25 工場長館で戦闘


「母さんと姉ちゃんが居ねえ」

 カイたちが他の牢も見て回って戻って来た。

「俺の妹も連れて行かれた」

「私の娘も──」

 ええと、女性ばかりって、もしかして──。悪い予感しか、しないんだけど。


「何処に連れて行かれたか分かるか?」

「工場長館だと思う」

 岬の突端にあった立派な建物だろうか。

「とにかく上に戻ろう」

 繋がれていた人たちを連れて地下の牢を出て工場に戻った。


「みんなお腹空いているんじゃないか。炊き出しをしたらどうだろう」

「食料はあるの?」

「工場長館にあるんでねえか?」

「工場長たちは何処に行ったの?」

「そっちにいると思うが──」

「じゃあみんなで行って、炊き出しと探すのと手分けをするか」

「それがいいか」


 工場の奥に綺麗な庭園で囲まれた立派なお屋敷があった。

 どこかの貴族の邸宅のようなとても立派な建物である。そこの警備兵のような輩が苦しがっている。菜々美がちまちまと浄化をして館に入って行く。


 豪華で広いエントランスの手前にある部屋は待合室だろうか。正面は階段で大理石の手すりに豪華なシャンデリアがぶら下がっている。左右に部屋があって右の部屋はドアが開け放たれている。中は豪華に装飾され骨董や絵画も置かれた立派な応接室だ。左側のドアは食堂だろうか。右と左の部屋の間に広い廊下があって両側に部屋が並んでいるようだ。


 先に食堂に行く。大小の食堂はどっちも広くてシャンデリアやら絵画やらで豪華に装飾されている。

「あっちが調理室のようですね」


「ううう……」

「ぐはああ……」

 苦しがっている声が聞こえる。調理人だろうか。

 ドアの少し手前で部屋の中に浄化をかける。みんなぐったりしているがどうやら大丈夫なようだ。

「はあ、ありがとうございます」と手をついた。

「ここの人はこれだけかしら?」

「はい」

 代表して料理長らしき男が答えた。


「炊き出しをしたいのだが材料はあるか?」

「はっ、ございます」

 エラルドの問いにかしこまって答える。

「じゃあクレータとラーシュが村人と一緒に炊き出しをするか」

「エラルド様、私もご一緒に行きます」

「こっちに魔物が来たらヤバいですから、ラーシュさんはこっちに居て下さい」

 ラーシュはクレータに引き留められてしまった。


「オレ邪魔しないから連れて行ってくれ」

「わたくしはこちらに居りますわ」

 ルイーセ様は炊き出しの方に回り、カイは探索に参加するという。母親と姉が心配なんだろう、父親と兄は酷い拷問で心身ともに疲れ果てた有様だし。それでもカイの兄は一緒に行くと申し出た。


 結局探索組はエラルドとヨエル様と私とカイとお兄さん、それに娘や妹が行方不明で比較的元気な人々と元村長になった。

 結界の重ね掛けをして手前の応接室から調べて行く。



 並んだ部屋を次々に家探ししていくと、いきなり扉がバンと開いて、そこから何者かが襲い掛かって来た。

 ガッ!

 エラルドが剣で弾き返す。

「ガルルル──」

 唸り声をあげている。

「魔物化しておるのう」

 元は人間とは思えない、ゴリラが角が生えて、鱗が生えて、牙が生えて、爪が伸びたような──、早い話が魔物だった。

「あれは工場長では」

「ぐぎゃああーーー!!」

 その部屋から何人かが出て来て、腕を振り回して襲い掛かって来た。


「こっちは村長じゃあ!」

 村人が慌てて逃げる。

「おお、わしの甥っ子が、あっちは取引先の交易商人か」

 元村長が呻くように言う。

 少しは元の姿を留めているのか見分けがつくようだ。

「どうにかならんのか!」

「どうにもならんのう」

 腕を組むヨエル様。

「ナナミ、聖水を!」

 焦ったように言うエラルド。魔物化しても元は普通の人間だった者を切るのも焼くのも咎めるというか──。

「え、はい」

 そうか、聖水という選択肢があった。

 菜々美は【アイテムボックス】から聖水を取り出すと、瓶の蓋を開けてその場にぽとぽとと垂らす。祈りは範囲とか強さとか加減したけれど、こっちは手加減なしだ。落ちた聖水が弾けてキラキラ光り輝きながら広がって行った。


「うがうがあああーーー!」

「ぎゃあああーーー!!」


 男たちの叫び声があがる。黒い靄が男たちの身体から滲み出て包まれる。そこまではラーシュと同じだった。しかし、靄は男たちを包み込むほどに真っ黒に湧いて消えた時には男たちは跡形もなく消えてしまった。


「こ、これは……」

「瘴気に侵されて、もはや完全に魔物化しておったか」

「ヨエル様……。でも、ヴァリトラは蛇になって逃げて……」

「あ奴は元々魔物じゃ。只人が瘴気を取り込むのは無理があるからのう」


 魔物化した工場長と副長と商人たちを聖水で清めると、魔物はすっかり消えていなくなった。


 呆けていても仕方がない。まだ女性たちは見つかっていないのだ。

「アンネー」

「マリー」

 娘や妹やらの名前を呼びながら屋敷の中を探す。


 一階にはいなくて二階を探す。

「ソフィー」

「カーラー」

 すると奥の部屋の方から女性たちの声が聞こえた。

「あんたー!」

「兄さーん」

「ハンナ!?」

「母さん! 姉ちゃん!」

「カイ!」

 カイが真っ先に声のするドアに張り付いた。

 声がするドアを開けると、山のように積み上げた椅子やら調度品の向こうに女性達が居る。向こうとこっちで積み上げた調度品やら椅子やらを退けて女性たちを助け出す。迎えに来た男たちに縋り付いて泣きだした。

 みんな無事そうだ。


「私らこの屋敷に連れて来られて、接待しろとか言われて──」

「みんながどうなってもいいのかと脅されて」

「部屋で震えていたら」

「湖から物凄い風が吹いて来て」

「その後、綺麗な気配が流れて来て」

「あいつらが苦しがって」

「みんなで逃げてこの部屋に閉じ籠って」


「ああ、怖かった」

「私たち助かったのね」

「よかった、よかった」

 お姉さんや娘や妹やお母さんは襲われそうになったところを湖から風が吹いて来て逃れた。そしたら綺麗な気配も流れて来て、彼らの様子がおかしくなって苦しみ出した。それで工場長館の一室に逃げ込んで立てこもった。

 ──という事らしい。



 その時、廊下の奥の部屋から誰かが出て来た。

「ワオオオ―――ン!」

「ロッキー!」

 カイが呼びかける。大きな犬がいる。

「グルル──」

 牙を剥いて低い姿勢で今にも飛び掛からんばかりだ。

 コイツ何?

 菜々美は聖水を撒いたはずだ。魔物が元気なはずがない。


 その後ろから女が現れた。女は一人ではない、後ろに銀髪の男がいた。

 男は菜々美に飛び掛かると腕を捕まえて女と二人犬に跨った。

「エラルド!」

 手を伸ばそうとしたが犬は奥の部屋を抜け開いたテラスから飛び降りた。

「ナナミ!」


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