トロピカル因習アイランドの秘密

ああああ/茂樹 修

第1話

 水神島――××県南部に位置するその島の名を知る者は少ない。本土との交流は殆どなく、独自の文化が栄えていると言われている。


 そう、『言われている』なのだ。この島に足を踏み入れたが最後、戻ってくる者はほとんどいない。数少ない帰還者でさえも重く口を閉ざしている。


 だからこそ△○大学風俗因習研究室の僕と教授は、この未開の島に足を踏み入れたんだ。


「お二人さん、忘れ物はねぇべか?」


 僕達をこの島まで送ってくれた髭面で訛りの強い漁師が、人懐っこい笑みを浮かべてそう言った。


「はい、ありません。それでは一週間後のこの時間に」


 僕の隣に立つ初老の偉丈夫、高柳教授はブラウンの帽子を取りながら、深々と頭を下げる。慌てて僕も頭を下げれば、漁師は満面の笑みを浮かべる。


「したらば二人とも、何もない島ですが楽しんでくだせぇ。お二人に水神様のご加護がありますように」


 そんな言葉を言い残すと、漁師はまた船のエンジンをかけ本土へと舵を切った。


「水神様のご加護、か……やはりこの島には土着の宗教が根付いていると考えられそうだね、神奈月君」


 神奈月君、とは当然僕のことである。院に上がったばかりで研究テーマを決めかねていた僕は今回の調査の助手として抜擢されたのだ。


「ですが教授、漁師が水の神様を祀るのは当然ではないですか?」

「確かにそうだね、水と名の付く神社なんて全国津々浦々にあるものさ。だけどわざわざ水神様、なんて言うのが気になってね」


 教授は早速ポケットからメモ帳を取り出し、何やら書き込み始めた。僕も何かしなければと思い立ち、持ち込んできたデジタル一眼レフで島の風景を撮影していく。


 白い砂浜に椰子の木、それから立ち並ぶ古い瓦屋根の民家。島の中心には山とは言えない小高い丘があり、一度は開発されたのかとある看板が目に入った。


 木が邪魔でよく見えないが、望遠レンズのおかげで数文字は読み取れた。


 ……ク、フ?


「神奈月君」

「は、はい!」


 教授に声を掛けられ、思わずシャッターを下ろしてしまう。ク、フ、それに水。その組み合わせが何やら不吉な物を連想させたから、こんな常夏の島だというのに冷や汗が背中を伝った。


「そう緊張しなくていい、この島の協力者がそろそろ迎えに来てくれるからね」

「協力者、ですか?」

「先程の漁師の親戚らしくてね、名前は加江田権左衛門……年は四十三と聞いている」

「それはまた古風なお名前ですね」


 本州から隔絶された島に住む、古風な名前の四十三歳。風俗研究室になんて入ってしまうような僕だ、つい古典の推理小説に出てくるような薄暗い一族の姿が頭を過ぎる。撫で付けた髪に平たい顔、服は紋付き袴で……。


「チョリーーーーーーーーーーーッス!」


 ……野生のチャラ男が現れた。思わず横目でチャラ男を見ると、肌は日焼けして金色の髪はビジュアルがチャラい方の国民的RPGに出てきそうなツンツンヘアーで、服はアロハに短パンビーサン。確かに南の島っぽきけども。


「あれ!? 今回のイケニエの二人じゃないんすか? チョリーーーーーーーーーーーッス!」


 教授、露骨に目を逸らす。て言うかこの人、いまイケニエって言った? えっもう言うの早くない? ほら教授震えてメモ取ってるじゃん。代わりに僕が聞くしかないか。


「えっと、貴方は……」

「DAGONッス」


 そんな総理大臣の孫みたいなこと言われても。


「えっと、ダゴンさん……?」

「DAGONッス」


 くそ、ここだけRPGの村人みたいなやり取りさせやがって。


「DAGONさん」

「ウェーーーーーーーーーーーーーーイ」


 DAGONさんは俺の答えに満足したのか、肩を組んで拳と拳を合わせてきた。なんだこれ、どう考えてもおどろおどろしい因習のある村よりコミュニケーションの難易度高いだろ。


「えっと、僕達はこの島に研究に来た者で、加江田権左衛門さんを探して」

「いないッスよ、そんな男」


 冷たいDAGONさんの言葉に思わず息が詰まってしまった。もしや加江田さんは僕達に協力すると知られて、この島の住人に消されたのでは。


「加江田権左衛門なんてダセェ名前は捨てて……今はDAGONッス」


 自分の顔に親指を向け、不適な笑みを浮かべるDAGONさん。


 あー、あそういうこと!? かえ『田権』ざえもんでDAGONってことか。あー、なるほどねそういうことね。


「なら最初っからそう言え!」


 叫んだ瞬間、しまったと気付く。いきなりこんな態度を取ってしまっては、彼の言う通りイケニエとして扱われるのではないかという恐怖。


「……イケニエさん、名前は?」


 フラグ回収爆速かよぉ。


「か、神奈月九郎です」


 偽名も思いつかなかった僕は、つい本名を明かしてしまった。まずいまずいこれで何か魂を縛られるような事が起きてしまうのではないかと焦りに焦った僕に。


「ならソウルネームは……CROWっスね」


 ソウルネームを与えられた。え、何そのシステム知らないんだけど。


「ウェーーーーーーーーーーーーーーイ」


 また拳を突き出してくるDAGONさんに、僕は再び拳を合わせた。え、なんで俺気に入られてるの今のやり取りに琴線に触れる要素あった?


「早速っすけど、『儀式』があるんで二人には来てもらうッスけどいいッスね? マジこの儀式通過してもらわないと、島の仲間として認められないんで」


 儀式、という単語に思わず身震いする。教授は、ダメだ必死にメモを取るフリをしている。肝心な時に使えないなこの人。


「その、儀式って」

「そんなの決まってるじゃないっスか」


 DAGONさんの不敵な笑みに思わず生唾を飲み込んでしまう。そうだイケニエを歓迎する儀式なんて決まっているじゃないか。僕達を縛り上げ火炙りにして、その肉を島民達で分け合う血の感謝祭を……。


「BBQッスよ」







 めっちゃ飲んだ。


 正直こんなに飲んだのは新歓コンパ以来だなってぐらい飲んだ。えーっと大ジョッキで11、12杯ぐらい? それでも思考がまだ明確なのは親譲りの体質と先程飲ませてもらった冷たい水のおかげだろう。


 そう、真水だ。ペットボトルに入っているわけでもない、澄んだ冷たい水。山なんてないこの島で、簡単に採れる物じゃない。やはりこの島には何か不思議な因習があるのではないかと疑ってしまあ。


「あれ、CROW飲みすぎたんスか?」


 椰子の木に背中を預けぐったりとしている僕に、DAGONさんがストロング系チューハイを片手に声を掛けてきた。


「あ、はい……久々にこんなに飲んだから」

「ま、飲み過ぎは厳禁ッスね。この後には」


 と、そこでDAGONさんが口を紡ぐ。この後、やはり何かあるのか。それもそうだこんな水着の男女に囲まれて豪華海鮮BBQなんて裏がない訳ないじゃないか。


 何とかしてこの場を離れようと立ち上がるも、クリアな思考とは裏腹に体はふらついてしまった。


「ま、ホテルあるんで休んでてもらってもいいっスか? イケニエはそこに泊まる決まりなんで」

「ホテル、あるんですか?」


 つい口を出た言葉は失礼だったかなと思い直す。こんな島にホテルなんてあるのか、と取られれば何をされても仕方ないんじゃないかと。


「それが、あるんスよ……ホテルが」


 ニヤニヤと嬉しそうに笑うDAGONさん。ダメだコミュニケーションの正解が本当にわからない。


「ホテル『ラヴクラフト』が」


 あーーーーーーーーーー言っちゃった、あー言っちゃった横の人。クなんとかフとかダゴンとか散々ぼかして来たのに、もうラヴクラフトって言っちゃったよ。もうコズミックじゃんこんなのさぁ。


「その、ホテルってどこに」


 そう尋ねればDAGONさんはニヤニヤしながら、小高い丘の上を指差した。それは島に来た時に見つけた看板がある建物で、この日本の田舎の島には似つかわしくない石造りの城のように見えたから。




 ――ラブホだこれ。







「あっ、くっ、くぅっ……くそっ!」


 隣の部屋から教授の苦しげな声が聞こえる。だがその声の理由について、僕はもう考えたくもなかった。


 最初に声が聞こえた時は、僕の部屋がどピンクで回転式のベッドである事以上に驚いた。けれど部屋の中を探れば、すぐにその答えに辿り着いたのだから。


 引き出しの中にデリヘルのチラシがあった。


 言い換えよう。




 あの教授飲み会抜けてデリヘル呼んでやがった。




 しかもこの女王様SMコース九十分一万円呼びやがった。そりゃ安いし風俗研究室だけども。本当全国の風俗研究で風評被害を被っている連中に謝ってほしい。


 ……鞄の中に研究費として持ってきた現金二十万あるんだよな。


 教授が呼んでるなら僕も呼んでもいいんだよな、お互い黙ってりゃバレないよなこれ。


 呼ぶか? 本土に戻って速攻で銀行で下ろせばいくらでも補填ができるし、おそらく来てくれるのはさっきのBBQに来てた水着ギャルの誰かだ。この島にはまだPhotoshopがないおかげか、パネマジもなし。そういえばこのチラシの子僕に焼きガニをあーん❤️ってしてくれたミサキちゃんに似てるな。


 呼ぶか。


 日焼けギャルとラブラブ甘々プレイ一八〇分一万八千円呼ぶか。三時間でこの料金は魅力的過ぎる、据え膳ウーバーしてくれるならやはり男としてイーツしないとむしろ失礼では。


「チョリーーーーーーーーーーッス」

「うわぁ!? DAGONさん!?」


 いつのまにか部屋に入っていたDAGONさんに後ろから声を掛けられ、思わず前のめりで倒れる。


「アレェ、CROWまだ酒抜けてないんスか? そんなんじゃ次の儀式に耐えられないっスよ?」


 ヘラヘラと笑うDAGONから発せられる儀式という言葉に思わず体が硬くなる。やはりこの島には謎の因習があって俺達をイケニエにするのが目的で。


「二次会という名の……神聖な儀式に」


 二次会かぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。


「CROWが気に入ってた……ミサキちゃんも来るっスよ」


よし。


「行くか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」







「あ、クロウっち来てくれたんだ❤️」


 案内されたホテル一階のホールーーホールはホールでもミラーボールにダンスミュージックが爆音で流れるホールーーに着くなり、ミサキちゃんに抱きつかれた。金髪小麦肌で巨乳で可愛い。最高。


「ミ、ミ、ミサキちゃんが来てるって聞いたから……」

「えっ、あーしのために来てくれたの? チョー嬉しいんだけど❤️ チュッ❤️」


 頬に当たる唇の感触に、思わず笑みが零れ落ちる。うーんこの島最高だな。


「あそこ座ろ?」


 ミサキちゃんの提案に無言で頷き、真ん中から少し離れた二人掛けのソファー席に腰を下ろす。


「ね、何飲む?」

「あ、その、ビールで……」

「もうクロウっちキンチョーし過ぎてだって。あーしも何か頼んで良い?」

「あ、うん好きなのを」


 そこで思わず正気に戻る。高い酒頼まれたらどうしようかと。


 ドンペリか? それとも名前も知らないような高い酒か? 頼むどうか払える額であってくれ。


「あーしコーラね!」


 ミサキちゃんいい子だな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。


「実はあーしさ、まだ十九だからお酒飲めないんだよね……ごめんねクロウっち、一緒にお酒飲める子の方が楽しいよね?」

「ううん、ミサキちゃんと飲みたいな!」


 最高かよこの島はよぉ。もう骨とか埋めちゃおっかなぁ。


「ウェーイCROW、飲んでなくないWOW?」


 と、ここでDAGONさんがトレイにビールとコーラをお盆に乗せてやって来たので。


「ウェーーーーーーーーーーーーーーイ」


 拳を彼に向かって突き出せば、満面の笑みが返ってくる。


「ウェーーーーーーーーーーーーーーイ」


拳骨が合わされば、今確かに通じ合う。俺達の心は今、一つに。




 ――瞬間、ホールの明かりが消える。


 油断した。僕は完全に油断していたんだ。


 酒を飲まされ飯を食わされ、簡単なハニートラップに引っかかって。


 僕は馬鹿だ、阿呆だ、愚か者だ。初めからこの島には何かあるって知っていた筈じゃないか。


 誰も帰りたがらないこの島に、何があったのか口を閉ざすこの島に。


 秘密がない訳、無いんだ。


「ねぇ、クロウっち」


 耳元でミサキちゃんの妖しい声がする。けど駄目だ、酒と色香にやられた僕にはもう抵抗する事なんて出来ない。きっと僕はこのままこの島に囚われて、一生生贄としての人生を……。


「今ならおっぱい……触っていいよ❤️」


 ……ダウンタイムかこれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。







 一週間で二十万取られた。昼から飲んでBBQして二次会でミサキとイチャイチャしてその後二人で部屋に行って朝まで過ごして昼に起きてって毎日を過ごしたら二十万取られた。


 めっちゃ安いな!? と突っ込まずにはいられないこの島の因習はと言えば。


「海水濾過装置の維持費、か……」


 全裸で四つん這いになって首輪を付けられ女王様の犬となった教授が、神妙な顔で呟いた。僕らみたいな人から金を取るのは、単純にこの島に必要不可欠な機械のメンテナンス代を稼ぐためだったらしい。


「ええ、それともう一つ」


 教授が女王様から情報を集めたように、僕もミサキからこの島の秘密を手に入れていた。


「婚活パーティでした……」


 この閉ざされた島には出会いがない。だから外部から来た人間を接待し、気に入った相手を選んでもらうという取り組みだ。ちなみにDAGONさんの発案で、しかもあの人は村長だったらしい。そうか政治家だから本名じゃなくていいのかと気付いたのは一昨日のことであった。


「教授は島に……残るんですね」

「ああ、ここで暮らすだけの蓄えはあるからな……セブン銀行もあるし」


 そして最終日、教授は駄々を捏ねた。いやだいやだもう大学になんか帰りたくない私は女王様の犬としてこの島で一生を終えるんだ、と全裸で駄々を捏ねた。


 これはもう島に置いていく以外の選択肢は無かった。というかこの人が僕の先生だった過去を消し去りたい。


「神奈月君は帰るんだな」

「ええ」


 教授とは違い、僕は島を出る事にした。使い込んだ研究費を補填しないとヤバい、というのもあるけれど。


「ミサキが一緒に暮らそうって言うから」

「ねー❤️」


 僕の隣にはミサキがいる。婚活パーティは大成功、僕は将来の嫁さんをゲットした。


「CROW……子供が出来たらちゃんと顔見せに来るっスよ?」


 見送りに来たDAGONさんが突き出した拳に、僕とミサキは二人で拳を合わせた。ウェーイって言葉が出てこなかったのは、僕ら三人とも泣いていたから。


「ほだら二人ともぉ、そろそろ時間だべ!」


 送ってくれた漁師さんの船にミサキと二人で乗り込めば、どんどんと島が遠ざかる。




 水神島――××県南部に位置するその島の名を知る者は少ない。本土との交流は殆どなく、独自の社会問題を抱えている。


 島を出る事になった僕だけど、この場所について誰かに言いふらしたりはしなきだろう。


 何故かって?





 教授のあの姿は、ちょっとなぁ。

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