ハウンド・ドッグは準備中

「今日で仕事をやめるぞぉおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 俺は心の奥で叫ぶ。

 先ほど通したお嬢様とその執事には、よほど急ぐ理由があったのだろう……

 その二人のおかげで俺のポケットには札束が入っていた。

 流石に一生遊べる金額ではないが、この金を担保にビジネスを始めたい。

 小さいころからやりたい事の多い人生だった。

 楽器の練習でもして音楽家になろうか?

 街にパン屋でも開こうか?

 門番の経験を活かし、ずっと立っていても足が痛くならない靴を発明すれば一儲け出来るのではないだろうか?

 俺は口角を上げ辞表の文面を考えていた。

 いや、いかんいかん、まだ門番ではあるんだ、最後の仕事を頑張ろう……

 そんな事を思っていると、街の向こう側から一人の男が地面を這ってやって来る。

「クンクン…… クンクン……」

 男は、まるで犬の様に匂いを嗅ぎ、何かを探すようにこちらに向かう。

 一度、俺の足元で匂いを嗅いだ後に、そのまま門の端まで向かい扉に頭をぶつけた。

 そして、自分の頭を二回ほど撫でてから、懐から布を取り出し「スゥウウウウ」っと鼻に当て、確信したようにつぶやいた。

「この先だ…… この先にアイツは居る」

「おい、待て、何をやっている」

 男が扉に手をかけるのを見て、俺は我に返り男に声をかけた。

「あ、すまん、人を追うのに夢中でここが国境前だと忘れていた」

 男は大きな目でこちらの目を吸い込むように見た。

 そのあと、ポケットからあるものを取り出しこちらに見せつけた。

「俺はこういう者だ」

「特別紋章……」

 魔王軍を壊滅させた転生者のうち、この国の政治家からスカウトされ応じた者に渡される紋章だった。

「どうやら、俺はこの門を通って二人を追う必要があるみたいだ。 誰かさんが賄賂を受け取り人を通したからなぁ」

 男はこちらに迫った。

「な、何のことでしょうか? 」

 俺はとぼけた。

 しかし、この男にハッタリや嘘は通用しないのは、感覚でわかる。

「古い紙の匂いだ、それも多くの人の手に触れた匂い…… パン屋、漁師、憲兵、娼婦、貴族の賄賂、落され雨にさらされて、勇者に拾われ、武器屋、ギルドの酒場…… 様々な所を旅した『天下の回りもの』の匂いが、お前のポケットからするんだよ!!」

 男は、俺のポケットに手を突っ込んで札束を掴んだ。

 俺は許しを乞うように男の目を見た。

 男は不敵に笑い、ゆっくりとポケットから手を抜く。

 俺はポケットの上から中身を確認した。

 札束はしっかりと存在したのを、確認し安堵したのも束の間。

 男の顔が俺の顔に近づいてきた。

「過ぎた事を言っても仕方がない、早く二人を始末すれば多額の賞金が貰える。 今回の事は不問にするから通してくれないか?」

 男は焦ったように言った。

 ポケットから札束を抜かれなかったのは、その二人を捕まえた方が高い報酬が貰えるからだろう。

「かしこまりました」

 俺は門を開け、向こう側の門番に会釈する。

「すまないな」

 男は手をこちらに振り、こちらから背を向け森の方へ走っていく。

 金まで盗まれなかったのは救いだった。

 男の姿が見えなくなったのを確認し、一息ついてポケットに手を当てる。

 無い。

 さっきまであった札束が無くなっていた。

 俺は混乱した。

 確かに男は札束に触れた、そのあとポケットに札束は存在した。

 そこから札束を抜く事なんて出来ない、どうやったんだ。

 これが噂に聞く転生者の持つ魔道具の能力……

 もしも、二人があの男に追い付かれたら……

 俺は開いた扉の前でポツンと立つことしか出来なかった。

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