15 お部屋に閉じ籠り


 船団はしずしずと湖の中を進んでいる。クライン公国側の三日月湖から大湖の中程に出て、またアンベルス王国側の三日月湖に入るという。

 天気が悪くて雨の日はのんびりと船室に居る。エラルドとヨエル様の部屋の方が広いので大体そちらに行く。

 クレータがお茶を入れて、四角いケーキを切ってくれる。

 のんびりと外の雨を見ながらケーキを食べた。


 目の前にケーキが差し出されて見るとエラルドだった。コレは俗にいう所の「あーん」であろうか。口を開けると放り込まれた。いいのだろうか、こんなことをして。飲み込むとまた目の前に持って来る。


 チラと顔を見ると割と真剣な顔をしている。そして宣わった。

「割とガキっぽい顔をするな」

「ケーキを食べるのにどんな顔をしろと」

「いや、ちょっとやって見たかった」

「あ、そう」

 何なんだろう。ガキなのか、大人なのか分からない人だな。



 そこにクレータの爆弾発言。

「あなた方のは犬も食わないというんですよ。さっさとお二人でお部屋に閉じこもって下さい」

 エラルドと菜々美を追いたてる。二人で部屋に閉じこもるって──、何。

「「いや、その」」

 戸惑う菜々美と躊躇うエラルド。

「早い者勝ちですよ」

 クレータがエラルドをけしかける。

「そうだ、勝たないといけない」

 決心をするエラルド。


「そんな未熟な男で良いのか?」

 ヨエル様がチラリと見て茶々を入れる。

「俺は、ま、まだ──だが」

「まだ何?」

「くっ」

「何よ、変な人ね」

「彼奴と何をいたしても面白くないであろうに」

「お、俺はお前だけだ。先の事は分からんだろうがっ!」

「だって──」

「そんな顔をするな、俺一人では不服かっ!」

「いや、相手は一人で十分です」

 ただ、このまま突っ走ってもいいのかと、思うのだけど。


「ヨエル様は──」

「今回は譲ろう」

 最後の頼みの綱をあっさりと断ち切られた。もう見捨てられたのか。

「う」



 こんな展開になるとは思わなかった。邪魔しに来る人も居ないし。

 部屋に入ってドアのそばで突っ立った。

「「あの……」」

「……」

 だんまりになってしまった。のの字、のの字をドアに書く。お見合いか?


「その、防音の結界を張ってくれないか」

「あ……、はい」

 エラルドが手を差し出す。その手を取って魔力を流す。帰って来る。

「沈黙の精霊よ、その加護の腕に招き入れ給え、結界」

 部屋全体がキンと音を立てて下界の物音気配すべてが遮断された。


「ああ、すごい。完璧だ」

 エラルドは菜々美の手を引きベッドに座らせ、その前に片膝ついた。手は取ったままである。このポーズはもしかして──。菜々美の心臓は跳ね上がる。

「ナナミ、君が好きだ。無事、婚約破棄出来たら結婚しよう」


 もしかしなくてもそうだった。エラルドはあっさり、単刀直入に言った。色気も素っ気もない、至極真面目でニュースのアナウンサーが痛ましい事件を報ずるような顔付である。エラルドの瞳は今はグリーンと茶が混じって色が濃い。

 そんな顔を見ながらでも菜々美の心臓はドキドキと大きな音を立てている。

 ちょっと唾を飲み込んで手を取っているエラルドのその手を見ながら言った。


「うん、私もエラルドが好きよ。でも、私があなたを必要としているから、利用しようとしているのでもいいの?」

「俺は必要なのか?」

「うん、失いたくない。でも恋や愛と同じかどうか分からない。卑怯よね、こんなのって」

 エラルドを見ると、返事はせずにただ首を横に振って、口角を上げ猫のように目を細める。そして呟いた。


「本当ならもう今頃は正式に結婚してたんだけどな」

「そうなの?」

「ああ。最初からそのつもりだった。国を出て村の近くの町の教会に行って──」

「え、あれって、そうなの?」

 村の近くの町に行こうって言ってたな。

「そうだ」

「あの崖を飛び降りる時から、そう思っていたの?」

「その前だ。お前がこの世界に来て俺を選んだ時からだ」

「そうなの?」

 ずっと一緒に居て、くっ付いていて、一緒にテントで何度も寝たのに、そんな素振りは無かったような。菜々美が鈍感なのか。

「そうなんだ」

 何だか照れ臭いとかそういう気分になって来る。


 ベッドの上に並んで座ると、エラルドはマジックバッグの中から何かを取り出した。ペンダントだろうか。キラリとチェーンが光る。

「これは俺の亡くなった母上が遺したものだ。愛する人が出来たらこれを渡せと言われた。誰にも渡せなくて、死んだら一緒に消える運命かと思っていたが、渡せる相手が出来て良かった」

 そう言って菜々美の首にかけた。何の宝石だろう。透き通って燃えるようなオレンジがかった赤い宝石だ。ペンダントの宝石が一瞬明るく輝いて瞬いた。

「宝石が喜んでいる」

「そうなの?」

 菜々美が聞くとエラルドは宝石を見ながら頷いて、頬に手を添え唇を寄せる。


「あ、あのケーキよりは、……俺が、好きか?」

 今、この体勢で聞くセリフだろうか。

「ちょっと! 人とケーキと比べてどうするの!」

「嬉しそうに食べていたじゃないか。俺はケーキになりたかった」

「いや、ケーキになられたら困る。私はあなたが私のそばにいてくれると、ずっとそばに居てくれると……」

 菜々美は掴んだこの手を離せない。しつこいのだ。コレは私のものよ。だって彼がそう言ったじゃない。コレは私のものだって。

「ナナミ」

「好きよ。ケーキより、ヤギより熊より」

(ああ、他に比べる奴がいない。私って、何て不憫なのかしら)


 エラルドは手にキスをして、両頬にキスをして、鼻やら顎やらにキスをして、抱き寄せた。ファーストキスは啄ばむような軽いキスだった。

 キスが甘いのは直前に食べたクリームケーキの所為じゃないと菜々美は思う。

 エラルドってヘタレなのかしら? でも、菜々美にとってそれが丁度いい。


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