6-1 初手柄

 予想外の抵抗に野党団の内部には動揺が広がっていた。途切れない怪我人のうめき声がますます士気を下げる。

「忌まわしい罠を草原ごと焼き払ってしまえ」

「そうだ。追い風で火をつければ煙が城に流れ込んで攻撃にもなるぞ」

 酒を飲んだ勢いで傭兵隊長たちは話し合う。しかし、お目付け役が水をぶっかける。

「ダメです。火の粉が飛んで城に引火したら、どうするんですか?城主と家族は生け捕りにする契約も忘れていないでしょうね?」

「ちっ……」

 荒っぽい男たちの強い苛立ちを向けられてお目付け役も少し怯んだのか、

「……力攻めで落とす必要はありません。時間を掛けても構わないから、じっくり攻めてください」

 と言葉を継いだ。すべて最初に契約した通りの話である。野盗の親玉たちは不承不承うなづいた。

「東に回り込むか?」

「もしも援軍が来た時の退路がなぁ……」

 いくらハティエ城に援軍は来ないと言われても最悪の事態は常に考えてしまう。命あっての物種だ。現状、城の東側には監視人員を配置しただけで攻撃部隊は展開していなかった。全周を一度に攻めるには野盗団も人手が足りない。


(それにしても城主は何者なんだ?お目付け役はずいぶん身代金に期待しているようだが、ゴッズバラ王の隠し子なのか?)

 ジョセフ・シリマン隊長はそのことが気になった。独自に身代金交渉をおこなう伝手があるわけじゃないので、城主を捕まえて仲間を出し抜くことは現実的ではないのだが、酒の肴にそんな妄想をもてあそんでみた。



 緒戦の敵撃退に沸いた防御側もいつまでも雰囲気良好とは言えなかった。領民たちは自分の家を解体されるか、野盗に占領されているのだ。さらに畑を目立つように荒らす挑発行為がなされていた。かつかつの生活をしていたのに、減収は非常に痛い。

 狭い場所に多くの人間が押し込められるストレスも無視できない。

 少しずつ狭まる「仕寄り」に対して出撃して切り込み攻撃をしかけるべしとの突き上げは日に日に強まっていた。

 威厳だけで声を抑え込むには転移者たちの年齢も実績も領民との付き合いの長さも全てが足りなかった。転移者たちの自分の子供のような幼さに対する同情だけが僅かに支持を生んでいたのである。それも有事には頼りなさに反転する。


 おかげで城の二階で行われた出撃についての軍議は重苦しい空気だった。主だった者は全員が出撃に反対しているのに、政治的には出撃せざるをえないとの結論に達していた。

 ただ、援軍に対して懐疑的な立場から出撃やむなしの意見はあった。攻められた初日にソラトなどに人を送ったのに、まるで反応がないのだ。

 問題は切り込み部隊を率いる人選である。リスクがあるのに自分が反対する作戦をやりたい人間はいない。だからといって出撃したがっている下っ端を放り出すだけでは無駄死にになるのは目に見えている。

 それでも良いという突き放す意見はあった。しかし、人手が少ない中で更に人を減らしてもいいことはない。彼らが戦意のある貴重な人材なのも間違いないのだ。たとえ戦果を挙げられなくても出撃して全員を連れ帰る指揮が求められていた。

「……私が行こう」

 クラス委員長決めを思い出させる嫌な沈黙を破って声を挙げたのは城主の姉、湯子だった。転移者最年長の責任感か、生来の楽観主義か。流石に弟が止める。

「それはダメだ!姉さんが行くなら俺が行く」

「……」

「……どうぞどうぞとコントをやれる雰囲気ではないですね」

 司が呟いた。


 大将が出撃して戦死したら……と反対する意見がないでもなかったが、ついに覚悟を決めた文武はそれを押し切った。ようは生きて帰ってくればいいのだ。他のことは気にしなくていい。

 文武は出撃に積極的な人間から機敏なものを二人選び、縄梯子の素早い登り降りを徹底的に訓練した。作戦は一度限り、出撃場所と撤収場所を別にすれば、そこまでの危険はない――はずだ。むしろ成功しすぎて次を求められると危ないかもしれなかった。

 昼は昼でだらだらと飛び道具を飛ばし合いながら、夜には奇襲の準備をする。城壁の外に降りて中に戻るだけの演習をして最後の準備は完了した。

 日が沈んだ直後、夜襲をする前にゲーテ傭兵隊長が、若い城主に声を掛けてきた。

「武運を祈る」

 ためらいがちに彼は続ける。元々目立つ顔の皺がさらに深くなる。

「その……どうして私に出るように命じなかったんだ?傭兵だから命じられたら仕方ないと思っていたが」

 文武は苦笑した。

「戦うことは依頼したけど、死ぬことは依頼していないからな。仕事の範囲外だと思ったんだ――というのはカッコつけで、最初に出るのが一番安全だから引き受けただけさ」

「……なるほど」

 それこそカッコつけだが、あながち間違いでもない。もし、何度も出撃することになったら、回数を重ねるほど危険になるだろう。出来れば今回だけで終わりにしたかったが。


「ふーくん!怪我しないでね……」

 湯子にひしと抱きしめられる。あまり悲壮な雰囲気にされると、かえって不吉だ。ほどほどのところで肩を押して離す。

「姉さん、恥ずかしいよ。ちょっと行って帰ってくるだけだから心配しないで」

 物音で夜襲の意図を察せられないよう静かに集まった人々に、城主は手をあげた。

「じゃあ、行ってきます」

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