転生領主は事務的メイドに軽蔑されたい 〜専属メイドに見下されながら嫌々ご奉仕されたかっただけなのに、なぜか超絶有能メイドばかり集まって領地が死ぬほど発展しだした件〜

天宮暁

転生領主は事務的メイドに軽蔑されたい

 俺の名前はエーシス・フィン・アルメイル。

 国の果て、大陸の果てにある超ド田舎の、しがない辺境伯の跡取りだ。


 転生者である。

 転生前にあったあれやこれやはばっさり省略することにする。

 転生前の人生なんて、どうせこれを読んでるやつと同じような感じだろ。


 でも、死亡の直前の状況くらいは語っておこうか。

 俺は会社からの帰り、終電の先頭車両の前寄りの席でぐったりとシートに背を預けながら、最近ハマってるちょっとエッッッなASMRを流し聞きしていた。

 電車の中は雑音が多いが、ノイキャン付きの最新イヤホンを使えば別世界。

 長時間のOA作業で痛む目を閉じれば、そこはすでに桃源郷だ。


 聴いてるのは、「事務的メイド・ザ・ベスト」と名付けた俺のお手製プレイリスト。

 数年以上かけて同人音声作品を聴き込んで、その中からベスト100を選りすぐった最強のプレイリストである。


 もちろん、音漏れにだけは細心の注意を払ってる。

 だから比較的空いてる電車の先頭車両に乗ってるのだ。


『――ご主人さま。まさか本気でおっしゃっているのではありませんよね? はあ……(ため息)、変態だとは思っていましたがまさかここまでとは。ですが、これもメイドの役目です。嫌で嫌でしかたありませんが、ご奉仕させていただきます。しかし、これはあくまでも職務でやっていること。妙な勘違いはしないでくださいね』


 低音ボイスが売りの声優さん演じるメイドが、クソデカため息をつきながら、しぶしぶと「俺」に身を寄せて――


 そこで、俺の身体がいきなり浮いた。

 その時の俺には知るよしもなかったが、おそらく電車が急ブレーキをかけたんだろう。あるいは、脱輪事故だろうか?

 ともあれ、慣性によって座席から浮かんだ俺は、浮遊感を持て余す暇すらなく宙を飛び、運転席前の壁に頭から激突した。

 人生で初めて味わうとてつもない衝撃があったような気がするが、幸いにして一瞬で済んだ。

 その後のことは覚えてない。


 前世の記憶を失ったまま、俺は異世界で貴族の嫡男として成長した。

 転生者としての記憶が蘇ったのは十五歳の誕生日を迎えた時のことだった。

 いわゆる異世界転生らしいと気づいたものの、特別なチートがあるわけでもなく、神から与えられた使命があるわけでもない。

 平々凡々の社会人だった俺に、異世界で使えるような専門知識があるわけもない。


 だが、やりたいことはあった。

 幸運にも若くして辺境伯という美味しいポジションにある俺には、ささやかながら権力もある。

 大事なことなのでもう一回言おう。

 今の俺には、権力がある。



 アルメイル辺境伯領は広大だ。

 その半数が荒野で占められるとはいえ、残りの部分はこの世界の技術でも耕作可能な土地が広がってる。

 当然、そこから上がってくる税収は馬鹿にならない。

 かつては魔族領からの侵略に備えねばならない立場だったそうで、財源となる土地を潤沢に与えられているのは、一種の危険手当のようなものだったらしい。


 したがって――いるのだ。


 屋敷内に。

 メイドが。

 たくさん。


 だが、ありがちな誤解は解いておく必要があるだろう。


 まず、メイドといっても年齢層は幅広いということ。

 俺と同じくらいの年頃の少女もいるが、四十代、五十代のメイドもいる。


 若いメイドさんに関しても、容姿の面では普通である。

 見た目による審査がないとは言わないが、勤勉さや正直さを重視して採用することがほとんどだ。

 採用の最終決定権者は領主である俺なんだが、大切な領主様に変な虫を近づけないよう、執事やメイド長が事前に候補者をふるいにかけてるからな。


 辺境の貴族家とはいえメイドたちの行儀作法はしっかりしたもので、領主である俺への態度はしごく丁寧で穏当だ。

 まちがっても俺を軽蔑の籠もった目で睨んだり、敬語のまま憎悪混じりの罵言を吐いたりするはずもない。


 命じてやらせようとしてもきっと無理だ。

 解雇の口実を作るための芝居、あるいは忠誠心を試すためのテストだとでも思われて、警戒されるにちがいない。

 実際、主人への暴言は即処刑――というほど物騒ではないが、まず間違いなくクビにはなる。

 辺境伯に無礼を働いたということになれば、広大な辺境伯領の中で割の良い仕事にありつくのは一気に難しくなるだろう。


「くそっ。どうやったら俺を軽蔑しながらも嫌々俺に仕え続けてくれるようなメイドを雇えるんだ……?」


 ……我ながら最悪なことを言ってるような気がするが、気のせいだ。


「そんな状況でメンタルを病んでしまってはかわいそうだしな……。俺に軽蔑を抱きつつも自分のメンタルをちゃんと守り、自分の感情を脇において淡々と仕事をしてくれるような人材、か……」


 我ながらむちゃくちゃなことを要望してるような気がするが、きっと気のせいだろう。

 俺のピンク色の脳髄が高速で回転し、ひとつの答えを弾き出す。


「そうだ! あいつがいた!」




「ひさしぶりね、エーシス」


 俺の書斎に通されたそいつは、あいかわらず気の強そうな口調でそう言った。

 強い光をたたえた青い瞳。長くたなびく金髪をポニーテールにし、赤がベースの軽鎧に白いフリルのスカートを合わせてる。

 異世界で女性が騎士として活躍してるとしてもミニスカートでは戦わんだろう――と前世で異世界系マンガを読んでるときには思ってた。

 だが、現物を目の前にしてみると……うん、悪くない。むしろ最高だ。

 鍛えられた肉付きのいい太ももが、ガーターベルトと一体化した白ベースのハイソックスのようなものに強調され、健康的な色気を放ってる。

 胸のボリュームはまださほどでもないが、スレンダーな身体にはほどよいサイズ。


 彼女の名は、ミリア・フィン・フォルカリア。

 お隣の領地・フォルカリア子爵家の長女で、「勇者」のジョブを持つ美少女剣士である。


「聞いたよ。苦労してるんだって?」


「……これくらい、なんでもないわ」


 俺の言葉に顔を曇らせ、ミリアが強がる。

 「勇者」なんていう泣く子も黙るジョブを持ちながら、彼女は現在金銭的に困窮してる。

 その理由はいろいろあるんだが、


「今の辺境伯領で、冒険者稼業は儲からない。フォルカリア子爵家は、小規模とはいえ貴族家だ。いくら君に剣の才能があっても……」


「うるさいわね。余計なお世話よ!」


 と、顔を赤らめそっぽを向くミリア。


「何? そんなことを言うためにわざわざ呼びつけたの? 指名依頼まで使って?」


「いや、君にとってもメリットのある話だよ。俺も君ももうそれなりの年齢になっただろう。俺はこうして辺境伯の地位も継いでいる」


 俺の前置きに、ミリアははっとして、


「そ、それって……ひょっとして、昔の約束を覚えていたり、とか……?」


「約束? いや、悪いが覚えてないな」


 記憶を辿ってみるがマジで覚えてない。

 前世の記憶が蘇った悪影響でもあるんだろうか?


「そ、そう。で、でも、しかたないわね。そこまで言うんだったら……その、私だって考えなくもないっていうか。あんたと一緒になるのも……わ、悪くないかもしれないし」


 最後はぼそっとミリアがつぶやく。


「えっ、いいのか?」


「勇者に二言はないわ」


 きっぱりとうなずくミリア。


「じゃあ、今日からミリアは俺専属のメイドだな!」


「そう! 私は今日からエーシスの…………え? 今なんて言った? あはは、おかしいな、聞き違いかな? メイドとかいう言葉が聞こえたんだけど?」


「ん? たしかに専属メイドと言ったんだが?」


「な、なんでメイドなのよ⁉ その流れだったら普通は……!」


 と、抵抗を示すミリア。


 よし! ミリアが嫌がってる!


「メイドでは嫌だったか?」


「嫌に決まってるでしょ⁉ な、なんで私があんたの専属メイドにならなきゃいけないのよ⁉」


「君の実家には十分なだけの支援をしよう。借金があって大変なんだろう?」


 ミリアが困窮している理由のその一が、彼女の実家の借金だ。

 今は家を追い出された彼女の父親が女遊びでこしらえた借金である。


「うぐ……⁉ あ、あんた、人の弱みにつけ込んで……最低! そんな奴だとは思わなかった! 失望したわ!」


 ミリアは顔を赤くし、怒りを軽蔑を込めて力いっぱい俺を罵る。

 仮にも「勇者」であるミリアだけに、その圧の強さは強烈だ。


「いい……! いいぞ……!」


 これこそ俺の望んでいた展開だ!


「な、なんで罵られてるのに満面の笑みを浮かべてるのよ⁉ 今のあんためっちゃきしょいわよ⁉」


 おっと、顔に出てしまっていたか。


「こんな機会は二度とないぞ。いいのか? 魔王を失って二百年。魔族領は衰退の一途を辿っている。当代の勇者に勇者らしい仕事はない。大人しくうちのメイドになったほうが幸せだ」


 ミリア困窮の理由その二。

 今の時代には魔王がいない。

 魔王がいないことで魔族は勢いを失って魔族領に閉じこもりがちだ。

 魔物の数も少なく、個々の力も強くない。

 ぶっちゃけ、勇者でなくても倒せるのだ。


「ふざ……けんじゃないわよ!」


「拒むのならそれでもいいが……よく考えたほうがいい」


 最後通牒を突きつけるように言った俺に、ミリアはなぜかうつむきがちに、


「その……それってあんたの望みなわけ? 私を、あんたの専属にしたいっていう……」


「ん? そうだな。俺はミリアに俺の専属メイドになってもらいたい」


「…………うう。これってどうなの……?」


 散々躊躇した挙げ句に、ミリアは俺の専属メイドになることを了承した。


 「必殺! 仲の良かったツンデレ幼馴染(今は貧乏)を金を積み上げてメイドにしたらきっと軽蔑されるだろう!」作戦は、こうして快調なスタートを切ったのだった。




◇ミリア視点


 メイド。メイドかぁ……。

 約束は覚えてないみたいだし、いきなりメイドなんて言い出すし。

 そういえば昔、こいつは私と一緒に遊んでるときにうちの綺麗なメイドばかり見てたっけ。

 貴族の中にはそういう性癖?の持ち主もいるとかいないとか……。


「で、何をすればいいのよ?」


 私は慣れないメイド服の裾を直しながらエーシスに言う。


 仮にも勇者である私をメイドにしてどうするというのか。

 雇うにしてもせめて護衛だろう。

 まあ、アルメイル辺境伯家は大貴族だから、私の護衛なんかなくても当主に危険はないと思うけど。

 エーシスの――ご主人様・・・・の――言ってたように、魔王のいない今の時代にそうそう危険なことなんてないわけだし。


「家事は適当でいいぞ。っていうかたいていのことは自分でやるから」


 エーシスの言葉にずっこける。


「ええ……なんのための専属メイドなのよ?」


「なんのためって……決まってるだろ」


 エーシスがこれ以上ないほど真剣な顔で私を見る。


「そ、それって、まさか……」


「夜、俺の部屋に来い」


 平然と言ってのけたエーシスに、私は思わず、


「サイテー!」


 バチーン!ととんでもなく景気のいい音がした。

 ビンタを食らったエーシスが錐揉みしながら壁にぶつかる。


 や、やば……。


 いくら壮絶なセクハラを食らったとはいえ、今のエーシスは私の雇用主だ。

 勇者としての力まで使って全力ビンタしていい相手じゃない。


 が、エーシスは平然と起き上がりながら、


「いいのか、主人に手を上げて」


「うっ……」


「大丈夫。悪いようにはしないから」


「ほ、本当でしょうね?」


「給金は弾む」


「そ、そういう問題じゃないでしょうが!」


「こちらからは何もしないよ。頼みたいことがあるだけだ」


 その後も引き下がらないエーシスに気圧されて、私はしぶしぶエーシスの寝室を訪ねることになってしまった。


「さあ、ベッドに腰掛けて」


「べべ、ベッドに?」


 おそるおそるベッドに腰掛けると、そのすぐ隣にエーシスが腰を下ろした。

 思わずびくっとなる私。


 エーシスは私のほうに身を傾けて――



 私のももの上に頭を載せた。



「…………へ?」


「何をしてる? 早くしてくれ、早く!」


 ももの上に頭を置いたまま、何かを異様な熱気で促してくるエーシス。


 それをぽかーんと見下ろす私。


 そこでエーシスが何かに気づいた様子で、


「おっと、悪い。これを渡してなかったな」


 エーシスはいったん起き上がり、ベッドのサイドテーブルにあった箱を手に取った。

 びろうどのクッションが敷かれた木箱の中に収まっていたのは、婚約指輪――のわけはない。

 竹でできた細いへらのようなものや、綿毛のついた木の棒など。

 要するに、


「……耳かき?」


「うん。よろしくな」


 そう言ってエーシスは臆面もなく私の太ももに横たわるのだった。




 夜伽でも命じられるかと思ったら、命令されたのは結局耳かきだけだった。


「そりゃ、いくら貴族でも夜伽を命じたりするのはだめってことになってるけど……」


 そういう規範がありはするものの、実際のところそんなに守られてるわけでもない。

 大貴族の当主が使用人の女性に子どもを産ませた、なんて例は枚挙にいとまがないほどだ。


 この国では基本、貴族の令嬢に結婚相手を選ぶ権利はない。

 私の家は、当主だった父が追い出されて以来お家騒動続きでぐだぐだだ。

 唯一まともにお金が稼げるのが冒険者である私だけということもあって、これまで縁談のたぐいは断ることができていた。


 しかし、そんな「自由」がいつまでも続くはずもない。

 考えたくもない話だが、勇者という希少なジョブを持ってる私はとくに、高位貴族の嫡男の箔付けのために望んでもいない縁談を迫られる可能性もあった。

 人がどんなジョブを授かるかは神のみぞ知る問題だけど、勇者の子が勇者であった例もあることから、私には結婚しないでいる自由はないのである。


 そのくらいなら、たとえメイドという形であっても、有力な地方勢力であるアルメイル辺境伯に「囲われた」ほうがマシともいえる。

 エーシスとは……まあ、まんざら知らない仲でもないっていうか。

 最近は疎遠だったけど、これでも将来を誓い合った幼馴染……だったはずなのだ。

 あいつは覚えてないようなことを言ってたけどね。


「ひょっとして……メイドっていうのは単なる口実で、私を助けようとしてくれたんじゃ」


 そうとでも考えなければ、昨夜のことの説明がつかない。

 手中に飛び込んできた窮鳥に、エーシスが食指を伸ばさない理由がないからだ。

 思い上がりでなければ、私に女性としての魅力が全然ないなんてこともないみたいだし。


 一応は他のメイドに習って家事らしき仕事を見つけてはみるものの、エーシスは自分の世話は自分で焼くという貴族には珍しいタイプ。

 なんでも、身の回りの世話を他人にされるのは落ち着かないのだとか。

 じゃあなんで専属メイドなんて雇ったんだって話である。


 仕事がないとこぼしたら、「勇者としての訓練に時間を充ててもいいし、なんなら冒険者の仕事をこなしてもいいよ」と自由すぎる許可をもらってしまった。

 とはいえ、他の使用人の目もある手前、二日目から好き勝手もやりにくい。


 手持ち無沙汰のまま、エーシスの執務室の前を通りかかった私は、中から漏れてきた声に足を止める。


「――お戯れは困りますな、エーシス様」


 その声は、家中のことを仕切る筆頭執事のものだった。


「勇者というジョブを授かり、見目麗しく、気立てもよければ身持ちもよいと評判のミリア様をメイドとして囲われるなど……。中央の貴族どもに嫉妬してくれと言っているようなものでございます」


「それの何が問題なんだ? アルメイル辺境伯領は広大だ。経済的には自給自足だし、兵力もある」


「貴族どもはそれでよしとしましょう。しかし、国王陛下の悋気を買うのは得策ではございませぬ。陛下の御子の中にはミリア様と同年輩の方もおられます」


「くどいぞ、ダルゴ。俺はミリアをメイドにする。使用人の人事の最終決定権は領主にあるはずだ」


「せめて婚約者という形には……」


 婚約者、という言葉に私の胸がはねた。


「…………い、いや、ダメだ」


「なぜです?」


「理由は、えーっとだな。そう! 勇者であるミリアを俺の婚約者にしてしまえば、ただでさえ強すぎると言われているアルメイル辺境伯が目立ちすぎる。問題はミリアという魅力的な女性の去就だけでは済まないんだ。純粋に武力という意味で中央とことを構えることになりかねない。今の王子たちは揃いも揃って野心家ばかりだと聞いているしな」


「成る程……。恐れ入りました。エーシス様はそこまで先を見据えていらしたのですね。遠からずこの国が乱れる、と?」


「あ、ああ。まあな。き、貴族には貴族にしか見えない世界があるんだよ……」


「ミリア様を婚約者にするわけにはいかない。かといっていずれかの王子の閥にミリア様を奪われるわけにもいかない。メイドとして手元に置くことで中央からの干渉を防ごうと……」


 感嘆の色を滲ませ、老執事が話をまとめている。


「しかしそれにしても、専属メイドというのは外聞が悪くはありませぬか? エーシス様が猟色を始めたと、まことしやかにささやくものも出てきますぞ」


「じゃあ、他の方法で彼女を救えたか?」


「それは……」


「俺の外聞などどうでもいい。猟色家? 結構な話だ。貴族にはありがちなことじゃないか。少しくらい悪評が立っていたほうが今後の動きも取りやすい」


「今後、と申しますと……」


「それは……ええと、まあ、いろいろだよ、いろいろ」


 なぜかもごもごと口を濁すエーシスだが、その言葉を私は半ば聞いてない。


 ――じゃあ、他の方法で彼女を救えたか?


 エーシスの言葉が脳裏に響く。


「こんなバカみたいな仕事を与えたのは、私を助けるため?」


 てっきり、金と権力にものを言わせ、私を言いなりにして……え、えっちなことをしようとしてるとばかり思っていた。


 だが、考えてみればおかしいのだ。


 なぜ、寝室に招くことまでやっておきながら、耳かきなどという子どものままごとのような「仕事」を命じたのか?


「私をメイドにすることで保護しながら、私の意思を尊重してくれてるってこと?」


 自分が使用人から白い目で見られるのもいとわずに?


「とにかく、ミリアは俺のメイドだ。これだけは譲れない」


 決して揺るがぬ意思を感じさせるエーシスの声に、ミリアの心臓が高鳴った。




◇エーシス視点


「気持ちいいですかー、ご主人様?」


「……ん、ああ。悪くない」


 どころか、正直言って極楽だ。


 三日目にして早くも軟化の兆しを見せたミリアの態度に戸惑いつつも、俺は耳かきを堪能していた。


 もちろん、これはこれで悪くない。

 この状況に不満を感じるのは高望みのしすぎなのだろう。


 だが、あえて言わせてもらおう。


 そうではないのだと。


「そんなに優しくしなくていいんだぞ。もっと俺を軽蔑しろ。仕事も事務的に嫌々こなすくらいで構わない」


 俺はミリアにそれとなく注文をつける。


 だがミリアは、


「はいはい。わかってますよ。嫌々やればいいんですよね、嫌々。あー、ご主人さまの世話なんて嫌だなー(棒)」


「痛っ、嫌々でいいが、耳かき中はちゃんと手元に集中しろ! 耳をふーっとするのも忘れるな!」


「はーい、ごめんなさいねー」


 おかしい。幼馴染からバブみすら感じる。

 これはこれで悪くないが……俺が目指してたのはこれじゃない。


 甘々系の耳かきASMRも嫌いじゃないが、俺の性癖の中心はあくまでも嫌々ながらのご奉仕なのだ。


 だからミリアに嫌われるように振る舞ったというのに、どうして三日目からデレてるんだ?


「う、うーん」


「お悩みごとですか?」


「いや、まあ……」


「わかります。私には話せないことなんですよね?」


「それはそうだな」


「困った時は私を頼ってくれてもいいんですからね?」


「ん、まあ、そんなことはないようにしたいものだが……」


 ミリアにはもっと嫌々ご奉仕してほしいのだが、嫌々やってくれと言われてその通りになるとも思いにくい。


「ひょっとして、やりすぎたか……?」


 ミリアは俺の思ってた以上に困窮してたのかもしれないな。

 だから、こんな強引なやりかたで自分をメイドにした俺にすら感謝を抱いてしまった、と……。


「難しい問題だな……」


 人間、本当に嫌なことはなかなか丁寧にはやれないものだ。

 やってくれと言われてやってくれる範囲のことでは、嫌々ながらやるという状況に持ち込むのは難しい。


「エーシス様……あまりお一人で悩まないでくださいね」


 ミリアは慈愛すら感じる笑みを浮かべ、ももの上の俺を見下ろして言う。


「いざとなったら、私がエーシスの敵を斬り伏せるから」


 と敬語を忘れてつぶやくミリアの目は完全に据わっていた。


 こええよ!




 その後も俺は、理想の事務的メイドを探すべく、辺境伯の権力にものを言わせ、これはという女性を探し続けた。


 手始めに、奴隷商人から金で買い上げたダークエルフの姉妹をメイドにした。

 ミリアにその奴隷商人を姉妹の目の前で斬り伏せさせ、おおいにビビらせたと思ったのだが、この姉妹にはあっというまに懐かれてしまった。

 おかしい。なぜだ。


 辺境伯領の遺跡に戦闘用の女性型アンドロイドが眠ってると聞きつけたのでミリア、ルナ、レナ(ダークエルフの姉妹)とともに遺跡に潜った。

 戦闘のために生み出されたアンドロイドにご奉仕を命令したらさぞ嫌がってくれるだろう――そんな期待は空振りに終わり、クーノはただのダウナー系クールメイドに落ち着いてしまう。

 戦闘力では勇者であるミリアにも引けを取らないが、できることといえばせいぜい単騎で数百人規模の盗賊団を壊滅させる程度のこと。

 俺の秘められた欲求を満たすには至らなかった。


 誇り高い竜人の娘が空腹で倒れてるのを見つけた時には、天与のチャンスだと快哉を上げた。

 だが、「ふざけるな! あたしは誇り高い竜人族の族長の娘だ! 人間などの下女になれるものか!」と反発してくれたのも最初だけ。

 魔族の侵略を受けた竜人族の村を渋々ながらミリア(勇者)、ルナ・レナ(双子の精霊術師)、クーノ(戦闘アンドロイド)、俺(ASMRで鍛えた言語感覚と想像力によって古代の失われた大魔術の詠唱を間違いなくこなせる)で解放したところ、ナギナもあっさり俺をお神輿に担ぐよいしょ要員に加わってしまう。


「おかしい。俺はただ、俺を軽蔑してるメイドに事務的にご奉仕してもらいたかっただけなのに」


 ダークエルフや竜人族との交易や、クーノのもたらす超古代技術、あとはほんのすこしばかりの俺の現代知識によって、アルメイル辺境伯領は発展の一途を辿っている。

 おかげさまで俺の領主としての評価も爆上がりらしいが、俺の心はそんなことでは満たされない。


「くそっ、次こそは……」


 絶対に尊敬なんてされようのない形で、かつ、嫌々ながら俺のメイドになってもらわなければならない。


 そんなときに、われらが王国に内乱が起きた。

 第二王子と第三王子が手を組んで、第一王子を追い落としにかかったのだ。


 俺はものの流れで比較的まともな第四王子を担ぐはめになり、結果として内乱を収めた立役者になってしまう。


 第四王子であるクリスが実は女性であるという大スキャンダルは俺にとってはどうでもいい話だが、ひとつ見逃せない話があった。


 第一王子の陣営に属していた第一王女の処遇である。


 第一王女アレグリアは、姫将軍としても名高い、大変気の強い女性らしい。

 王族の女性を処刑するのは残されたものたちの反感を買うのでできないが、かといって人望も実力もある彼女を野放しにもできない。


 俺は一も二もなく、彼女をメイドとしてなら引き受ける、と手を上げた。


「さすがに元お姫様が辺境伯風情のメイドにされたら俺のことを蔑んでくれるだろう」


 王都から馬車で護送されてくるなり険しい目つきで俺を睨みつける豪奢な赤毛の美女を見て、俺は期待で胸を膨らませる。

 

「この恥知らずの猟色家の変態が! 私が貴様の思い通りになると思ったら大間違いだ! そこに居並ぶ貴様の情婦どもと一緒にするな!」


 出会い頭に俺を罵るアレグリアは、さすが姫将軍と言われるだけの迫力だ。

 背の高さや彫りの深いハリウッド女優みたいな顔立ちもそうだが、なんといっても迫力があるのはぴっちりとした軍服を押し上げるロケットみたいなバストである。

 殺気立つ俺のメイドたちを制しながら、俺は厳しい顔で彼女に告げる。


「君には俺のメイドになってもらう。王族としての身分を保持したままで、な」


 くくく……プライドの高い彼女には許せなかろう!

 仮にも王女である彼女を、臣下である辺境伯のメイドにするのだ!

 筋から言ってもめちゃくちゃだ!


 俺が内乱鎮圧の英雄でなければとてもできない横紙破り……!

 クリス(陛下)に「おまえが女であることをバラされたらどうなるかわかるよな? オオン?」と匂わせながら、無理を承知で呑ませた条件だ。


 案の定、彼女の顔が歪むではないか!


 ふははは、勝ったな。

 今度こそ俺は事務的に嫌々ご奉仕してくれる理想のメイドを手に入れた――!


 だが、


「なん……だと。私の身分を保証するというのか……敗軍の将であるこの私を、あくまでも王女として遇すると……?」


 ……あれ? 俺、またなんかやらかした?


 理想の事務的メイドを求める魂の旅は、まだまだ終わることはなさそうだ――。

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