【ショートショート】魔法の窓【2,000字以内】

石矢天

魔法の窓


「スグルのバカ! もうオモチャ貸してあげないからっ」

「バカって言った方がバカなんだもん! お兄ちゃんのバカ!」


 またケンカになってしまった。


 ケンカの原因はスグルがお兄ちゃんの人形を投げたこと。

 木で作られた兵隊さんの人形は、壁にぶつかって手が外れてしまった。


 スグルも自分が悪いことはわかっているのだけど、お兄ちゃんに大きな声で怒られたら、いつだってケンカがはじまってしまう。


 スグルは泣きながら部屋を飛び出し、リビングを走り抜ける。

 そのまま玄関から出ていこうとしたら、お母さんに呼び止められた。


「あら、どこ行くの?」

「おそと! お兄ちゃん、きらいだから!」

「あらそう。あんまり遅くならないようにね」


 兄弟ゲンカはいつものことだから、と。

 泣いているスグルに「どうしたの?」って聞いてくれないお母さんも、今はちょっとだけきらいだ。


 スグルはお母さんに返事をせずに、勢いよく家を飛び出した。


 家の裏にはとても大きな森がある。

 そこには恐ろしいモンスターが――なんてことはなくて、とても静かで、とても安全なところだ。


 この森のちょっと奥に、スグルの秘密基地がある。

 大きな樹の、根っこの近くにある、大きな穴。


「こういう穴をウロって呼ぶんだ」と、スグルが今よりもう少しだけ小さかった頃にお父さんが教えてくれた。


 スグルはウロの中に入り込むと、スッポリ身体をおさめて寝転んだ。


 目の前には円い窓みたいなウロの枠があって、その先には木々の枝から伸びたみどり色した葉っぱと、みず色の空が広がっている。


 葉っぱは季節によって赤くなったり、茶色くなったりする。

 空の色も天気によってもっと青かったり、逆に雲ばかりで灰色だったりする。


 その日、その日で見える世界が違う窓は、まるで魔法の窓のようだ。



 朝も、昼も、夕方も、この場所から見上げる空が一等。

 だからお兄ちゃんとケンカしたときも、お母さんに怒られた時も、お父さんにゲンコツされたときも、何かあったらいつもこの場所から空を見上げてきた。



 お気に入りのうろから見上げる、お気に入りのそら


 だんだん心が軽くなっていく。

 風がふわりとスグルの頬をなでた。

 あんまり気持ちが良かったものだから、スグルは目をつぶった。

 その方がもっと風を感じられるんじゃないかと思ったから。



 ……。

 …………。

 ……………………。


「スグル、起きて。もうすぐ夕飯だよ」

「お兄ちゃん?」


 体を揺すられてスグルは目を覚ました。

 いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。


「さ、帰るよ」


 差し出された手を握り返して、スグルはウロから頭を出す。


「お兄ちゃん、お人形さん壊しちゃってごめんなさい」

「もういいよ。ちゃんと直ったから」


 お兄ちゃんがスグルに見せてくれた兵隊さんの人形には、たしかに手がついていた。だけど、なんだかプランプランと揺れていてちょっと変だった。


 だからスグルはもう一度「ごめんね」ってあやまった。

 お兄ちゃんはもう一度「いいよ」と言ってくれた。




      【了】




 カクヨムコン8もそろそろ終わりますね。

 恒例の自作宣伝も間もなく見納めですよ。貴重ですね(*'ω'*)


 全てが《どんでん返し》の物語『リバーステイル』

https://kakuyomu.jp/works/16817330650255530703


 (/・ω・)/ <ヨンデクレメンス


 今回はいつも企画をして頂いている感謝を込めて。

 企画主様のカクヨムコン8エントリー作も勝手に宣伝しちゃいます。


 ラブラドレッセンスな世界

https://kakuyomu.jp/works/16817330650849081853


 コピー人間が作れるようになったことで目まぐるしく変化していく世界を描いた近未来SF。こちらのお話も佳境を迎えてますので、一気読みしちゃってください。

 

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【ショートショート】魔法の窓【2,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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