁぁぁーーー!」

 エラルドが宥めるが村人がどんどん暴露する。菜々美はとんだ弱点を曝け出して、泣き顔でエラルドにしがみ付く。

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