第7話 真相の全て

「そんなこと言ってる場合か!」

げるの? あなたが言ってきたことよね? 『簡易裁判を開かせろ』って第一の管轄かんかつの生徒名簿めいぼを強引に要求までして」

「それがどうした!」

「あら? そこまでして、ただで済むと思ってるの?」


 にっこりと笑うカンラギの顔は――どこまでも美しく、そしておそろしい。


「そんな話をしている場合か! 今この瞬間しゅんかんにも被害ひがいが出てるかもしれないんだぞ!」

「出てないわよ?」


 落ち着いた様子で、さらりと言ってのける――情報戦において完全に上であることを示した瞬間であった。


「……やはりうそと言うわけか?」

「彼の言ってることは本当よ。その一ひきがどこから来たのかは未だに分からないけど……とりあえず、アシタカくんをおそったのと、警報が出たのは同一個体よ。そういえば直接は、まだ言ってなかったわね」


「直接……?」


「えぇ、ありがとう。こちらの不手際の可能性が十分にあるワームビーストの討伐とうばつに協力してくれて――演習のミスという不名誉ふめいよな罪まで被ってくれたおかげで生徒や市民の皆様みなさまに余計な不安をあたえなくて済んだわ」

「演習のミスを……被った?」


 顔面蒼白そうはくになりながらシズハラが聞き返す。

 となりにいる副会長も目を見開いておどろいたままであるが、第一の生徒会長はこのことを知っていたのか、落ち着いた様子そのものであった。


「そうよ。ありがとう」

「き、聞いてないぞ!」

「それはおかしいわね。私は副会長のガレスくんにちゃんと報告したし、彼からちゃんと伝えたって教えてもらったのだけど?」

「副会長?」


 第二生徒会副会長がガレスというものなら、目の前にいるのは偽物にせものという事になるのだが……


「いや、その……えー、色々いろいろ複雑な状況じょうきょうがございまして、はい」


 ナルギ=シェーンがしどろもどろに言い訳をするが、他の人達が特に言及げんきゅうしていないことを考えれば、それなりに理由あってのことだろうとラスターは一人で納得する。


「確認ぐらいならとっていいんじゃない?」

「確認……ぐらい?」

「えぇ、いくら副会長と折り合いが悪いと言っても、確認ぐらいならおこらないでしょ? 確認なら」


 糾弾きゅうだんした瞬間にどうなるのかは……どうして別の副会長がいるのか、その理由をラスターは垣間見かいまみた気がした。


「お前は……お前は全て知ってた上で――」


 シズハラは二つの事件を別物だと考えていた。

 しかし、実態はちがう。


「正直状況はよく分かっていなかったの。何も分かっていないあなたが豊かな妄想もうそうを羽ばたかせて、色々教えてくれた上に――」


 クスッと妖艶ようえんに笑う仕草は、かまり下ろす死刑しけい執行しっこう人のようにしか見えない。そして、妖しげな微笑びしょうかべたままカンラギは話続ける。


「今回の不手際を帳消しにしてくれるんですものね。ありがと」

「ふ、不手際だと?」

「市街地に出現したワームビーストの処理にかかった過剰かじょう被害とか、ワームビースト出現に対する失敗を防ぐための防衛費――早いところが謝礼とかね。不満はうまくそちらで処理しておいてね」


 聞く限りにおいてはあらん限りの面倒めんどう事ことをけているようにしか思えないが――実際、シズハラの顔にはわかりやすく絶望が浮かんでいる。


「えらく素直に応じたと思ったら――」

「だから、素直に応じたのよ」


 たいした証拠しょうこもなしに糾弾し、面倒な手間をかけさせただけにき足らず、他者のテリトリーを土足でらしてもなお、さけぶシズハラの往生際の悪さは天下一品であった――なんて迷惑めいわくな。


「貴様らは彼が――アシタカがどれほど貢献こうけんしているのか知っているのか! そもそもは見舞みまい金を出ししぶるのが、今回の騒動そうどうの原因ではないか!」


 やられっぱなしのシズハラが激昂げっこうする――彼女の辞書に見苦しいの文字はないようだ。


「だから、四人も呼ばせたのね。重体の彼のために慰謝いしゃ料の取り分を増やそうとして……でもね、お生憎あいにく様だけど見舞金を出し渋る理由は素行の問題よ? 彼のおかげでいくら快適に過ごせたところで、好き勝手していいわけじゃないの」


 よほど不快な思い出でもあるのか、憎々しげに顔をいがませた後、カンラギはオホホと不自然な上品さで笑うと、落ち着きをもどす。


「度をすナンパの処理をこちら側がやってるのは知ってるかしら? 見舞金は生徒会から出してるけど、後で一般いっぱん生徒から集めるの……そして、集まる金額を予想してあらかじめ出してるだけ。そもそもすでに0円で算出しているの――自業自得って知ってる? どうしても欲しいなら、あなたのところから、自由に集めさせればいいじゃない、それがないのも人望がせる技よ」


 カンパ金だの見舞金だのがごった返す理由は、生徒会だけでなく武術科が自主的に回収するせいであることにラスターは今更いまさらながら気付く。

 ここにいる四人はもちろん、他の生徒からも、やつに対するヘイトは高いらしく、それため起きた呼び出しであったらしい。


「ふざ……けんな……」


 最後に一言らすと、力がけたようにふにゃふにゃと倒れていく。

 この無駄むだに長い時間、あれやこれやと泳がされていたのは、政治的――というにはチープだが、思惑がからった結果らしい。

 一人の間抜けを生贄いけにえに第一生徒会の勝利と言った所だろうか?


「はぁ……じゃあおつかさまでした」


 今度こそ本気で帰るつもりでラスターは席を立つが、カンラギ副会長に呼び止められる。


「待って、議事録に書く内容がないの」

「はっ?」

「あのね、議事録に書く内容がないの」

「……内容が無いよう?」

「そう言うこと」


 つまらないギャグは笑顔で流された。

 まだ話は終わらないらしい。

 

「あなたも知っているのよね? マイクロワームビーストのあつかいについて」

「まぁ……」


 ラスターはチラリと隣を見ると……三人とも曖昧あいまいな顔をしている。

 聞いたことがないのだろう――普通ふつうにしていたらまず聞くことのない俗称ぞくしょうであった。


「……扱い?」


 シズハラ会長がきたおかげか、恐怖きょうふ心が減ったルーナはキョトンとした顔で質問する。


「えぇ、あなた達も少なからず見たんでしょ? マイクロ――ってほど小さくはないけど、それでもあんな虫でも、一匹いるだけで我々人類をほろぼしかねない存在を」


 ツインテールをぴょんぴょんさせながらルーナはコクコクとうなずく。


「だからこそ、扱いは厳重にしなけれならない――武術科は間違ってもコロニー内に広げないように、そして、学術科には余計な不安をいだかせないためにかくされているのよ」

「そんな!?」


 ユリウスが驚きを見せるが、カンラギ副会長はすぐに補足する。


「もっとも、知りたければそこそこ簡単に見つけられるわ。あくまで教育現場やメディアを通じて教えないと言うだけで」

「ネットがあるのに、意外と隠せてるのはすごいよなぁ」

たるまぬ努力のおかげよ」


 なんとなくでぼやくラスターに、カンラギがにっこり微笑んでいう。

 努力というより――住民はそこまで関心を持っていないと言ったところだが。


「だからね――」


 言葉を切るとカンラギはラスターをじっくりと見据みすえて口を開く。


「議事録にマイクロワームビーストがうでを食べたから切りました……とは書きづらいの。奇跡きせき的に死者もいないお陰で隠すのも容易だし、それでなくても武術科には余計な失態を背負ってもらっているのに、それをほじくり返してまで正当性を主張するのもあまり望ましくないわ」

「つまり――どうしろと?」


 やはり……逃げるのが正解ではなかったのだろうか?


「強引すぎるナンパによる事故の結果にしたいわ」

「ひどい捏造ねつぞうだ……」


 そもそも不快なナンパの対処にラスターは体を張って暴力沙汰さたの被害者になるという、とてもおだやかな方法……か、どうかは置いといても

 、こちらが加害者にさせられるのは納得がいかない。

 ――腕を切ったのは、確かに自分であるが。


「それで、今後気をつけましょうね。と言う念押しで解放してくれるんだよな!」


 これ以上厄介やっかいごとを押し付けるなと、念をめて言ってみるが、カンラギ副会長はどこく風……どころかラスターの悪寒通りに事を進めていく。


「もちろん前科は付けさせないわ。だけど、何もせず解放とはいかないのよ」

「なんでですか!」


 クラクラとし始めるラスターに変わって、ルーナがめるが、相変わらずすずしい顔をしたまま――少しばかり申し訳なさそうな表情に変えてカンラギ副会長が答える。


「これから、大規模作戦があるのは知ってるわよね?」

「大規模作戦?」

「……あなた掲示板けいじばんとか見ないの?」

「先生も言ってたろ」

「ルーナちゃん……」


 カンラギ、ラスター、ミレアの三人に責められたルーナは、顔を真っ赤にして答える――否、自爆じばくしていく。


「し、知ってるもん! 大規模な作戦でしょ」

「そうね。正解よ」


 カンラギ副会長が優しく微笑むと、お馬鹿ばかめるようにいつくしむ――あざけりとあまり大差ないのは気のせいだろうか?


「武術科はこれから約一週間以内にめてくる、大量のワームビーストに対抗たいこうしなければならないのだけど……そのため学術科の生徒からも人員をつのっているぐらいには人手不足なのよ。例え人間性に難があっても、四番隊のメンバーが欠けるのは非常に大きいわ」

「それで、おれにどうしろと」

「例え冤罪えんざいであっても、罪と認められたからには、ばちが必要――あなたには一旦いったん、武術科に行ってもらい人材不足の予備兵……つまりは保険になってもらいます」

「そんな!」


 カンラギ副会長のお願いに、ルーナが悲鳴をあげる。


「なんで、何も悪くないのに、どうしてそんなことしなくちゃならないんですか!」

「危険がいやで学術科へと行く生徒も多いわ。それが悪いことだなんてもちろん言わないけどだれかが戦わなきゃいけない。安全面には全力で配慮はいりょするけど、それでもシェルターの中に皆が入れば――結局待つのは死よ」

「そんなぁ……でも」

「それに、こちらとしてもそれなりに補填ほてんはするわ」

「補填?」


 一体何がもらえるのか楽しみ――すでに面倒事を貰っている事から目をらしながらラスターが聞く。


「今回の作戦の報酬ほうしゅう――普通は武術科だけから出すのだけど、あなたには同額こちらからもわたさせてもらうわ」

「……それってしたのガヤ担当が二倍もらった所で大した額になるのか?」


 そもそもこんなことを目の前で言われたら、間違いなく武術科が半額しかださない未来しか見えない――あいつらケチでクソだし、会長シズハラだし。


「一応、部隊に所属してもらうつもりで考えているわ」

「はぁ!? なんで?」


 ラスターは混乱しながら驚く。

 部隊に所属するとはつまり、それなりの力量を買われたか、そうでなければ厄介はらいの棺桶かんおけを前線に出す言い訳にしかならない。


「ガヤ担当って言い方はどうかと思うけど……端的に言えば部隊に所属する方が安全だからよ。それに報酬も明確になるからね。不正に減らさせたりしないわ」

「……安全なのか?」


 カンラギの説明に、ラスターはそこらへんでしなびているシズハラに聞く。


「あっ……うん、まぁ人による部分もあるが、事実かもしれんな。あまりいい気持ちはせんが」

「結局どういうことだよ」


 安全らしいのは分かっても根拠がわからない。


「一番安全なのは後方ではなくエースパイロットの隣って格言があるわ」

「殺しにきそう」

「誰が殺すか! というか私の隣なんぞ百万年早いわ!」


 流石に許されない罵倒ばとうに、シズハラが元気よく怒ると、不愉快ふゆかいそうな表情が維持いじされたままになる。


「流石に一番隊の最前線では、エース様の隣であっても危険だけどね」

「うるさい! 足手纏あしてまといなぞしるか!」


 皮肉げに言うカンラギに、シズハラは不快度と一緒いっしょに、萎びていた元気を取り戻していく。


「一応聞くが……嫌だと言ったらどうなる?」

「まぁ……どうしても嫌なら、何かしらのボランティアになるけど、多分かなりきついよ? 命の危険はないかもだけど……」


 冤罪をあがなわなければならない状況に、ラスターは嫌気がさすが、これ以上足掻あがいてもろくなことにはならない。

 本気で駄々をこねて生徒会ににらまれる方がよほど面倒になるため、長い物には巻かれろ――先人の知恵ちえに従うことにする。


「まぁ、四番隊所属の片腕を切り落として退けたんだ。ワームビーストの眉間みけんぶち抜くぐらいなら――大丈夫だいじょうぶだよな……」


 胸に宿る不安が消えないが、ラスター=ブレイズは大規模作戦への参加が決まった。

 ちなみに、記念すべき最初の顔合わせが、今日からとしり、ラスターは嫌な予想が頭をめぐる。

 武術科への仮編入扱いが既に決まっており、第一の生徒会長を除く全員で武術科の練習場へと向かっていく――もしかして、められた?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る