4限目 ──失言

 四限の授業を乗り越えて、次の難題は昼食だ。最大の問題はもちろん後ろの良木さん。捕まる前に屋上にでも逃げようと立ち上がったところで腕を後ろから掴まれた。

「…………どこに行くの?」

「…………ど、どこでも良くない……?」

「どこでもいいけど知りたい」

 どこでもいいなら俺が行き先を答える必要もない気がするが、そんな常識はメンヘラ相手に通用しない。そんな会話をしている間にもゾロゾロとメンヘラが集まってきている。入学2日目でクラスの大半はまだこの光景に慣れている訳もなく、2度見しながら俺の周囲を避けていく。何が何だか全く解らないけど、とりあえず関わりたくない空気というのが滲み出ているのだろう。気持ちはわかるが助けて欲しい。この際誰でもいいから……。


「……ねぇ、何をしているの? 貴方たちの関係は知らないけれど、その人嫌がってるでしょう?」

「!」

 俺含め5人の視線が一斉に突然の乱入者へと向く。そこには見るからに地雷な見た目の女の子がいた。名前は……なんだったか。

「……誰? 私は友達以上だから、一緒にご飯を食べようとしてるだけだよ?」

 良木さん?

「私にとっては救世主だから……」

 実川さん?

「彼は私氏の全てを受け入れてくれるから話がしたくて……」

 恩塚さん!?

「……私は、あの……友達だけど、彼は私の肌が好きで……」

 伊藤さんッ!!

 ドン引きしている相手を前に俺の思考が逆回転する。落ち着け、正常回転に戻せ。1人ずつ対処するんだ、俺!

「まっ、待って! 良木さん! 友達以上ではないよ!? 実川さん! どう思うかは自由だけどキリストほどの効果を俺に期待しないで!! 恩塚さん! 成績云々を全てって言葉に変換しちゃダメ!! 伊藤さん! 誤解を招く言い方はやめよう!!」

 4人は不承不承と言った感じの顔だ。まだ逃げられそうにない。

「……私は名倉泉。貴方は?」

 ……マイペースな人だな。俺なら4人が俺との関係性を話し出した時点で逃げる。

「……ゆ、結城陽向……」

「そう。モサくて覚えてなかったわ。ごめんなさい」

 おかしい。モサい男をを目指したはずなのに何故か心が痛い。

「ともあれ……離してあげたら? トイレでも行きたかったら困るでしょう?」

 名倉さんが言うと、良木さんが手を離した。

「う、うん、俺トイレ行くから……じゃぁ!」

 そう言うと俺は、脱兎のごとくトイレへと向かった。ありがとう名倉さん、トイレから出た時が怖いしなんなら別に行きたい訳でもないけど、ありがとう。


「……はぁぁぁぁ……」

 トイレに入り、大きく溜息をはき出す。何とかスマホは持ってきたから時間は確認できるが、問題は昼食だ。中学までは給食だったけど、高校は弁当が基本だ。まぁ俺の母さんに毎朝弁当を作る気概なんてあるはずないので、コンビニのパンだけど。

「……どうしよう」

 トイレから出たあとが怖い。しかしここに居座る訳にも行かない俺は、トイレからそろりと廊下に出ていった。……想定外、メンヘラたちはいない。代わりに、名倉さんがいた。

「落ち着いた? 彼女たちは牽制しておいたわ」

「どうやって!? あ、いや、それも気になるけどそれよりも……ありがとう、名倉さん」

「いいえ。……それにしても大変ね。昨日も纏わりつかれていたでしょう」

「はは……まぁ、色々あって。それより、俺と長話はしない方がいいよ。あの4人……特に伊藤さんあたり何するか分からないから」

「そう。じゃぁそうするわ。次の助けは期待しないでね」

 名倉さんはそう言って教室の方へ戻った。結局、そのあとゾロゾロやってきたメンヘラ集団と飯を食べることになったのは言うまでもない。


 この4人の共通の知り合いが俺なので、彼女たちは当然、話す時は俺に話しかけることになり、互いに言葉を交わすつもりはないようだ。それは想定できていた、のだが。

「ほんっとムカつく。何あの女」

 口数の多い良木さんがそういったのを皮切りに、4人は名倉さんの悪口を小声で言い始めた。気まずいにも程がある。

 当の名倉さんは教室にはいない。中学の友達のところとかに行ったのかもしれない。

「ほんと何様のつもり?」

「……ひ、陽向くん、あの人知り合い……?」

「えっ? いや……違うよ」

「じゃぁなんで話しかけてきたの?」

 ……俺が困っていたからじゃないかな……。

 ……周囲の目が痛い。この4人とどうしても食べなければならないのなら、せめて屋上とか行きたい……教室はキラキラ系女子や陽キャ集団たちが凄いドン引きの目でこっちを見ている。女子に囲まれている……とはいえさすがにこの光景は異常なのだろう、羨望の瞳はまるでない。


 気まずさMAXの昼食を終えたら、次の時間は5限目の日本史、そして6限目に保健体育だった。今日は1年の予定を教えられた程度だったが。

 保健体育の授業できた先生は男女二人の先生だった。厚木あつぎ貞夫さだおというごっつい先生と、名雪なゆき光希みつきという若くて可愛い先生だ。また、体育館に集められたが、俺とメンヘラたちのA組と隣のB組が保健体育で合同授業になるらしい。

 なぜなのかと言うと、男女では体育でやる競技がほとんど違うとのことだった。男女の体格差、体力差を考えてのことだろう。また、保健の授業も男子はA組で厚木先生が、女子はB組で名雪先生がやるとの事だ。心の中で、俺は大きく大きく溜息を吐き出した。物凄く──安心した。もう永久に体育でいい。

 だが、次の時間は体育館で集団行動とのことだ。小中でも、体育の最初の授業と運動会の前の授業は集団行動のおさらいが基本だ。高校でもそれは変わらないらしい。




 今日もまた一日が終わった。ほとんどの生徒は既に部活を決めて、ぞろぞろと教室を出ていき部活動に顔を出すようだ。隣の席の樋口くんはささっと帰りの支度を済ませて昇降口ではない方へ向かっていった。……部活に所属してるのか、意外にも。

 後ろの席が良木さんということで諦めてはいたが、もう逃げようもない。だが今日は幸いにも言い訳がある。

「陽向くん、今日……」

「悪いけど、今日ちょっと寄るとこあるんだ」

 そう言ったのと同時に、メンヘラが揃った。だが構うもんか。

「寄るとこ?」

「うん……バイトしようと思って」

「バイトは禁止よね?」

「それは原則、だろ? ほら、うちは……姉ちゃん家出ちゃったし、父さんもいな──あっ」


 ──失言。父さんがいないってこと、この4人に話したことない!!


「ひ、陽向くん……お父さんいないの……!?」

「酷い……! 陽向くんを1人にするなんて! お姉さん就職してたんでしょ……? 何考えてるの……!?」

「えっ? いや俺別に1人では……母さんはいるし……」

「なんでいなくなったの!?」

「お姉さんも心配なさってそうね」

 …………俺が話した順番のせいなんだろうけど、父さんがいなくなったのは姉ちゃんが就職する前なのを、4人は姉ちゃんが就職したあと、父さんがいなくなったと思っているらしい。まぁ、別にいいか。訂正すると、あんな家に陽向くんを1人にした、とかで姉ちゃんが非難の的になりそうだ。

「なんでかは……知らないけど、いきなり蒸発しちゃって」

「可哀想……陽向くん、辛いよね?」

「別に辛くはないけど……」

「い、いざと言う時は……頼ってね……? 剃刀なら、綺麗に切れるから……」

「そこまで思い詰めてないよ!!」

 結局4人を引き連れ、俺は職員室へと赴いた。もちろん引連れたくはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る