3限目 見捨てないで欲しかった

「あははっ! それはまた災難だねぇ」

「災難なんてもんか! マジで助けてよ!」

「無理だよ高校違うし。残念だよねぇ、折角綺麗な茶髪真っ黒にして、伊達眼鏡も買って、一生懸命陰キャの観察してたのに」

 そう言ってケラケラ笑っているのは、幼馴染の小本こもとまなだ。同じアパートの別棟に住んでいて、その棟が隣合っている上、お互い端っこの部屋に住んでいるため──窓を開ければ、部屋から直接会話できるような距離だ。

 小中までは同じ学校で、よくメンヘラにも言及されたものだ。愛はメンヘラに鬱陶しがられていることに鈍感で、キョトンとしていたけど。高校は、俺よりずっと頭がいい愛は私立の女子校に通っている。

 私立女子校に行くと聞いた時は、残念なような、安心したような、複雑な気持ちだった。こうして毎晩のように話すことはできても、高校が別なのは残念だ。というのも──俺は愛に、昔から片思いをしているからだ。

 親にも、友達にも、もちろん本人にだって言ってない、内緒の恋だ。だから同じ学校でないのは残念だ。だか、清楚で可愛い彼女が、他の男に狙われる可能性の下がる女子校なのは安心した。

「陽向は優しいからなぁ。たまには見捨てる勇気も必要だよ?」

「マジ話止めて? 自分のそういうところがダメなのは俺もわかってるから……」

 他愛もないような話をして、寝るような時間になってようやく俺も愛も窓を閉めて寝る。


 …………愛と話して嫌なことを忘れていたが……明日からは修羅だ。俺はあまりにも深い溜息を吐き出した。




 翌日──窓から通学路を眺める。特に人はいないようだ。それもそのはず、まだ朝の6時。もちろん、待ち伏せなんてされたら堪らないから早く行く。……と、俺のプランは完璧なはずなのに胸騒ぎが止まらない。

 ……だが嫌がっても仕方ないため、俺は渋々学校に行く支度を始めた。着替えて、カバンに財布があることを確認して、スマホを持とうとしたところで、通知ランプが光っているのを見つけた。

「……? あぁ……吾妻か」

 画面をつけて確認すると、RINE……SNSの通知だった。ゲームなんて好きでもないし得意でもないのに自己紹介で好きなものをゲームと言ってしまったもんだから、中学の時の友人でありゲーマーである吾妻あずま大輝だいきにおすすめのスマホゲームを聞いたのだった。その返事が来たんだろう。俺の家はこんななので、据え置き型ゲームとかの家庭用ゲーム機なんてない。

 想定通り、文面で俺のメンヘラが集まっちゃった状況を爆笑したあとおすすめのスマホゲームを並べている。アイドル育成、RPG、乙女ゲーム、パズル……どれも馴染みがない。

 どれが1番陰キャっぽいか尋ねると、すぐに既読がついた。今は午前6時で、おすすめゲームの返事が来たの午前一時過ぎだけど、こいつはいつ寝てるんだ?

 などと思っていたら、「知らんがな」と投げやりな返事が来た。後ろに大草原を添えて。


陽向【真剣に答えろよ!!こっちは死活問題なんだぞ!!】

高橋【そうは言われても知らんものは知らんwww好きなのやれよ】

陽向【やったことないものの好き嫌いなんて分かるか!!】

高橋【えー、じゃぁ協力性がないものやれば? スマホゲーの中にはオンライン対戦とかギルド作ってとか必要なゲームあるから、それが要らないやつやればいいんじゃねぇの?】


 なるほど。そんなものがあるのか。確かに陽キャ全開みたいなやつでないとそういうことはやらなそうだ。陰キャは多分そう言う協力するものを嫌いそうな印象がある。文化祭の準備とか、渋々手伝うだけのやつとかいたしな。

 その中でおすすめを教えてもらい、1つのRPGを俺はスマートフォンにインストールした。なんだかよくテレビでもCMがやっているゲームだ。人気なんだろう。

 時計を見る。もう6時半だ。俺は鞄を持って家を出た。




 4月のこの時間はまだ少し寒い。学校まで家からは徒歩で行ける距離で、およそ10分ほどで着く。こんな早い時間に来るのは恐らく運動部の朝練くらいだ。……そういえば、部活動紹介があったけど部活に入るか否かを考えていなかった。俺は小中とバスケ部だったが、強豪ということは全くないかった。この高校の男子バスケ部はそれなりに強いらしいが……いや、やめよう。陰キャを演じるためにはバスケ部なんて入っていられない。となると、漫研とかそういうのになるのだろうか……と思ったが、それもやめた。漫画なんて詳しくないし、漫研は男女混同の研究会だ。俺が入ればあの4人も入るに決まってる。やはり高校は帰宅部で行こう。

 母さんがあんなだから、部活よりバイトをした方がいいだろうな。普通にコンビニか、スーパーか。この高校はバイト禁止だが、先生に事情を話して認められれば許されるらしい。俺の家の家庭事情を知ってもらえれば、許可は貰えるだろう。


 ……などと考えていたら校門に着いた……が、ここで俺の足がピタリと止まる。……実川さん、早起きだなぁ……まだ朝の七時にもなってないのに一体いつから校門で待っていたんだろう。

「おはよう……早起きだね、陽向くん……」

「……お、おはよう……実川さんこそ、早起きだね……家近いの?」

「ううん、近くないけど始発で来たから……」

 電車通でこの早さか……確かに駅が近いから不可能ではないけど……いや待て、何線の始発にしてもここの駅通るの5時くらいじゃないっけ。本当に何時からいるんだ。

「さ、教室行こっか……ふふ、小学生の時みたいだね」

 軽く目眩を覚えた俺の手を、実川さんはグイグイと引っ張っていった。




「おはよう、陽向くん」

 と、まだ早い時間に教室に来たのは恩塚さん。笑顔だけどどこか暗い笑顔であるところを見ると、実川さんがいるのが悔しいんだろう。

「お、おはよう、陽向くん……」

 続いて伊藤さん。

「陽向くんおはよ」

 さらに良木さん。早いなぁどいつもこいつも!!教室の中に俺とメンヘラ4人って何事!?誰でもいいから早く来て欲しい、と思っていたら更に1人入ってきた。隣の席の樋口ひぐち和良かずよしという男子生徒だ。

 彼は俺と同じタイプ……というか今の俺と見た目は似ている。黒髪、眼鏡、ちょっとボケっとしていそうなタイプだ。恐らく元からそういうタイプなんだろう、俺のようななんちゃって陰キャではなく。表情がなさそうに見えたけどそんなことはないようで、俺がハーレム状態になってるのを見て、教室から出ていってしまった。見捨てないで欲しかったなぁと遠い目をする俺に降りかかる4人からの「次の休日遊ぼう」攻撃は、予鈴がなるまで終わらなかった。

 

 今日からは早速授業の開始。一限は副担任の国広くにひろ多恵子たえこ先生の現代文だ。俺は文理で言うなら文系であるため、国語科の先生が担任であるのは嬉しい。もっとも、文系と言っても得意科目は社会科で、国語とは違うのだが。

「挨拶と自己紹介は昨日のガイダンスのうちに済ませていますので、早速授業を始めましょう。ではクラス委員の橋本さんお願いします」

「起立! 気を付け! 礼!」

 クラス委員長になった橋本はしもと政宗まさむねという男子は、野球部のキャプテンやってます!というオーラが全身から溢れているような丸刈りの熱血漢だ。特に野球が好きとか、野球部に入るとかという発言はなかったけど、見た目は完全に野球部だ。

「よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。この授業では主に、文章を読み解く力など……」

 先生の説明が始まるが、俺は……というか、恐らくクラスの全員が真面目なフリして聞き流しているだろう。国語は小中の頃とやることの基本は変わらない。俺たちの成長に合わせて読み解く対象が少し難解になっていくだけだ。

 朝イチから眠くなりそうな授業は淡々と過ぎていった。

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