1-2 転移エレベーター会戦の追撃を止める

 いきなりエレベーター内の重力が戻った。しかも、落下方向とは垂直の方向に。身体が瞬間的な落下を経験するがそれほどの痛みはない。

 湯子は真っ暗になった世界で、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませた。

 壁の外で風を切る音がする。落下とさして変わらぬタイミングで衝突が始まっていた。エレベーターの壁面に何か外が固くて中が柔らかいものにぶつかり、轢き潰し、乗り越えていく衝撃が絶え間なく走る。ひどく埃っぽい臭いがエレベーターの中に入ってくる、血の臭いを伴って。

 風切り音はいつしか悲鳴に入れ替わっていた。それとも最初から悲鳴であったのか?記憶を確かめる余裕はなかった。衝突のブレーキが掛かったことでエレベーターに乗っていた四人は一箇所に集められていた。

 一瞬だけ静寂が生じる。すぐに苦痛に呻く人々のすすり泣きが空白を埋めていく。

「ね……みんな怪我はない?」

 弟がいち早く安否を確認してきた。

「大丈夫」「……はい」

「……物理的には」

 他の女の子が無事を報告する中、湯子は諧謔の混じった答えを投げてしまう。自分の身体の下で大量の人体が砕けたとあっては……すぐには気持ちを切り替えられない。

(事故……だよね?)

 そもそもここはどこなのか?エレベーターの真下に大穴があって地殻を斜めに抜けて地上に出たのか?否。無重力になったことを考えればそれはありえない。六〇〇〇度に達するという地球の真ん中はどう考えても熱すぎて抜けられない。

 地底世界でもあると言うのだろうか。その方がまだ現実的に思われた。異世界に来てしまったのよりは……

「て言うか、いつまで抱きしめているの!?」

 額をグリグリ押し付けると弟の腕がやっと緩んだ。外からは潮騒のように喚声が聞こえてきた。誰かが携帯端末のライトを点けた。



 奇跡は起こった。敗走する軍が勢いを盛り返して敵を撃退したのだ。その原因は残念ながらジョージ・ウェイヴェルの手腕よりも、空飛ぶ鉄の箱という理解不能の災害によるところが大きい。それゆえに神助を感じざるを得ない。

 実のところ敵将の慎重さもゴッズバラ軍を助けていた。彼には以前の戦いで伏兵を仕掛けられた経験があったから、追撃に慎重であった。そこに鉄の箱が落ちてきて全体の足が止まったところに、機敏なゴッズバラ軍殿部隊の反撃が加わった。

 さらにソラト総督の別働隊が退却したことを受けて合流を図ったマクィン軍の別働隊が敵と誤認されたことも重なった。下手をすれば今度はマクィン勢が敗走するところだった。

 流石にそうはなってくれなかったので、かろうじて陣容を立て直したゴッズバラ軍とマクィン軍は、オシナの西で睨み合っている。黄太子は一度は諦めたオシナの救援を優先し、兵糧と兵員の補給と包囲陣地の破壊を進めさせた。

 再度コルディエ近衛隊長が攻撃を仕掛けてきても日没まで持ちこたえることは可能であろう。その後も防御に徹すれば騎士の従軍期間の関係で敵軍の撤退するまで粘れるかもしれない。

 しかし、敵軍を壊滅させたわけでも、敵将を討ったわけでもないから、幸運によって一息つけたにすぎない。来年以降の戦闘で勝てる保証はなかった。

 忙しさと将来への不安に追われる司令官の元に四人の少年少女が連れてこられた。




戦況図は近況ノートにあります https://kakuyomu.jp/users/sanasen/news/16817330652504074711

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る