炎の産物

「ハックション!!」

 準備で大きなくしゃみをしてしまった。

 こんな事をすれば、あの男が来ることはわかっていただろう。

 しかし、こんな季節にこんなことをすれば、くしゃみをするのは仕方ないと思う。

 まぁ、男を迎え撃つには、ここが一番いいのには変わりない。

 足跡がだんだんと大きくなる。

 天井から男の声が聞こえた。

「こんな所に潜んで、隠れたつもりか?」

 上を見上げると天井の穴から男が落ちてきた。

 男は、着地から立ち上がり、能力で火を起こし、まわりを照らす。

 所々に穴が開いた高さ5メートル程のアーチ状の天井、農業用の幅3メートルの水路、幅3メートルの歩道も壁も全てレンガで出来ている。

 壁には、一つ、二つ、三つと瓶が置かれている。

 そう、ここは地下道、男を倒すにはここが一番だと思った。

「最初はパン屋の倉庫で小麦粉や砂糖を撒いて待とうと思ってたんだ」

 僕はおどけた。

「なるほど、粉塵爆破か……」

 男は納得したように答えて警戒のそぶりを見せる。

「まさか、粉塵爆破よりも良い手段を思いついたのか? 」

「か~~もね!!」

 僕は先ほどと同じように強気におちょくった。

「いや、そんなハッタリは無駄だ。パン屋の倉庫なんて密室でそんなことをすれば自分の身も保証できない、だからやらなかっただけだろ」

「……」

 男の鋭い言葉に僕は唾を飲む。

「図星か!! 面白い戦いになると思ったが……申し訳ないが、上からは早く始末しろと言われていてな」

 男がこちらに手を向けた瞬間に、僕は壁に立てかけてあった板を前に置いて身を守った。

 板の素材は『炭酸カルシウム』であり、防火素材の一つとして数えられる。

 植物を病気から守る肥料の一種であり、農家はそれを台車で運び砕いて肥料にするらしい。

 こんな70キロもある大きな板、台車もなきゃ運ぶのに一苦労だ。

 男は力を出し切ったのか、火炎放射が止まった。

「どこから、そんな板を持ってきたか知らないが、強気な口を聞く割りには身を守るので精一杯だな」

 男は高い声を上げながらこちらに近づいてくる。

 板の裏に居る僕をありったけのパワーで灰にするつもりだろうか?

 しかし、僕は口角が上がってニヤニヤが止まらなくなっていた。

 男の足音が、あと数歩といえる距離まで来た、そう、これを待っていたッ!!

 僕は手に持った粉を思いっきり男の顔面に向けて投げつける。

「うぅ……」

 男が怯んだ隙に、もう一度、その粉を男の身体に向けて投げつけて、距離を取った。

「貴様、何のつもりだ!!」

 男が目をこすりながら大きく叫び、こちらに手を向け再び火炎放射を放ったが僕に全く当たらなかった。

「おいおい、そんな目でェ、ちゃんと狙いが定まるのかァ?」

 男を思いっきり煽った、さっきひたすら逃げて、こんな所まで重たい板を運んだ自分へのご褒美だ……

「ハァハァハァ」

 男の息が上がってきている……

「お前ェ、辛いなら一旦帰ったらどうだ?」

「いや、まだだ、こんな状態で仲間の元に帰れるとでも? 仲間は信頼して俺を送ってきた、諦めるわけにはいかない」

「ホホウ」

「どんなに目が見えないだろうと、確実にお前を殺す方法を思いついた!!」

 男は大きく声を荒げ、両手を上げる。

「お手上げの合図か?」

「そう見えるか? 俺の魔道具は炎を操る、炎を出すのだけはなく自由自在に攻撃できるのだ!!」

 男は巨大な炎の壁を作り、その壁をこちらにジワリジワリと迫らせた。

 僕はその炎に真ん前から突っ込み一瞬で壁の向こう側に向かい男にまた粉を投げつけた。

「ハァ……ハァ……お前、水路があるんだから普通は水に飛び込むだろ!!」

 男が驚いたように聞く。

「ハァ……ハァ……水の音を聞いた瞬間に、水に炎を当てて僕を茹で上がらせる作戦だろ、見抜いてたよ」

 息を切らしながらも、僕は得意げに反応した。

「ハァ……ハァ……お前、俺が来る前に、水路の水に浸かってただろ?」

「ハァ……ハァ……ご名答、寒くてくしゃみをしてしまったが、炎に当たる際に身体表面に付着した水分が蒸発し膜を作る『ライデンフロスト現象』を発生させられた……ダメージはゼロだ」

 お互いに息が上がって、目がかすんできた。

 そろそろ僕の作戦完成間近という所まで来た。

 壁の近くにある紐に手をかけた。

「くっそ、意識が……」

 男が膝をつき、かろうじて立ったと思えばすぐにふらつき、額に手を当てた。

「まさか、二酸化炭素!!」

 男はハッとした。

 僕が壁の近くにある紐を引くと、10メートルもするソーセージの材料となる馬の腸が天井の穴から出てきた。

 これをホース代わりに使えば『僕だけ』が外の空気を吸える……

 馬だけにホースか……

 戦いが終わるのを感じながらホースから思いっきり息を吸い込む。

「いや、まだだ」

 男がふらつきながら立ち上がり、天井の穴に向かって細い炎を放った。

 その瞬間、「ブオォオオオオオオオオ」と大きな音をたて、大きな風が頬をなぞる。

 水路の水は大きな波をたて、あちらこちらに水しぶきを飛ばし、その波音が地下道の中で響きエコーを発生させる。

 男を中心に枯れ葉と砂煙が渦を巻きながら上へ、上へと舞い上がり、まるで排水溝に流れる水のように天井の穴へと吸い込まれていった。

 暖かい空気は上に、冷たい空気は下に向かう……

 一気に減圧した地下水路は「ブォオオオオオオオオ」とまるでチューバの音を更に低くしたような怪獣のうなり声を上げて遠い所から空気を吸い込む。

 無理やり換気をした事がわかる。

 男は笑う。

「第二ラウンド開始だ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る