0-3

 絵の具とニスの臭い、埃っぽさと黴臭さが充満する室内。

 美術室成り得るため、ある程度設備を確保しているせいで、ただでさえ狭い教室はさらに狭く感じる。

 十人でギリ、サッカー部希望者全員が入ることなど不可能だろう。

 教室の中には誰一人、見知った顔は無く、ただ少女が一人、佇んでいた。

 窓際、物憂げな表情で外の景色で見ている。

 濃紺の髪は長く腰のあたりまで伸びて、この高校の制服を着てはいるがスカーフはない。

 大和撫子然とした顔つきで、目は甘く垂れている愛らしい少女。

 優し気で、不思議な笑みをたたえ、少しつまらなそうに溜息を吐いた。

 彼女は窓の外を見るのを止めて、ちらとこちらを見る。

「…………」

 少女は覗いていた俺に驚くでもなく、会釈をするでもなく、ただ柔らかく口角を上げた。

 ゆっくり近づき、少女は両手で俺の腰を抱いた。

 体の柔らかさと甘い香りで胸がいっぱいになって、何も言えなく、何も考えられなくなる。

 体を密着させ、唇が近づく。

 胸も腹も腕も柔らかい部分で全て当たり、少女は足まで絡めてくる。

 柔らかそうで、薄い桃色の唇は俺の唇に触れる。

 熱が伝わり、呼吸が聞こえ、粘膜の潤いがじかに感じた。

 知らない少女の知らない唇、しかし不思議と嫌だと気分は無くて、どちらかと言えば幸せだと感じる割合が大きかった。

 一分か二分、もしからしたらもっと短いかもしれない。

 少女はようやく手を離して、顔を真っ赤にしてへたりこむ俺を薄く笑った。

 紺のスカートが顔を横切り、教室から出て行ってしまう。

「あの……!」

 精一杯絞り出した声で後ろを振り向く。

 しかし、既に少女の姿はない。

 俺のファーストキスは幽霊のような少女に捧げることとなった。

 キスは青の味がした。

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