第40話 作戦終了

 ラスターが宇宙でやる気が底尽そこつきたごろ、コロニーではカンラギはハイテンションであった。


「一石二鳥――なんてものじゃないわね」


 クスリと笑いながら歓喜かんきに身をふるわす。

 今回の目的は、戦艦せんかん級の排除はいじょと、夜明けの騎士きしの力量を把握はあくすることにある。

 そして目的は達成された――だが、収穫しゅうかくは他にもあった。


 カンラギが専攻せんこうしている研究課題――パルストランスシステムとの想像以上の親和性は貴重なサンプルデータ取れている。


 そして、さらには机上空論でしかない次元断層の発現――遠隔えんかく重力力場にビームをけ合わせることによって生じる空間の亀裂きれつ――反応を聞くに偶然ぐうぜんの産物だが、彼女の研究意欲をあおるには十分すぎる刺激しげきに、テンションが高まらないはずがない。


 出撃しゅつげき場に向けてすまし顔で歩いているが、内心ではスキップに、ガッツポーズ……なによりも歓喜にさけびそうになりながら、そんな気持ちをおくびにも出さずに廊下ろうかを歩いていく。


 そして――出撃場へのとびらを開けたカンラギは、そんな暴れくるいたい衝動しょうどうがさっぱりと消えていた。


 ――うおおおおおおおお


 部屋いっぱいにひびわたる歓喜の声。

 狂騒きょうそうとも言える超絶ちょうぜつ激烈げきれつハイテンションを前に、カンラギは自身の興奮が冷めていくのを感じる。


「はぁ~」


 気持ちはわかるけど――なんならカンラギも数秒前まで同じ気持ちであったが、周りが狂っているのを見れば冷めてしまう。


 もっとも、同じタイミングで同じ感覚を共有できなかったためであり、狂ったテンションをりまく彼らの周りには、同じように狂った人間しかいないので、盛大にハメを外している。


「よぉ~、どうしたよカンラギ~」


 うざいからみをやってくる第二の生徒会副会長。

 近年稀きんねんまれに見る絶好調なハイテンション――クールを装い、しゃに構えるスタンスを好むガレスの面影おもかげはどこにもない。


「まさか、本当にやってくれるとはな~」


 無遠慮ぶえんりょかたへと回される手に、カンラギはいやそうにするが、それを気にした様子はない。

 ガレスは決して、これほど無作法に不快感を煽るような人物ではない――あまりのうれしさに感情に支配されて、の知性を放り捨ててしまっていた。


「お前、どこであんなの見つけてきたんだ?」

「近いです」


 ぐいっとのぞむガレスの、わずらわしい視線を無理やり引きがす――絶対に教えてやるわけにはいかない。


「あれ? シズハラさんは?」

「さぁ? どっかでだれかに迷惑めいわくをかけてるんじゃないのか?」


 ――それはお前だ!

 反射的にみそうになった衝動をおさえて、カンラギはオホホと笑って誤魔化ごまかす。

 IQ3にまで落ちぶれたガレスは、笑っている意味が理解できずに流すと、IQが3でも理解できるシズハラの動向に気づく。


「フィアリスに乗ろうとしてるんじゃね?」

「はっ?」


 フィアリス――第一番隊隊長、シズハラ=テンキが乗るReXの名前である。


「なんで?」


 信じられないといった面持ちでカンラギは聞くが、ガレスは不思議そうな顔をする。


「夜明けの騎士をむかえにいくためだろ」

「えっ……」


 絶句していると、真面目くさった顔をしたシズハラが、ReXに向かって歩いていくのを見つける。


「あいつうううううう」


 迷惑をかける対象が自分であったことを理解してしまったカンラギは、乗り込む前になんとかし留める。


馬鹿ばかなことはやめなさい」


 夜明けの騎士であることをかくしてっている時ですら、食い合わせは悪かったというのに……

 なによりもつかれている時にシズハラと会話するのは、面倒めんどうえて苦痛の域に達する。


「やめなさい!」

「なんでだ! 問題があるかもしれないだろ!」


 ――問題を引き起こすな!

 と、問題の元凶げんきょう足らんとするシズハラへの文句はなんとかこたえてみせる。


「問題はないわ。全て予定通りよ!」

「なに!?」


 戦艦級を倒し、それから集団を崩壊ほうかいさせてからのヴォルフコルデーは動きを止めている。

姫様ひめさま』と呼ぶ声が何を意味しているのかを理解していないが……軌跡きせきはコロニーに向けて等速直線運動によって、ReXはもどってきているので、気にする必要はない。


「最初から、戦いが終わった後にはすぐ戻らないことまで約束の範囲内はんいないなのです」


 そして、その真偽しんぎを確認するすべを、誰も持ち合わせていない。


「どうして……」

「それもまえて、今からやるべきことについて話をします。勝手な行動はひかえてくださいね?」


 不服そうな表情でシズハラは抵抗ていこうするが、渋々しぶしぶながらもカンラギの言い分を認めた。


「では、みんなを集めてもらえます?」


 これを受けたシズハラは、号令によって武術科および整備士全員を集めたのであった。


「みなさま! まず最初にお疲れ様でした!」


 朝礼台で深々と頭を下げるカンラギに、これまでかれていた武術科生徒は落ち着きを取り戻す。

 とはいえ、地に足つかずのふわふわした夢のような状態から、この幸せが本当であると知った喜びへと変わっている最中であり、彼らのボルテージはいつ爆発ばくはつしてもおかしくない。


「心からの感謝を込めて。生徒会から皆様みなさまへ、料理を用意させていただきました。ぜひご堪能ください」


 歓喜の声が上がり――そして、徐々じょじょに収まっていく頃、ガレスが質問する。


「夜明けの騎士はまだか!」


 目をキラキラとかがやかせて――誰だお前? といった感じだが、会いたくって仕方がない様子である。


「これから一旦いったん、この場所を空けさせてもらいます。まずはそれからですね」

「まだなのか……」


 ショボーンと悲しげな様子――カンラギの見立てでは、最初に当たりがきつかったことをじているし、なんなら好感度ゲージはマックスを突き破っていることであろう。なんせ人格まで変わっている。


過酷かこくな戦いでしたからね。疲れてる様子は見せたくないのでしょう」

「そうか。まぁ回復したら連れてこいよな」

「本人の希望次第ですが、分かりました」


 まず間違まちがいなく嫌がるだろうし、そもそも肉体的には疲れていない――精神的にはあれだが、疲労ではなく嫌悪であろう。

 いちいち教えたりはしないが。


「一旦空ける? 回収はしなくていいのか?」


 リーフが不思議そうに聞く。


 回収とは、放心してうなだれている夜明けの騎士の事ではない。

 宇宙に散らばるワームビーストのエネルギーコアのことである。


 倒したワームビーストにプラグを突き刺し、エネルギーを吸収するのは、当然ながら一般的いっぱんてきではない。

 戦闘せんとう終了後しゅうりょうごにReXをり、ちりほこり一緒いっしょに中のジェルのようなもの――生体電流としてエネルギーが保存されている物質をかき集めていく。


 それを過して、エネルギーを取り出したり、七世代型であれば、バッテリーボックスに注入するわけであった。


「必要ありません」

「なんでだ?」

「おいおい、別にいいじゃねーか。必要ないって言ってるのなら」


 食い下がる……というほどでもないが、そんなリーフにガレスがヘラヘラと口をはさみ、わけのわからないことをいう二人を、リーフは正気を疑うような目で見る。


 武術科――トリヴァスなどでは軍などに当たる組織は、ただワームビーストを倒すためだけにいるのではない。


 エネルギーコアの回収や、必要に応じて死骸しがいを集める事も大事な仕事である。


 地球に住んでいた頃で例えるならば村をおそいにくる人喰ひとくくまを倒し、熊肉という食料をいただくまでが仕事であろう。

 普通ふつうのコロニーであれば、戦う人と回収する人は分かれているが、このコロニーにそこまで豊富な人材はいない。


 素人からすれば、AIに沿ってじゅうを撃つよりもかなり難しい作業であるため、小隊クラスは必要である。


 もっとも今回は少し違う。


「戦艦級が来ちゃったから……」

「戦艦級?」


 リーフが不思議そうな顔をするが、カンラギはこくりとがんくと、気合を入れて口を開く。


「戦艦級が来た時に――実はメイリスに連絡を入れました。だから……回収したところで全て持っていかれちゃいます」


 メイリス――宇宙最強のReX部隊とも言われるコロニーであり、光速航行をしてきたワームビーストからコロニーを守る組織名である。


 戦艦級がいれば戦い、補給などは要求されるが、報酬ほうしゅうは必要ない――のだが、その戦いで手に入った資源は全て彼らのものとなる。


 戦艦級のエネルギーコアに関する取り引きを一手に引き受けているため、多大な利益を生み出しているのが報酬いらずの理由。


「もちろんみなさまが回収したいというのでしたら別ですが……回収費は出しませんよ?」


 やってくるメイリスからの部隊のために、エネルギーコアを回収しましょうというお花畑発言をしないのが、カンラギのいい所でもあり、合理性を全面に押し出した思考は、悪いところでもあろう。


 リーフは苦笑しながらも、納得して引き下がる。


「解散!」

「まだです」


 テンションマックス、ノリだけ星人と化したガレスを即座そくざだまらせると、話が通じる今の間に、伝えるべきことを伝えていく。


「本来ならば、色々な後片付けが必要ですが、今回は整備班の方々以外は、体育館ホールに順次料理を運んでいく予定となっています。また、整備班の方々につきましても稼働かどう可能なReXが三十機を確保できましたら、片付けが終わり次第、休憩きゅうけいということで同じように体育館に行っていただいて構いません」


 ワッと歓声がき、そしてカンラギから解散のセリフを今か今かと待ち始める。


「ではみなさま、本当におつかれさまでした――解散!」


 そして、ゾロゾロと体育館に向けて、移動が始まるのであった。


「みんな、おつかれさまー」


 場所は変わって管制室。

 オペレーターと第一生徒会会長のヒヤマを、カンラギが労う。


「あの……戻ってこないんですけど!」


 心配そうな声でオペレーターが言う。


 宇宙空間で通信を切ってただようことは、人それぞれといえばそれまでだが、尋常じんじょうじゃない恐怖感きょうふかんを煽るといわれている。

 戦闘中ならいざしらず、やることがない場合は、定期的に声をかける――それは、パイロットのメンタルケアとして、オペレーターに求められる仕事の一つであった。


 実際問題、原因は過去の確執かくしつによるものだが、一人きりであるが故に、ラスターはマイナス思考を爆発させていたりする。


「問題ないわ。みなさんも休んでください。ここは私が引き受けます」

「いえ、私もご一緒します!」


 オペレーターとしての仕事を投げ出さないという強い意思を見せる一人に、カンラギはにっこり微笑ほほえみながら――全く笑っていない目をしながら近づいていく。


大丈夫だいじょうぶよ。ここは私一人でやるから」


 肩に手をかけると、ギュッとむ。


「ひゃぁぁっ」

「ほら、肩の力をきなさい」


 そう言いながら、優しく――苛立いらだちを見せることなく、優しく肩を揉む。


「ここは、私、一人で、やるから。ね? 大丈夫よ」


 ギュッギュと肩を揉みほぐしていきながら、耳元でささやく。


「みんなも疲れてるでしょ? 残りは私がぐわ」


 うむを言わさぬゴリ押し――とはいえ、仕事を押し付けているわけではない。


 ここにいるメンバーも、どさくさにまぎれて夜明けの騎士を、もう一度見てみたかったという不満こそあるが、どちらかといえば、引き受けてもらって自分たちも休みたいとも思っている。


「じゃあ、任せるよ」


 反応に困るメンバーを代表するように、ヒヤマがはっきりと言う。

 彼女が引き受ける理由は、自己犠牲ぎせいなるものではなく、エゴであることに気付いている。

 それが悪であれば、止めるのは彼の仕事だが、そうでないのなら基本的に通す男であった。


「分かり……ました……」


 休みたいという気持ちと、仕事を最後まで頑張がんばらねばという気持ちの板挟みではあるが、会長主導の休憩を皆は素直に言うことを聞く。


「えぇ、任せて」


 そうして――出撃場をふくめたその付近から、全員を追い出す算段を立てたのであった。


「はぁ~。さいっこう」


 誰もいなくなった管制室で、椅子いすに身を投げ出しながら喜びの声を上げる。


「ねぇ、早く帰ってきなさい」


 熱に浮かされて、たかぶるカンラギの様子を見たものはいなかった。

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