第12話 研究所にご案内

 明日の午前十時から始まるワームビースト約五百体との戦い。


 もしかしたら人生最後になるかもしれない今日の学校はお休み――いつもの午前授業がないのだが、武術科は最後のミーティングがあり、ラスターもそれに参加させられていた。

 そして、ミーテイング終わりの昼過ぎ――


「ラスタァ! 十五時までダメだからね」

「お、おぉ……」

「それまで来ちゃダメだかんね!」


 ぷりぷりとおこってルーナが言う。


「でも十五時半ならもう別に来ていいんだからね。って言うか来なさいよ!」

「わかったわかった」


 よちよちと頭をでると、えへへ~とルーナはほおゆるめるが、すぐにキリッとめ直してぷんぷんと怒る。


「来ちゃダメだからね!」


 言い捨てると、タタタッと走り去っていく。

 場所の説明ぐらい言うべきであろう……いやまぁユリウスの家であるってのは知っているのだが。


 特にするどくなくてもわかるようにわたされた大量のヒント――直訳すれば、十五時以降に、ラスターのためにサプライズパーティーを開くから来いと言うことである。

 そして、サプライズであることをかくすために誤魔化ごまかした結果があれであった。


「さてどうしようか?」


 家に帰るにはめんどうで、とはいえ行き場がどこにもないひまなラスターはどうするかなやむ。

 事前にわかっているサプライズパーティーを邪魔じゃまする訳にもいかず、ぶらぶらと校舎を巡回じゅんかいする。


「おっ……」


 圧倒的あっとうてき巨乳にこしまで届く長いかみ、そして首にかけるはピンクのヘッドフォン。

 遠目からでもわかるカンラギ副会長が、告白されている現場を目撃もくげきしてしまう。

 この場所からは、何と言っているのか聞こえないが、この手の時期は思い残すことがないようにと告白が増えるらしいとは聞いたことがある。


「……告白ではないのか?」


 カンラギ副会長に見送られる男の方は、想像以上に笑顔で別れていく。

 付き合えたから笑顔という可能性もあるが……このタイミングで付き合えたのならって帰るだろうし、やはりちがうだろう。


「さてと、どうしようか……」


 あと二時間ほど暇をどうつぶすか思案していると足音が近づいて来る。


「昨日はごめんね」

「えっ? 何の話です?」


 いつのまにか近くにやってきたカンラギ副会長は深々ふかぶかと頭を下げて謝る――だが、心当たりがない。


「私のわがままでつらい思いをさせて……ごめんなさい」


 ラスターの手を取ると、申し訳なさそうに謝る。


「あぁ、いや別に気にしてませんよ」


 ――昨日……? ザファールの話だろうか?


 細長い指がラスターの手をさすり、申し訳なさそうにするカンラギ副会長からはどこかあまにおいがただよう――こりゃおモテになるわけである。というより、積極的に面倒ごとを増やしているようにしか見えない。


「暇そう……ね?」


 どこか探るような目つきで、カンラギが聞く。


「まぁおモテになる副会長に比べたら、おれなんてさびしいやつですよ」

「……見てたの?」


 どこかずかしそうに彼女は答える――やはりあれは告白だったようである。


「男の方はえらく笑顔で去っていきましたね……」

「そりゃ……ね」

「お付き合いされたんですか!?」

「ん? どこから見てたの?」


 不思議そうな顔をするカンラギにラスターはおどろく。


「まじ?」

「んー? 別に付き合ってはないわよ」


 たがいにうまく意思疎通そつうわず、ラスターは首をかたげた。


「えっと、見かけたのはついさっきですけど、断ったにして相手は結構笑顔だったなぁ~と」

「そりゃね。好きじゃないからお断りさせてもらったけど、せっかく好きになってくれた人をわざわざ悲しませたくないじゃない?」


 かがやく笑顔でそんな事を言い、


「彼らも思い出づくりみたいな所もあるからね。くどければ、バッサリとお断りさせていただくけど」


 クスクスと笑いながらも、きっぱりとした意志を見せてくる。


(彼ら――ねぇ)


 流石おモテになる副会長は、された告白はあれだけじゃないようだ。


「じゃあね。何か必要なものがあったらぜひ教えて? 融通ゆうずうさせてもらうわ」


 そういうと、どこか歩いて行こうとして、三歩ぐらいはなれたところでピタリと止まる。


「もし暇なら、ちょっと付き合う?」


 いたずらをしたそうな小悪魔的な笑みで、カンラギがラスターをさそう。


「どこにです?」


 恋人こいびとへのお誘いと誤解する事なくラスターが聞くと、


「研究所」


 色っぽく返された色気のない施設しせつに、暇なラスターはホイホイついていくことにした。



「みんな順調?」

「カンラギさん!」


 ごちゃごちゃとした計器が乱雑に置かれた、研究所とやらに案内されたラスターは、ふらふらと周りを見渡しながらカンラギ副会長の後ろを歩いていく。


「その人はだれです?」


 和やかに見えた雰囲気ふんいきに、少しばかりの緊張きんちょうが走る。

 十人程の男たちがこちらを見ながら、どこか警戒けいかい心を強めたように見えた。

 ここで冗談じょうだんでも、『お付き合いを始めたラスターです』なんて自己紹介しょうかいをすれば、総スカンどころか、明日乗る機体が途中とちゅうで空中分解してもおかしくない雰囲気まである。


「こちらの方はラスター=ブレイズくん、学術科だけど明日の作戦に参加することになったわ」


 なったというか、させられた――という文句は胸の内にしまっておく。


「初めまして、ぼくはイイジマ=レンです」


 白衣をまとい、眼鏡をかけた細長の男が声をかけてくる。


「どうも、ご紹介にあずかりました。ラスター=ブレイズです」


 ぐいっと近づく男から、心の距離きょりをとりながら、ラスターも挨拶あいさつをしていく。

 じっとりながめられる感触かんしょく値踏ねぶみされているよう。いや、値踏みそのものであった。


 面倒事にまれそうな雰囲気から心だけでなく体も逃避とうひを始め、研究所にかかった研究データに目を通していく。

 ちなみに、仲間内四人で頭の良さを順に表すと、ミレイ、ユリウスの順に並び、そこから離れてルーナ、ラスターと並ぶ。


 訳の分からないデータを見たところで、ラスターが意味を理解できるはずもないが――多分、ミレイですらこの専門性についていけるかはあやしい。


「ここってReXについて研究してるんですね」


 仕組みは何一つ理解できないが、物としてなら理解はできる。


 ReXの新世代装甲そうこう、内装のデザイン、新規OS、ビーム兵器、コロニーに設置される緊急用兵装――何が良くなったか、どこが変わったのかは分からないが、ReX関連が八割、武器関連が六割――重なる四割はReXと武器の両方と言った所か。


「そうね。特にReX関連の研究、開発の多くはここでやっているわ」


 どこかほこらしげにカンラギ副会長が教えてくれる。


「カンラギ副会長も関わっているんです?」

「えぇそうよ。もっとも資金面だけの話で、私の専攻せんこうは別にあるわ」

「そうなんですか……」


 資金面と言うのがどう言うことか気にして良いのか悩む。


 この場合における資金とやらが、単純な個人資産によるものか、権力によるものかどちらなのか――学園コロニーでの副会長からの後ろたては非常に協力だろうし、資金の調達も容易になるだろう。


 我が物顔で歩き、様子を見て口を出す様は、女王様としたの構図にも見える――そんな女王を、どこか熱い眼差しで見つめる下っ端の想いが、尊敬なのか恋慕れんぼなのかの邪推はやめておくことにする。


「なんです? これ」


 いびつな形をした大口径のじゅう

 五またに分かれた長すぎる発射口に、その比率に対して持ち手が小さいと言った不安定な形をしているのだが、塗装とそうまで完璧かんぺきに終わってり、制作途中と言った感じはしない。


「よくぞ、聞いてくれました!」

「あぁ、はい」


 近くにいたカンラギ副会長に聞いたのだが、どこからともなく現れた小さい研究員――白衣を着たおチビさんが語り始める。


「これは重力発生装置を応用した遠隔えんかく重力発生装置です! 力場に使われている――」


 長々と語る事になるであろう説明が、ここにいる人にしか通じないという事をさとったラスターは、即座そくざにカンラギ副会長にアイコンタクトを出す。


「正式名称めいしょうは?」


 助けを求める合図に気づいたカンラギ副会長は相手に解説をやめさせて、別のことを言わせる。


「ブラックホールランチャー!」

「ブラックホール!? そんなの可能なのか?」


 これまで一度として聞いたことのない兵器にラスターは驚く。


「可能です! なぜなら――」


 ただし、なぜかを語り始める男の主張は、右の耳にも左の耳にも入れることなく放置する。

 可能と言っているのなら可能であろう。いくら聞いたところでなぜ可能かが分かることはラスターには不可能である。


「これから、こういうのが時代を作るんですねー」

「はい!」


 わざわざビーム兵器を捨ててブラックホールを攻撃手段にする理由はわからないが、相手はいい笑顔で喜ぶ。

 満足して去っていく男を見送りながら、ふと気になったことをカンラギ副会長に聞く。


「これ、今回の作戦で使うんですか?」

「まさか……技術として面白いだけよ」


 バッサリと切り捨てている割に、彼女の表情からは暖かみを感じる。


「まぁビーム兵器でいいですもんね……」


 特に深い意味もなくらした感想だが、今の言葉はかんに障ったらしく、カンラギは不満そうにこちらを見てきた。


「一応、ビーム兵器にはない利点があるのよ?」

「そ、そうなんですか」


 めんどうな雰囲気を感じてしまったが、ここで助けを求められるのは――目の前で暴走しそうな彼女しかいないという不具合が発生していた。


「ビームってワームビースト相手にはまず貫通かんつうしないし、だからって実弾じつだんによる貫通性の高い武器であっても、物質の消費してワームビーストを倒していたら、資源は一瞬いっしゅん枯渇こかつしてしまうわ」

「そう……ですね」


 ワームビーストをいかに効率良く倒すか――それは全人類の課題。

 そして、ビーム兵器こそが現状もっとも効率が良い倒し方である。

 ビームによってワームビーストを倒し、体のエネルギーコアをぎ取ってビームに使うエネルギーを手に入れていく。

 このサイクルには、当然ビーム兵器の寿命じゅみょうによって終わりがあるのだが――だいたいはパイロットの人生が先にきる。

 熟練の者ほど新しい物を渡してもらい、古い物は新人に――そして、その中で使いまわされていく間に、人とReXの両方が散っていく。


「でもね、これは違うの。たった一発で! 理論上百体以上が倒せるわ」

「つまり五発打てば今回の作戦は――」


 終わる訳ないよな~と思いながら聞いてみると、カンラギの目線はすーっと遠くに向く。


「まぁ理論上……だし」

「それに使わないってことは、問題もあるんですよね?」

「……そうね。まず現行のReXエネルギーバッテリーを四分の三も使うわ。行って撃って帰ってが、ギリギリできるかできないかぐらいね」

「そうですか……それが改善できるまで実戦投入は遠いと」

「だったらよかったんだけどねー」


 やけくそじみた様子でケラケラと笑いながら、カンラギは否定する。


「エネルギー消費も大きな課題だけど、問題はそこだけじゃないのがね……そこだけなら、無理やり使ってみるのもありなんだけど」


 自嘲じちょう的な表情をかべ、くやしそうに言う。


「これは……複雑な話をしても仕方ないわね。単純に相手を広範囲こうはんいにおいて討伐とうばつできる代わりに、全て倒せるわけではないの。発生する重力力場によってワームビーストとReXの両方が引き寄せられてしまうから、近接戦闘せんとうを強いるわけになるのよ」


 遠くで打てばエネルギー不足、近くで打てばコロニーを危険に追いやる欠陥けっかん武器というわけであるらしい。


「でもこれ……完成してません?」


 戦術として欠陥があるのは理解できたが、武器としては……どうなのだろうか? いきなり説明を始めた研究者Aの様子やカンラギを見ているに、撃てそうな気もした。


「ふふっ、もちろんしてるわよ」


 非常にうれしそうな表情でカンラギが答える。


「そもそも、こういうくだらない研究・開発・制作をするためにあるのが、学園コロニーでしょ? 世界で役立つ必要なことだけに力を費やし、やりたいことを我慢がまんしなきゃいけないだなんて……そんなのがいやだからこういう所に来るんじゃないの!」

「確かに……そうですね」


 欠陥と分かっている武器をわざわざ費用や資源を消費してまで作らせてはもらえない。

 コロニーの存続に必要なものは色々あり、ワームビーストをはらうための戦力だけでなく、病院や食品の製造、そして食材を作るための広大な場所、またそれらを次世代へとつなげる子供たちを教育と、コロニー一つに必要な物は数多くある。


 家電製品の製造を他コロニーに依存いぞんする所もあるように、相互協力のような関係もあるにはあるが、緊急時と常時必要なものは自コロニーで生産するのが基本。

 そして、そんな小さな世界を存続させるためには、多くの人間の協力が必要となる。


 やりたいことが、そのコロニーに必要なことであれば問題ないのだが、ロマンあふれる願いは、かなえるための努力すらできない場合も多い。


 そのために、学園コロニーなどで学びに来るものがいる。


 別にみなが皆、大きな夢を持っているわけでなく、一人暮らしがしてみたかったとか、別の暮らしを見てみたいだとか、そんなふわふわした気分で来ているものも多いのだが。


「だから、君もなにかしたいことがあれば教えて? 話を聞くぐらいはしてあげるわ」


 上目遣うわめづかいでのぞき込むように近づくと、可愛らしく聞いてくる。

 ついでに、周りの殺気が一段階増えたように感じるのは気のせいだと思いたい。


「いえ、特にはないです」

「ほんと? 気になることでもいいわよ?」

「えっと……」


 気になると言えば……つい先程の光景を思い出してしまう。


「えっと、カンラギ副会長って彼氏いるんです?」

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