キミを切り取る。空も切る。

外清内ダク

キミを切り取る。空も切る。


 お気に入りの空を切り抜いて、がくに入れて飾ることにした。ファミマの脇の細路地から、踏切ごしに見るあの空を。アートナイフを走らせて、一辺ずつ、一辺ずつ、空を長方形に切り出していく。見上げながらの作業は思った以上に骨が折れたけど、首や肩がもげそうなくらいだるくなった頃、ようやく僕は、空を手にすることができた。

 ぺらぺらの空を指でつまんで、鼻の高さに吊るしてみる。白雲が南北に薄く走り、その後ろにひどく寂しげな冷たい青が横たわっている、冬の空。……うん! いい感じ。僕は自分の仕事に満足し、空を丸めて家路についた。

 こんなことを思いついたのも、キミにあの空を見せたかったから。僕の心の感動を示して分かち合いたかったから。キミが空を褒めてくれるのを想像して、僕は浮かれる。

 街の人たちは、空が灰色に欠損してるのを早くも見つけて、わあわあうるさく騒ぎ始めていた。僕は気にしない。上機嫌にステップ踏みながら、有象無象の中をすり抜けていく。バカだな、みんな。そんな狼狽うろたえることないのにな。僕がいただいたのは、広い空のほんの一部。人ひとりの腕に収まるほどのサイズでしかない。いわばこれは僕の取り分だ。僕に言わせれば、公共物っていう考えが間違いなんだ。世界はこんなに広いんだから、いくら取っても無くならないほどたくさんあるんだから、ひとりひとり自分の分を切り取ってしまえばいいじゃないか。この空は僕のもの。あの空は君のもの。それなら公平だし、財産の共有に由来する軋轢あつれきだって防ぐことができる。

 部屋に戻って、かねて用意の八ツ切額縁に空を収めた。飾る場所も決めてある。部屋の南東の壁、ベッドの正面。ここだったら、キミと一緒に目覚める朝のたび、ふたりで空を眺められるんだ。金具に空を吊るし、ベッドへ仰向けになり、見上げてみる。よし! 思ったとおり。最高だ。

 ……いや? 最高かな? 何か足りない気がするな。

 空だけでは、どこかもの寂しい。

 僕は分かっていなかった。この時やっと気づいた。空の素晴らしさは、空だけで成り立つものじゃないんだ。屋根の凹凸、交差する電線、雲へ掴みかかろうとするかのように伸び上がるこずえ、悠然と弧を描くとびの孤高……そういう対比物と調和して、初めて空は空になるんだ。

 だから僕は再び街に出た。今度はちょっと大仕事だ。僕の空を空たらしめるために必要な、たくさんのパーツを集めるんだ。

 僕はあちこち駆け回り、僕の心を動かす素晴らしいものを次々に収集していった。念の為に2本も持っていったポスターケースが、丸めた風景でみるみるうちに一杯になっていく。墓標のように恐ろしげなビル。見事に浮き彫りになる山の稜線。私鉄の列車のカワイイを煮詰めた小豆色あずきいろ。そうした素敵なものたちを、僕は丹念にナイフで切り取り、ケースに詰めていく。

 集めたパーツを家で細かくトリミングして、額縁がくぶちの空に加えてみる。僕はさっきより満足する。いいぞ。ぐっと引き立つ。かなり良くなった。

 でもまだ、なんか、まだ足りない。

 悩み抜いた僕は、とうとうキミに頼ることにした。デートの日、スタバのチョコドーナツをかじりながら悩みを打ち明けたら、キミはサッと顔色を変えた。

「お前なのかよ」

「えっ、なにが?」

「『そら強奪事件』の犯人は」

「犯人って」

 僕は苦笑した。その時はキミがいつもの諧謔かいぎゃく趣味で、大げさに言ってるだけだと思ったんだ。よくよく話を聞いてみて、やっと僕は事態を理解した。

 なんか、僕のやったことが大問題になってるらしい。空とか、街のあっちこっちが、切り取られて空虚になってしまった。誰かが世界の一部を奪い取ったんだ、って。うーん。そんなに騒がれてるなんて知らなかったな、テレビとか見ないから……

「返しなさい」

 キミが僕の肩を掴んで顔を寄せてくる。

「今すぐ。全部。元のところに」

「でも、もう少しで完成……」

「返しなさい」

 僕は不承ふしょう不承ぶしょう、「はぁい」なんて口を尖らせる。

 その夜、キミは泊まりに来てくれなくて、僕はできかけの空をキミに見せられなかった。明日はキミと一緒に、この空を元の場所に返しに行く……それはあまりにも切なくて、僕はベッドの上で膝を抱える。

 たったひとり。

 その時、僕の脳に閃光が走った。見つけたんだ。僕の空に、一体何が足りなかったのかを。

 だから僕は切り抜いた。

 部屋に来てくれたキミを、アートナイフで切り抜いた。

 どんな風景よりも丁寧に、愛を込めてトリミングし、キミを額の中に収める。息を飲むほど冷え切った空の下に、言葉もなくたたずんでいるキミ。

 きれいだ。

 凍えるように――きれいだ。

 これが僕の本当の空だったんだ!

 でも。

 この感動を伝えたくて、伝えたくて、スマホを手に取り、僕は気付いた。

 もう僕には居場所ばかりか、伝える相手すらも残っていないんだということに。



THE END.

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キミを切り取る。空も切る。 外清内ダク @darkcrowshin

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