16 エラルド


 フォリント王国は東の大陸の高地に住む遊牧民族が、大昔何年もかけてゆっくりと移動して来て、この地に落ち着いて築いた王国だという。その祖先は菜々美と同じような黒髪黒目の人種であったが、この西域で混血を繰り返し、この地の人種と殆んど差異が無くなった。


 魔法に優れ、細かい仕事にも優れていたが、混血を繰り返す内にそちらの差異も薄れて行った。

 フォリント王国でも、聖女召喚の儀式が行われていたが、召還の義を行う聖堂がある時騒乱によって穢され、以降儀式が行えなくなった。



 フォリント王国の王女であったエラルドの母がアンベルス王国に嫁いできたのは、アンベルス王国で失われた聖女の血筋が必要だったからだ。召喚の儀式を成功に導く要素の一つとして必要な聖女の血筋。アンベルス王国ではすでに聖女の血筋は失われて、召喚はしばらく失敗に終わっていた。


 エラルドは母親からフォリント王国の建国の話を聞くのが好きだった。


「母上、ただいま戻りました」

 エラルドはアンベルス王国で生まれた。母親はフォリント王国の第三王女で、アンベルス国王の第二妃となり、王女に似た黒髪と榛色の瞳を持った子供を産んだ。

 王女は聖女の血筋ゆえか聖魔法を使えたが、エラルドは使えなかった。

 その母親は今ベッドに臥している。日に日に弱っていく母親をただ見ていることしか出来ない。自分の不甲斐なさに泣きたくなる思いであった。


 アンベルス王国は、いやこの西域の国々の王族は金髪碧眼を尊んだ。髪の色、瞳の色だけで差別する国であった。特に聖女召喚をするアンベルス王国はそういうきらいがあった。

 第三王子として生まれたエラルドは謂れのない差別を小さな時から受けていた。

「まあ、また怪我をしたの?」

「はい」

 第一王子と第二王子は、端からエラルドを馬鹿にする。それは付き人や側近を巻き込んだ。いじめは常態化していた。


 エラルドはこの国の人間よりも体格が少し小さい。顔が整っていようが均整がとれていようが、人の目にまず入って来るのは纏っているその色であり、体格であった。人は見た目だけで差別するのだ。自分に優れた所が無ければ余計に、あげつらう。何かで優位になりたくて。


 母親にヒールをかけてもらう。その癒しの魔法が好きだった。

「エラルド、成人したらこの国を出て行きなさい。フォリント王国の民は大昔は騎馬民族だったそうよ。あなたもきっと大丈夫」

「でも、母上」

「私はもう長くないわ。あなたの事が心配なの」

 この国に来て息子共々散々痛めつけられた。もはやこの国には何の思いも無い。願わくは我が子には自由に幸せに生きて欲しい。

 優しく大人しい自分の息子だけが彼女は心配だった。

「これを──」

 彼女が取り出したのはフォリント王国に伝わるペンダントであった。



 だが母親が亡くなってすぐ、エラルドに父王から婚約者が押し付けられた。

 アールクヴィスト侯爵令嬢パウリーナ。我が儘で贅沢で浮気な女。男を何人も侍らせ、夜な夜な遊興に興じ、エラルドを見ると馬鹿にする。


 彼女の悪評は有名であった。だが仮にも侯爵家で、その財力も勢力も馬鹿に出来ない程であれば王家は喜んで受け入れる。



「何故あのような黒髪の男が婚約者ですの? 私、触れるのもイヤですわ」

 パウリーナはエラルドの目の前で罵詈雑言を浴びせる。

「触れずともよい。置いておくだけでよいのだ」

 アールクヴィスト侯爵は腹に一物抱えた黒い笑みで娘に言った。

「ヴリトラ様が取り込めば吉と仰ったのだ、後は贄にでも捧げればよいと」

「まあ、ヴリトラ様が」

 娘は嬉しげに笑った。近頃この屋敷に現れた守り神に父も娘も殊の外、傾倒して入れ込んでいた。

 長い真っ直ぐの水色がかった銀の髪、金色の瞳、スラリとして背の高い男は人間離れするほど美しくて、パウリーナはその男に夢中であった。



  * * *


 召喚の行われる日、エラルドも行かねばならなかった。

 召喚の儀式には聖女の血筋が必要だとされる。聖女を招き寄せるのに明らかに血筋の者がいた方が成功率が高いのだ。エラルドはその血筋故に、召喚の間の片隅にひっそりと立っていた。この国にはすでに失われてしまった聖女の血筋が必要だったのだ。


 やがて床が輝き、中央に人影が現れる。

「おお、召還が成功したぞ!」

「聖女様だ!」

 人々の騒ぎを他人事のように聞いた。


 召喚の間に聖女は立っていた。美しい顔立ちに綺麗に化粧を施し、茶色の髪に茶色の瞳だが、スラリと背が高くすっくと立ったその姿は聖女そのものだった。


 その横にもう一人、黒髪の女が蹲っていた。真っ直ぐの黒髪と黒い瞳、化粧っ気のない顔の所為だろう、年の割に幼く見える。

 その日、召還に巻き込まれ召喚の間で逃げ惑っていた少女は、エラルドを見つけて真っ直ぐバタバタと鳥のように羽ばたいて、その腕の中に飛び込んで来たのだ。


 いつこの国を出て行こうかと出奔する準備をしている最中だった。


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