第10話 大規模作戦に向けて

 学術科としての授業を終えた後、ラスターは武術科の訓練室へと向かう。

 訓練前の挨拶あいさつとしてシズハラ隊長のありがたいお言葉をもらい、十番隊の後ろについて指示を待っていると、別の場所へと行かされる。


 大規模作戦まで残り一週間、他の武術科生徒が作戦に向けての最終調整を行う中、学術科から集められた予備兵は体力作りが行われていた。

 ReXに乗るには想像をはるかにえて体力が必要になるのは確かであるが、それを一週間前にやった所で、どれだけ身になるかは疑問である。

 馬鹿馬鹿ばかばかしく思いながらも、ラスターは命令された二キロを走り終えると、地面にころがった。


「コラ貴様! 何してる」


 パイロットスーツではなく、教官服を着たシズハラがラスターを怒鳴どなりにやってくる。


「……パンツを見せようとされている?」

「見せとらんわ!」


 シズハラ大隊長は怒りに身を任せて、大胆だいたんに足を上げると、セクハラまがいの発言をするラスターの顔面をみぬく。


「暴力をるわない――とは? それとも踏み付けは暴力でないのか?」

「言っていいことと悪いことがあるわ!」

「悪いことを言えば、あらゆる暴力が許されるのか……」


 しみじみと言った口調で目を開けられない――開けたところでくつ底しか見れないラスターがつぶやく。


「物事には限度があるんだ馬鹿者!」

「都合のいい限度だなぁ。そもそも、そんな服で寝転がる男の近くに立って、パンツの中が見えないと思ったのですか? ――もしかして、いてないから見えない!?」

「履いとるわ! それ以上ふざけたら次はタダじゃ済まさんぞ!」


 羞恥しゅうちに顔を真っ赤に染めて怒鳴ると、こほんと咳払せきばらいをして、落ち着いた声で話す。


「周りを見ろ。走り終えたからといってだれたおれていないだろ。敵と戦う時は作戦が終わったからといって油断してはならん! ……えっ?」

「ギャグかな?」


 ゼイゼイと息を切らながら、ちょうど二キロを走り――走っているつもりの歩きを終えた学術科の生徒達が次々つぎつぎすわみ、一部はラスターと同じように寝転ぶ。


「なっ!? コラ! 貴様ら! まだ終わっていなかったのか! ……じゃなくて、今はまだ休憩きゅうけい時間じゃないぞ」


 きゃんきゃんとえるシズハラ大隊長を見ながらラスターは天をあおぐ。


「単に怒鳴りたいだけじゃねーのか? ――やっぱ武術科の人間はきらいだわ」


 ちなみに積極的に関わりにいくわけではないので、ラスターは別に武術科から嫌われていない――存在を知られていないだけだが。



 厄介やっかい会長とお別れすると、射撃しゃげきの訓練が始まった。


「撃ち方準備……撃て!」


 リーフ隊長が号令をかけ、パァンとなる多数の音が演習場にひびわたる。

 ラスターも号令の後に続いて撃ちまくっていき、的に穴をあけていく。


「筋がいいな」

「どうもです」


 後ろに立ったリーフ隊長は、的に当てた割合を見て、ラスターをめる。


「実戦でも、そうやって当たるといいな」

「下手なんで普通ふつうに無理ですよ」


 動き回るワームビーストに当てるのと、動かない的に当てるのとでは難易度が全くちがう。


「あー、でも最近の射撃補正なら大丈夫だいじょうぶですかね?」


 昨日のゲーム――戦闘せんとうシュミレーターでは、AIの自動制御せいぎょによる射撃補正のおかげで、思っていた以上に当たった。

 あのレベルの機体に乗せてもらえたのなら、射撃の力量などあまり問題にならない。


 それ以上に、ここに居るのがほとんどヘタクソだらけであることを考えれば、射撃補正がかかる機体に乗せなければ役に立たないし、乗せてもらえるとしたのなら、今の訓練は一体なんなのかという疑問にぶち当たるが――気にしないことにした。


「君の事はほんの少しだが聞いた。災難だったな」

「はは……いや、ほんと……」


 笑い飛ばそうとするが、冷静に考えると笑えない。どうしてこうなった?


おだやかで平穏な日々を過ごしたいだけなのに……」


 パァンと音を鳴らし、的に向かって撃ったたまは、当たることなくおくかべへとぶち当たる。

 その結果にラスターは顔をしかめると、息をいて集中していく。

 パァンとなる次弾は、的の中央からほんの少し右にずれた場所にヒットした。


まらねーな」


 最後の弾ぐらいビシッと真ん中に当てて終わりたかったのだが、うまくいかなかったラスターは不満をこぼす。


「……君、武術科に居てたことあるよね」

「ここではずっと学術科ですよ」


 成績は悪いですけど――とつまらない補足情報を加えていく。


「ザファールでの乗り方、じゅうの打ち方、その他行動のふくめて――これまで何してきたかは案外わかるものだ」


 ザファールとは、ワームビーストとの擬似ぎじ戦闘を行うシミュレーターである。学術科ではゲームとして遊ばれている昨日ラスターが無様に負けたかたみ体の名前であった。


「そうですか、まぁお遊びでReXに乗っていたことはありましたよ。それに、一時期頑張がんばって射撃練習をしてたことはありましたね」


 反応をうかがってリーフの方を見ると、じっと穏やかな目つきで――いわゆる聞き上手を思わせる優しい視線でこちらを見ていた。

 周りが射撃練習でうるさい中で振る話か? とも思うが、それでもペラペラと話しそうになるのは多分この隊長のにじみ出る人徳であろうと察する。


「でも昔の話ですよ。武術科の連中とめて以来、そう言うことはやめたし、もうやる気は――あーいや、今後に関してはありませんが、所属している間はぜひ、頑張ります」


 本音オンリーではいけないと気付いたラスターはあわててつくろう。

 リーフ隊長は優しげな笑みをクスリと笑ってくずし、気合を入れるようにラスターのかたに手を置く。


「君ならこれからも武術科でやっていけると思うんだがな」

「無理ですよ」


 出来る出来ないの問題ではなく――やらない。


「そうか――でも、今回の作戦は危険だが……だからこそ、平穏な生活のためにも力を貸してくれ!」

「――よろこんで」


 目の前に差し出された手を、これからのためにとラスターもつかむのであった。



 残り三日目からは、これからの長いシェルター生活の可能性を考えて短縮授業となり、戦闘希望の学術科――および、不運なめぐり合わせで戦いにされた学術科の生徒は朝から武術科のしごきを受ける羽目となった。


 ちなみに学術科生徒がわざわざ大規模作戦に参加する理由はいくつかあり、毎日きたえるのは嫌だけど、ReXには乗ってみたいというのが多く、次点ではおれたちでも出来ることがあるなら頑張ろうという義侠ぎきょう心によるもの。


 あとは、今回の大規模作戦の参加に際して用意された報酬ほうしゅう――単位の優遇ゆうぐうのために参加した人や、最後に金が必要な人であった。

 ラスターは単位と金のためである――別に不運な巡り合わせがなければ、出る必要はないのだが……


「テンション上がるな!」

「静かにしろ」

「でもわかる~」


 感涙かんるい極まる男メンバーが喜び、リーフ隊長はたしなめようとするが、久しぶりに宇宙を飛んだ同じメンバーの女子達も同意する。

 一番隊から十二番隊の全てを合わせて大隊、三分の一で中隊、一つ一つを小隊と呼ぶ。

 そして各小隊は十人前後の人がおり、十番隊にはラスターを含め十一人。


 その中で現在の演習メンバーは六人――十番隊での演習時間を前半と後半で分け、隊長が二回、他のメンバーが一回ずつの予定となっていた。


 現在の飛行メンバーは隊長のリーフ=アルビデを筆頭に、


 今回の騒動そうどうに巻き込まれた学術科――ラスター=ブレイズ

 おちゃらけた雰囲気ふんいきだが天才はだの男――ケネス=モールトン

 快活で真っ直ぐな女性――フラン=ディーシア

 熱血で猪突猛進ちょとつもうしんの男――ペイル=レヒナー

 優しいが臆病おくびょうな男――タハラ=ユイネ

 この六人である。


「ラスター、緊張きんちょうしてないか?」

「問題ありません」

「よし、それならいい」


 静かにしているラスターに、リーフ隊長が様子を聞く。


「他のみんなもいいな」

「問題ありません! 早くやろうぜ!」「問題なし!」「行けるぜ!」「はい」

「では、これより演習を始める」


 通常の宇宙飛行モードから、演習の模擬戦闘用モードへと移行すると、疑似ワームビーストを探知した検知器がワーム接近を告げる音を鳴らす。


「ワームの侵攻しんこうが始まった! 全員、位置につけ」

了解りょうかい


 ボヤァッと光り、せまり来る疑似ワームビーストに、一同気合を入れる。


「間違ってもデブリには当たるなよ!」


 そして、彼らの演習が始まった。

 

「全体的に数値が低いわね――やっぱ駄目だめだったかしら」


 モニターに表示されている数値――安定性、命中精度、集中力etc.……様々な項目こうもくにおいて、ラスターはどれも低い。


「そうですね……」


 一緒いっしょに見ているオペレーターも、どこか気もそぞろな様子でカンラギ副会長に同意する。


「それに比べて――リーフくんは高いわねぇ」


 ピクッと面白いほどにふるえて「そうですね」とオペレーターは同意する。

 そんな彼女の耳元へ近づき、カンラギはボソッとささやく。


「人気あるみたいね――彼」


 ピシッと動きを止め、彫像ちょうぞうにでも変えられたかのように動かない。

 そんな彼女――ユズリハ=ノイルの耳元でカンラギはからかうようにささやき続ける。


「それに彼、まだ彼女いないんだってさ」


 クスッと色っぽく笑いながら言うカンラギに、ユズリハの血の気が引いていく。

 あわあわ、わなわなと震えるが、慌ててもどうにもならないし、文句を言うにもそのような権利などない。


 同級生で同じ年齢ねんれいのはずだと言うのに、手玉に取られ、あたふたするしかないユズリハを楽しそうに目を細めながら、嫌がらせとも忠告とも取れることを話していく。


「どんな子が好きかは知らないけど……ぼやぼやしてると誰かに取られちゃうわよ」


 誰かって誰! といった悲鳴が見て取れるが、口はパクパクと開いたり閉じたりするだけで、カンラギは見ていてきない。


「その、カンラギ副会長は……もしかして……」

「私はもう好きな人がいるからね」


 肩をすくめてさらりと言うと、ふーっと息を吐き、ユズリハは安心した様子を見せる。


「でも、これからなにがあるかわからないんだから……ね?」

「で、でも……」


 もじもじと恥ずかしそうにする少女――同級生をカンラギはギューッときしめていく。


「もーかわいいなぁ!」


 我慢がまんができなくなったカンラギはナデナデして、そしてベタベタとさわり続ける――けられるとてもやわらかい二つの感触に、ユズリハの不快指数は地味に引き上がっていくが、爆発ばくはつするよりも早くにカンラギははなれてアドバイスをする。


「この数値をリーフくんに教えてあげるのよ! 細かいことを知っておくのも隊長にとっては重要なことだしね。嫌っていうのなら私が――」

「やります!」

「じゃあよろしくね」


 恥ずかしがりやではあるが、必要な業務はまっとうにこなせる彼女に、しれっと事務処理に加えて、メンタルケアの諸々まで丸投げした。

 

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