4-3

 隣に座り、並べた机の上には俺がポケットに忍ばせておいた菓子が中途半端に食べられ、散乱している。

 ちらと部室の壁掛け時計を見て、上守は心配そうな眼付きでおずおずと尋ねる。

「い、いいの?教室に戻らなくて」

 昼休みはとっくに終わっているが、構わず話続けているから心配したのだろう。

「……今日はちょっとさぼろうかなと。先輩こそいいんですか?教室に戻らなくて」

「うんいいよ。今日は部活にだけ出るつもりだったから」

 「いっしょにおさぼり、えへへ」と優し気ににへらと微笑む。

 話していたのは幽霊少女について。

 他の部員に聞くのは気まずいけれどこの人になら喋ってもいいかなと思えた。

 ファーストキスの話や成り行きでこの部活に入った話はぼかしながら、事の経緯を話す。

「それでそのユーレイちゃんはそれ以降会えてないの?すれ違ったり、遠くで見かけたりもしてないの?」

「全く覚えがないですね。第二の誰かだろうと思ったんですけど」

「ちがったの?」

 情けなく首を縦に振る。

「最後の頼みの綱だったト書先輩でも無かったので、ふりだしに戻っちゃいました」

「お?なになに?きげきちゃんの話題!?よーせーてー!!」

 右肩を引き寄せられ、空気に読めない声が聞こえる。

「ト書先輩!?なんでここに!」

 左を向くとト書その人が快活に笑っており、さらに奥には抱き寄せられて迷惑そうに眉をひそめる上守の姿があった。

「じゃま、きげき」

「そんなん言わんとってよお。きげきちゃんと加実花の仲やろ?もっと再会を喜び喜び、ほら新二年生の絆やキズナー!!」

 やけに上機嫌なト書は上守の首に手を回したまま拳を天につき上げ、ケラケラと笑う。

 このテンション、酒が入ってるんじゃないだろうな。

「いままであんまり会ってないのになにが絆なのよ」

「えー?一年のときあんま学校にきぃひん加実花を心配して毎日のように家に行っとったやん!」

「一か月で辞めたくせに」

「だって迷惑そうやったし」

 気まずそうに上守は目を背け、面白いものを見るように口角を上げた。

「きげきちゃんだって人の心が分からへん訳やないからね、むしろ分かりすぎるくらい。もし誰かに嫌なことしてたら意図的やと思ってもうてかまへんよ!」

「演技の天才は根が腐ってて嫌ね」

「相変わらず辛辣やなあ!」

 二人の息の合った会話に置いてけぼりになってしまった。

 ト書はこれで三度目のコンタクト、それも大した会話をしていなかったからかそこまで印象は変わらないけれど、上守の毒舌は驚いた。

 第二部員の誰にも見せなかった一面――それだけト書とは特別な、気の置けない関係ということだろうか。

 それは少し、羨ましい。

「演技の天才って」

「ん?ああ名は体を表すっていうやろ。きげきちゃん劇作家やから、脚本を――ト書きを書くのがお仕事。演技は副産物」

 この年で脚本を。

 小説家や洋画家や彫刻家よりもずっとその才能は一般人の俺からすれば分かりやすかった。

 彼女は世の中に跋扈する悪い大人たち、ドラマで見るような連中をその才能でねじ伏せたということだろう。

 才能だけでなく、もっと他の総合的な能力を有するからこそ、こうして演技の天才と呼ばれているのかもしれない。

「すごいですね」

「そんなこともーあるかも?ま、他の部員には見劣りする才能やけど」

 ト書は嬉しそうに謙遜して、話を切り上げる。

「ちょーっとそこを通りがかって、たまったま話が聞こえてきたんだけど、なに自分人探ししてるんやろ?きげきちゃんその子知ってるで」

「本当ですか!?でもどうして」

「あやしい」

「怪しないて……やっぱ怪しいか?」

 二人が頷いて、ト書は頭を掻いた。

「信じるも信じないも百葉次第、強制はせえへん」

「信じます」

「なにも今日明日に結論を出せとは言うてへん、じっくり考えてから決めるので――え、早!?」

 愉快なノリツッコミを誇張した身振りで表して、上守は呆れたようにじっと彼女を見つめていた。

「よし!じゃあそのユーレイの居場所を……教えてもええけど、ただで教えるのはおもんないよな。ここは一つゲームで」

「またですか」

「そううんざりせんとってや、きげきちゃんだって後輩と遊びたいー!!」

 なんて自分勝手な先輩だろう、今までだって俺から仕掛けることはあったものの向こうからやってきて、向こうから戦争を始めることはなかった。

 傍若無人――彼女が第二に復帰しようがしまいがどちらでもいい、いいのだが、

「…………」

 ちらと彼女の顔色を窺うとVサインでにやにやと笑って見せる。

 こうも核心に迫った餌をぶら下げられて食いつかない訳にもいかない。

 俺の返答を待たず、ト書は説明を始める。

「ゲーム内容は『かくれんぼ』、君が鬼ね。明日から一週間の猶予で捕まえられたら勝ち。範囲はもちろん校内で、さすがに可哀想だから体育館運動場とかなしや。あとロッカーの中に隠れるとかそんなしゃばいこともせんで。見たら一発で分かるところにおる。もしたら勝てたらユーレイの場所を教えたる、ついでにきげきちゃんも部活に復帰するで!」

「最後はどうでもいいですけど分かりました、やりましょう」

「扱いざっつう、泣いちゃうぞ?ええんか?」

「きげきはこのくらい雑でいいよ」

 ト書は俺たちに雑に絡み、それを二人で嫌がる、そんな構図が出来上がって雑談が続く。

 明日から対決をするというのに和やかな雰囲気が漂っていた。

「そういえば気になってたんやけどこのバナナめっちゃ上手やね。加実花が作ったん?」

「……狐だけど」

 どうして上守がト書を嫌っているか分かったような気がした。



 衿谷が帰ってから、上守は不安そうに話す。

「悪趣味ね、どっちに転んでも最悪。ねえ、なんでこんなことしたの?」

「                               」

「あなたらしい……だからわたしはあなたが大嫌いよ」

「                     」

 ト書はいたずらっ子のように上機嫌に笑った。

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