25番の空

寺田香平

第1話 眺め続けた空、その下で想う

 


「お気に入りの空は何?」


 ある日、俺は赤い髪をたなびかせる君に聞いた。すると、君は迷わずに答える。


「25番の空!!」


 俺はその答えに驚く。だって25番と言えば、朝から雨が降って、お昼には晴れになる天気模様だ。まあ、夜空は星の配列は雲に遮られないが。。それでも、星の配列を楽しむのなら13番の方が断然に見通しが良い。


 そんな当然の理屈で俺は君に問いかける。


「なんで25番の空?」


 そんな質問に君は、とっておきの秘密を教えるように、俺の耳のすぐそばで唇を震わせる。


「だってね、25番は虹が見えるんだよ。今度は君のお気に入りの空を教えてね」


 それが俺こと君川昴と君こと有川京子の最期の会話だった。


 ~そんな会話をしてから10年後~


 俺は引っ越し業者で、朝から重い段ボール箱を運んでいた。本当に重い段ボールで、腰へのダメージは甚大だ。だから、俺は段ボールを運び終わった13時頃、腰を逸らすようにストレッチする。そして、腰を逸らしたならば、空が見える。


 俺は今朝からの気象パターンから、今日の空の番号を思い浮かべる。


(25番。あいつのお気に入りの空。)


 月のコロニー、そこに生まれた時から住んでいる俺にとっての空はコロニーが調整しているものだ。そのパターンは、政府が発表している限りだと30パターン。その25番が今日の空。


 俺は25番の空を注意深く見る。すると、空は時間通りに七色の虹を作り出す。確かに、綺麗だという気持ちもわかる。ただ。


「もう何回も見たよ」


 俺は吐き捨てて、仕事に戻る。ただ、俺は25番の空を10年間眺め続けていた。


 それはあいつに会えるかも、なんて想っているからだ。


 だって、俺はまだ答えていないから。


 お気に入りの空を答えていない。


 あの時、途切れてしまった会話の続きをしたい。10年間訪れなかった今度の約束を果たせていないのだ。


 それなのに。ちっとも、君は現れない。


 だから、俺は空に向かって答えを紡ぐ。


 この空の先にはいないかもしれない君に。


 ただ、何となく。


「俺のお気に入りの空は」


 そう言おうとしたときに、遠くで赤い髪がたなびいた。


 そちらを見ると、赤い髪をロングに伸ばした女性が立っている。


 そして、その女性は俺に言う。


「すいません、ここに引っ越すものです。名前は有川京子。合ってますよね?」


 俺はその名前を聞いて、衝撃を受ける。有川京子はあの日の君の名前。だから、俺は自分の名前を名乗ってみる。


「はい、君島昴です。ちょっと、上司にお名前が合ってるか確認してみますね?」


 俺はここで、呼び止められると思った。でも、そんなことはない。俺は上司に名前の確認を取って、有川さんをご案内した。


 あの約束は、君の中では消えてしまったのだろう。


 俺だけが、あの約束に拘っていた。


 だから、俺は今度こそ、物言わぬ空に答えを紡ぐ。


「俺のお気に入りの空は、君の隣で見上げる空だよ」


 俺の独り言に答える人はいない。


 その事実が胸に刺さったから、俺は空を見上げる。


 そこにあるのは、25番の空。俺はそこに吐き捨てる。


「約束なんて覚えてるもんじゃねえな!!」


 空は俺の答えに返事を寄越さない。ただ、予定通りに空模様だけが変わっていく。俺はソレを見て、想うのだ。


(こんな風に、君の中から俺は消えたのかな。)


 それは空模様のように。規定通りに。予定通りに。ただ当たり前に、俺は消えたのかな。


 そんな風にいじけていると、視界の端で赤い髪がたなびいた。そして、耳の傍で唇が震える。


「仕事が終わったら、君のお気に入りを教えてね」


 俺が顔を上げると、そこには有川京子さんが立っている。表情は、いたずら成功を祝うようにウィンクなんてしている。だから、俺は言ってやるんだ。


「25番の空だよ!!」


 その答えに彼女はいたずらっぽく微笑んで。


「え~、本当かな~」


 なんて宣う。さっきの発言を聞いていたようだ。


 だから、俺は正直に。


「君の隣で見上げる空が好きです」


 すると、彼女は言うのだ。


「実は私も」


 その答えに、俺は笑顔を浮かべてしまう。少し前まで落ち込んでいたのに、いい気なものだ。


 俺がそんな風に想っていると、彼女は空を見上げる。一緒に俺も空を見上げる。


 すると、彼女は俺に問いかける。


「ねえ、この空は好き?」


「ああ、大好きだよ」

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25番の空 寺田香平 @whkj

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