46. 少女の歌

46. 少女の歌




 そして更に翌日。時間は夜。昨日はあまり成果がなかった。なので今回はエドガーさんとジェシカさんと共に夜の海岸の調査をする。


「マスター。暗いね」


 ジェシカさんが不安そうな表情を浮かべている。


「そうですね……灯りがない場所はほとんど何も見えないし……」


「安心しろ。何があってもマスターとジェシカはオレが守ってやるから」


 エドガーさんは笑いながらそう言う。本当はオレがこうやって格好良く言いたいのだが、オレは戦闘能力は皆無だから仕方がない。


「うん。ありがとうエドガーさん」


「よし。それじゃ行くぞ」


 こうして再び『幽霊船』の噂のある海岸へ来たのだが、やはり何も無い。


「やっぱり何も無いですね。暗いし、もう戻りましょうか」


「うーん。マスター。もう少し調べてみない?」


「えぇ……マジで?」


 なんかジェシカさんのほうが堂々としてるんだけど……。そのまま3人で色々探していると遠くの方で波の音とは違う音が聞こえた気がする。


「あれ?今なにか音しなかった?」


「え?私は聞こえなかったけど?」


「オレも聞こえなかったぞ?」


 えっ……オレだけ?いや確かに何か聞こえる。これは……歌か?


「あの……オレちょっと見てきます。2人はここで待っていてください」


「えっ!?マスター!?」


「おいマスター!?」


 2人を置いてオレは音のした方へ向かう。するとそこには月明かりに照らされて1人の少女が歌っている姿があった。


「あれは……?」


 すると少女は歌い終わったのかこちらに気付き、ニコッと微笑むとそのまま消えてしまった。


 ……お化けだ。完全にお化けだ。間違いない。どうしよう。足が震えてきた。


「マスター!大丈夫?」


「マスター!しっかりしろ!」


 気付くとジェシカさんとエドガーさんが駆け寄ってきてくれていたようだ。


「あ、はい!だだだ、大丈夫です!いやダメです!あの女の子のお化けが!」


「女の子のお化け?なんのこと?そんなのいなかったけど」


「は?いやさっきそこに女の子がいて歌ってて……」


「マスター疲れてるんじゃないのか?その女の子どころか歌声さえ、オレとジェシカには聞こえんかったぞ?」


「そっか……そうかも……しれないですね……」


 結局その後は特に収穫はなくギルドに帰ることになった。ギルドに着く頃にはオレも落ち着きを取り戻しており、なんとか平常心を保つことができた。


 そしてその夜。やはり今日のことが気になるのでリリスさんに相談することにする。というかこの家に一緒に住んでから一度もリリスさんの部屋に行ったことはないな。


 コンコンッ オレがドアをノックすると中からリリスさんの声が聞こえてくる。


「は~い!」


「あのリリスさん。相談にのってほしいことがあるんですけど?」


「……なるほど。それを口実に私の部屋に入ろうという作戦ですか。それがエミルくんの精一杯の頑張りなんですね。本当に子供と同じ思考で困りますね?まぁ仕方ありません、私のほうがお姉さんですから少しくらい甘んじてあげましょう!もし変なことしようとしたらグラップラーのスキルとかで骨を砕けばいいですしね!どうぞ!」


 なんか扉越しに毒を吐いてくるリリスさん。とりあえず部屋に入らせてもらおう。


「失礼します……」


 中に入るとリリスさんは椅子に腰掛けながら本を読んでいた。ここがリリスさんの部屋か……なんかいい匂いがして落ち着くな。とか思ってると顔に出てリリスさんに骨を砕かれそうだからすぐに本題を切り出すことにする。


「あのリリスさん。実は今日ギルドの仕事が終わった後で夜の海岸を調査してたら、そこで女の子の歌が聴こえてきたんです。それを見た後に2人に確認したら何も聞こえなかったって言われまして……」


「ふむ。それは『ローレライ』かもしれません。ジェシカちゃんとエドガーさんが来なかったら、エミルくんはそのまま魅了されて死んでたかもしれませんね」


「えっ!?」


「『ローレライ』とは不実な恋人に絶望してライン川に身を投げた乙女であり、水の精となった彼女の声は漁師を誘惑して破滅へと導くと伝えられています。『幽霊船』問題ももしかしたらその『ローレライ』によって引き起こされている可能性もありますね」


 じゃあその『ローレライ』という水の精を何とかすれば問題解決できるかもしれないということか。でもどうすれば……そんなことを考えているとリリスさんが話す。


「まったく仕方ないですね。それなら私が一緒に行ってあげましょう。髪が潮風でベタベタになるのはすごく嫌ですけど、マスターのエミルくんが魅了されていなくなったら一応困りますしね。エミルくんなら少し誘惑するくらいで勘違いしちゃいそうですしね!」


「……はい。よろしくお願いします」


 ……一応なんだ。こうしてオレとリリスさんは、『ローレライ』が出た夜の海岸へ行くことになったのだった。

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