カルシウム

「スゥウウウウウウウウウッッッ!!! ハァアアアアアアアアアアア!!!!」

 男は大きく深呼吸をした。

「いやぁ、こんな地下通路の空気がここまでおいしく感じるなんて思わなかったよ」

 男は気持ちよさそうに笑った。

「あのまま二酸化炭素で倒れてた方が楽だったのにな」

 僕は男を哀れそうな目で見た。

「何を言ってる、またハッタリか?」

 男の身体は先ほどの水しぶきで濡れていた。

 男はそれが重大なミスだとも気付かず笑っていた。

「お前の作戦は、二酸化炭素濃度を高めて俺を気絶させ、自分は腸をホース代わりに外の空気を……熱い!!」

 男が急にうめき声を上げる。

 言わんこっちゃないと両手の平を上に向けて僕は解説を始める。

「まず、最初に顔に向かって投げた粉があるだろう、正体はこれだ」

 僕は酒場で使われていたコップを見せつける。

「さっき、酒場の裏にあるのをこっそり持ってきた、この変な形のコップはアルミという素材だ、軽くて加工しやすい為、この世界で人気になり始めている」

 男は這いつくばりながらコップをにらみつける。

 そんな男を見下しながら説明する。

「酒場の外に落ちてたんだ…… まぁ、この化学が発達していない異世界に純粋なアルミは存在しないと思っていたが。 とある魔道具使いが一儲けしようと、精製するのに成功させたらしい。 このコップを削ればアルミ粉が出来る」

 男は再び、熱さに耐え切れなくなったのか地面を転がりまわり、話すら聞けない状態になっているが、説明をつづける。

「そして、二回目に投げた粉はあれだ」

 僕の指さす方向には、肥料の板が置かれていた。

「あれは『炭酸カルシウム』と言う素材で出来ているが、あることをすると『酸化カルシウム』という物質に変わる」

「き、貴様ぁ!!」

 男が這いつくばりながら怒鳴るが、そんな事は気にしない。

「さて、ここからが本題だ、酸化カルシウムとアルミ粉を混ぜ、それに水をかけると……

 とてつもない熱を発することが出来る、その温度90度、キャンプでご飯を温めるのに使える」

「うあぁあああああああ」

 男は叫びながら水路の方へと向かって行く

「そういえば、この板を『炭酸カルシウム』から『酸化カルシウム』に変えるのに必要なある事とは何かわかるかな?」

 僕は板を手に取りゆっくりと回転させながら移動させる

 そして、一息おいてニカァと笑い相手を馬鹿にする。

「そのある事というのは『熱』だ、お前の使用した能力ががこれを作り出したんだ!!」

「畜生……」

 そう言いながら男は水に飛び込んだ。

 身体に付着した粉を洗い流せば確かに洗い流せるだろう。

 僕はそれを見て酸化カルシウムの板と残りのアルミの粉を水路に落した。

 板は「ボコボコ」と音をたて、それを見た男は慌ててみずから出てきた。

「流石にすぐに反応はしないか」

 僕は残念そうに男を見た。

 男の肌は完全にただれて先ほどの姿は完全になかった。

 人を殺すという以上は覚悟は出来ているのだろう。

「お前を突き動かすものはなんだ」

 僕は男に聞いた。

「仲間が……俺を信頼してくれてる……」

「こんな能力から何までわかんない奴を倒せと命令してきた仲間を?」

 僕は驚き、男の眼をしっかりと見た。

 暗い空間だからこそ、その男の眼はまわりに燃える炎を良く反射させた。

「あぁ、そうだ」

 男は焼けた肌からはえた眉毛を上げて、胸の奥から声を出した。 

 この男はそこまで人を信頼できるのか……

 水路には先ほど落した板が「ボコボコ」と気泡をたてる。

「さて、これでお互い最後の一手になるナ」

 僕は天井に向かって家畜の羊膜で作った風船を投げた。

 風船は天井にぶつかり、中身に詰まった粉が地下通路を充満させた。

 これこそ、僕の最後の一手だ。

「お前、得意げな顔してどうした?」

 男があざ笑う。

「最初にここに来た時、お前は『パン屋の倉庫で小麦粉を撒く』と言っていた、それは俺に『粉塵爆破』と印象付けるために言ったんじゃないのか?」

 僕は男の勘が鋭くなった事に驚いた。

「粉を俺自身にかけるのであれば起きないが、空間全体に充満させれば粉塵爆破を想起させることは可能だ、そうすれば俺は炎が使えない」

「…………」

 僕は、ゆっくりと背後に瓶がある方に後ずさりしていく。

「図星か、酸化カルシウムの粉は不燃性、更にこの地下通路は面積が広すぎて粉塵爆破に向かない」

 確かに、男の言う通り酸化カルシウムは不燃性、この場所も粉塵爆破には向かない。

「試してみるか?」

 僕は下唇をかみしめ、顎を引きながら男と対面する。

「最後の最後までハッタリか!! 本当に勝つのがどっちか教えてやる!!」

 男はこちらに手を向け火を出した。


「ドーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・ーーー・・・・ンンンン・・・・・・」

 僕は後ずさりした先の水瓶に後ろから倒れ込み入水する。

 その瞬間、地響き、熱波、爆音、衝撃の四つが同時に地下通路全体に広がった。

 そして、全てが終わった事を感じて水から出た。

「僕は粉塵爆破の準備をした時、お前はしめたと思ったはずだ、こんなハッタリをするなんて、本当に手がなくなった証拠だからだ」

 完全に白目を向けて、生きているか死んでいるかもわからない男に説明する。

「ただ、それが餌だ、なぜならなにも、爆発は粉塵爆破だけじゃないから」

「酸化カルシウムとアルミ粉と水を反応させると、熱を発しながら水素を発生させる…… 水素は下から上に向かい天井の穴から抜けていくが、ブクブクと水素が水から出てくる近くで火を着けるとどうなるか、これが結果だ……」

 天井の穴を見上げるとさっきまでの星は消え、すこし青みがかって居た。

 夜明けは近い。

「早く、憲兵の所に向かおう……そして助けてもらおう。 クッソ、何か条件を突きつけられるんだろうなぁ」

 僕は男から背を向ける。

 流石にこんな怪我した肩で男を地上に上げるなんて事は出来ない。

 一旦、腰を掛けて乱れていた呼吸を整えたかったが、そんな暇はない。

 歩きながら呼吸を整えるんだ。

 土と水と何かが焼けた匂いが鼻孔をくすぐり、先ほどまでの戦いを感じさせる。


 背後から、何かが立ち上がる音がした。

「!?」

 完全に油断していた!!

 男は最後の力を使い切ったとしても小さな炎を出すので精一杯だろう。

 しかし、そんな小さな炎でも人間一人を殺すのには充分だ。

 僕は大きく振り返り男の顔を見たと同時に、男はむくりと立ち上がる

 その瞬間、この男の身体が濡れている事に気付いた。

『ライデンフロスト現象』

 身体の表面の水分が炎に当たり蒸発する、その際に水分はまわりの熱を奪いながら逃げる為、本体に熱は通らない……

 爆圧の風圧で飛ばされる等のダメージは入っていたが、熱風によるダメージは入らなかった。

 そんな自分のミスに気付こうが、もう遅い。 

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