二章 対岸の火事

 別に称賛を浴びたくてやっているわけではない。

 ネットは俺を「偽善者」とか「承認欲求の塊」というが、俺に言わせれば自分の言葉を持たない連中が尻馬に乗ってはしゃいでいるようにしか見えない。

 暗い部屋の中では、パソコンの光が眩しい。だから、ブラウザもツイッターも背景を黒くしている。今日も白い文字が躍っている。

 琴平フィルは数年前からノート上に感情的なテキストを投稿していた。ノートのアカウント名は「KF」……琴平フィルの頭文字だ。

この〝火種〟は俺のツイッターのDMに寄せられたタレコミで明らかになったものだ。世の中には、何かを燃やしたくて仕方ない連中が腐るほどいる。どこかの田舎町のヤンキーをやっつけたいとか、気に入らない上司の鼻を明かしたいとか、嫌いな芸能人にご退場いただきたいとか、理由は色々ある。そいつらは、自分の身が可愛くて、剥がし屋の俺を頼ってくる。

 有象無象がまとまりのない激情を片っ端から放り込んでいるのが、ネットというやつだ。毎日どこかで火の手が上がっている。傷つき傷つけ、小便を引っ掛け合って精神の縄張り争いをしている。道具を手にした獣たちの動物園だ。燃える方も燃やす方も、そして燃料も、等しく自分がバカなことに気づかないまま、時間とサーバー容量だけを浪費している。肥溜めだ。……いや、肥溜めは肥料になる。ネットは肥料にすらならないゴミの山だ。

 琴平フィルのタレコミを送ってきた人間のアカウントは「ああああ」。いかにも使い捨て感満載のアカウントは、既に削除されているようだ。送られてきたDMにはURLと、


今年の善印賞の琴平フィルです

剥がして下さい


という短文だけが付け加えられていた。

 はじめは、おや、と思った。DMが送られてきたのは、九月二十五日。今年の善印賞の発表は六日後、その週の土曜日だった。ネットで公開されている最終候補の中に琴平フィルの名前はあったが、大賞受賞を知っているのは内部の人間しかいないはずだった。

 URLを精査したが、本物のURLだった。俺の素性を探りたいのか、たまに偽装されたURLが送られてくることがある。こちらの接続環境やPC情報を得ようとしているのだ。

半信半疑でノートのアカウントを開いた。最新の短い文章が九月十二日に更新されていた。


あーあ、やっとだわ


 大賞受賞の連絡があった日なのだろうか。投稿された内容を遡っていくと、歴代の善印賞受賞者や選考員に対する罵詈雑言が湧いて出てきた。お気に入りを意味する「スキ」はごく稀に一つか二つ付いているくらいだ。

 本屋大賞の大賞を受賞した原一平の『一発殴らせたる』に対してはこう書かれている。


 語るに値しないようなゴミで、これを選ぶ側もゴミ。

 結局、出版社のコネとかで選出されているのが丸わかりで、善養寺真の腰巾着どもが金の力で受賞させたんだろう。善印賞自体もあのジジイの言いなり作家しかいない。

 あ、ゴミの中にいるからゴミしか選べないか。


 始終こういう悪辣な文章が並べ立てられている。本当にこれが琴平フィルのものだとしたら、剥がし甲斐のある人間だ。

 善印賞のHPで公開されている受賞候補者リストは七名。その中に琴平フィルはいた。本名は非公開だが、女子高生であることは明かされていた。候補作品は『動き出した彼は私のために血に染まった』。善印賞の候補作のあらすじにはこうある。


主人公の女子高生、掛畑岬が生み出した架空のキャラクターである白崎風斗。そんな彼がまるで実体をもって存在しているかのような現象が続く中、掛畑をいじめる女子生徒が密室という不可能状況下で殺されているのが発見される。存在しないはずの白崎が掛畑を守るように犯行を繰り返すが、その真相とは……。


 KFのノートに戻り、投稿を全てスクリーンショットに収めた。その中に、KFが構想中の作品について書いているものがあった。今年の二月の投稿だ。


 書き始めた。

 架空のキャラが容疑者のやつ。

 一応学園もの。


 どうやら間違いないらしい。

善印大賞発表で琴平フィルの名前が明らかにされた。したがって、タレコミの内容も確定された。その日の夕方には剥がしツイートを投下した。大量の鯉がいる池の縁に立つと、餌をもらえると思った鯉が集まってくる。パンくずでも放ってやれば、大口を開けた鯉が水音を立てて我先に餌にありつこうとする。俺のツイートもパンくずのようなものだ。中身なんてこれっぽっちもない。そいつに食いついて、奴らは言うのだ。

「こいつを許すな!」

 あいつらは誰のために怒っているんだろうか?

 ネット上には、琴平フィルのように〝爆弾〟を自分でばら撒いている人間がいる。このご時世にバイト先の厨房で、調理に使う菜箸を口に突っ込んで笑う動画をティックトックに上げる高校生もいれば、馴染みの飲食店の店員に土下座をさせる動画をユーチューブに載せる課長補佐の中年男も、男をバカにしたくてしょうがない自称意識高い女の連投ツイートもある。そういう連中は、通っている学校の制服を写真に残すし、バーコードのそばに店舗名が印刷されたスーパーのパック総菜を写真に収めるし、自分の顔をネットに載せている。俺はそういうバラバラのピースを集めて一枚の絵を再現しているだけだ。

 炎上する連中は残らずバカだ。それを見て正義を振りかざす連中も変わらない。

 琴平フィルも、案の定、燃えに燃えた。自業自得だ。

 ネームバリューのある人物の炎上は別格だ。どこぞの整体師なんかよりよっぽど規模が大きい。

 あの整体師の件はタレコミで知った。うまく燃えるか分からなかったが、江口が思った以上にバカだったのが副次的な延焼を引き起こした。あろうことか、キャラの口調で弁解ツイートを放ったのだ。こういうバカは滅多にいない。

 なんなんだ、「エロくなくなったグッチね!」って。あんなに安直でダサい語尾を考える人間はきっと足が臭いズボラな奴に違いない。

 スマホにラインの着信がある。通知をタップして開くと、〝ツイートクロウラー〟からのメッセージがある。ツイートクロウラーはツイッター用の巡回ツールだ。簡単なプログラムを組めば誰にでも作れる。こいつはツイッター上の特定の位置情報や地名のついたツイートを探し続けている。そして、該当のツイートが発見された時に、そのツイートのリンクを俺のラインアカウントに送信する。今回は位置情報でヒットしたツイートがあったらしい。

 ツイートには動画が添付されている。文言はこうある。


tenson/Kaiser @kaiser_saikyo_tenson

パワー系ガイジに襲われたんだが

17:02‐2022/10/4 場所:東京 霜田区‐Twitter for iPhone


 動画を再生する。撮影者は車の運転席からスマホのカメラを前方に向けている。

『え、やばくない? やばくない?』

 画面外から女の声がする。車は止まっていて、前方に白い軽自動車が停まっている。黄色いナンバープレートがしっかりと映り込む。周囲は少し暗く、軽自動車のテールランプが目立つ。そのドアが開いて、大きな身体の男が降りてきた。

『逃げようよ』

 女が言うが、動画は続く。車を降りた男は肩を怒らせて撮影者の車のそばまでやって来た。何かを言っているが、車外のことなのでうまく聞き取れない。やがて、男は撮影者の車の運転席の窓を拳で叩き始めた。男の声が聞こえる。

『……んだ、てめえ! ……してっと……すぞ!』

 前方の車から若い女の顔が覗いている。

『逃げよう逃げよう!』

 カメラが激しく動いて、動画は終了した。すぐに動画を保存して、ツイートのスクリーンショットを撮り、このアカウントのプロフィール画面も押さえた。

 奇跡的なことに、動画に収められていたのはずっと追い続けていた〝最後の男〟だった。ブラウザのブックマークから、「和谷正気:ツイッター」を選択する。こいつは個人情報の概念のない前時代のおっさんで、つまらない私生活をツイートしている。写真に写っていた自宅の外観と写真から見る行動範囲から、ストリートビュー上で住所を特定した。作業着姿の自撮りからは勤め先が宇賀島建設であることも判明。妻と娘がいる。さっきの動画に移っていたのは、娘の方だ。字は分からないが「あすか」という名前だったはず。

 まさか、ここで和谷の火種を得られるとは思いもしなかった。俺は興奮状態のまま、和谷のピースを搔き集めた。

 次に動画をチェックする。動画は二十三秒と短い。だが、それで十分だった。具体的に何があってこうなったのかは分からない。だが、それでいい。これを見る連中は、動画の前後関係など考える力などないのだから。ドライバーに対する恫喝は、それだけでネット上の義憤を焚きつける。それに、動画はバズりやすい。

 恫喝があったのは、動画の周囲の光景からすると、霜田区を通る国道から横に逸れたあたりだろう。赤いクリーニング店の看板と黄土色の外壁のビルが映っている。すぐにグーグルマップを開いて霜田区を表示する。検索窓に「クリーニング」と入力すると、七軒のクリーニング屋の場所にピンが出現した。赤い看板のクリーニング店は二軒だ。国道から逸れた道沿いにある方をストリートビューで確認する。そばに黄土色の外壁のマンションがあった。まさにここだ。動画を投稿したアカウントを見に戻ると、おそらく仲間からの反応に嬉々として応じる姿があった。

『やばすぎじゃん』―『死ぬかと思ったわ』

『また釣ってんのかよ』―『大漁っすわ』

『窓ガラス割られた?』―『その前に逃げたわ』

「釣る」という言葉が引っかかった。動画を投稿した人物のプロフィールを確認すると、ユーチューブのリンクが貼ってある。リンク先はこの人物のユーチューブチャンネルだった。『霜田のカイザー』とかいうセンスの欠片もないクソダサチャンネル名だ。ただでさえ存在感の薄い霜田区で名乗るような称号じゃないだろう、カイザーというのは。

動画はいずれも縦画面のショート動画で、どこかのショッピングモールの通路をショッピングカートに乗って競争する様子や女子高生をからかう動画、ピンポンダッシュ、店員を冗談半分で恫喝する様子など、仲間と一緒に撮ったらしい陽キャ全開の底辺動画が陳列されていた。見たところ、二十代前半くらいの出で立ちだ。

 ゴミ動画のリストに「プリウス釣ってみた」というものがあった。前方を走るプリウスにパッシングを繰り返して路肩に停めさせる。自分たちはそれを猛スピードで追い越し、全開にした窓から罵声を浴びせて逃げ去るというものだった。他にもいくつか遊びで煽り運転をする動画がアップされている。

 ──余計なことをするバカどもだ。

 和谷のあの動画も、こいつが焚きつけた結果だろう。だから、前後関係が分からないようにトリミングしてあるのだ。純粋な和谷の恫喝動画なら申し分なかった。万が一、動画の詳細が掘られた場合に、このバカが被害者を装った加害者だということがバレてしまう。

ただ、そういった情報のソースを見極めようとする連中は、他の大きな声に掻き消されるのが常だ。だいいち、一度炎上したものは、火が他に燃え移っても焦げ落ちるだけだ。それが正しい情報によるものなのか深く考える人間は、そもそも炎上に関わらない。

 すぐに剥がしツイートを作成する。確認をして、ツイートボタンにポインターを合わせる。この瞬間はいつも緊張が伴う。少しのミスや誤字があれば、そのツイートは精査されていない情報になる。それに、俺個人を特定するような言葉などがないかは慎重に見る必要がある。例えば、スクリーンショットは余計な情報が入り込む可能性がある。

俺は感情任せに言葉を撒き散らす連中とは違うのだ。改めて送信する内容をチェックした。問題ない。ツイートボタンを押す。


剥がし屋 @dismask_____

東京都霜田区時田町二十二‐二。

和谷正気。

宇賀島建設勤務。

ドライバーを恫喝する犯罪者予備軍。

アカウント:@maakun19720713

17:43‐2022/10/4‐Twitter Web App


 ツイートには動画を貼りつけた。このツイートにぶら下げる形で、動画の静止画像とグーグルストリートビューの和谷の自宅画像、和谷が撮った写真に写る自宅の外観、作業着を着た自撮りをつけた。

 反応が現れるまで、ひと通りのSNSをチェックした。

 琴平フィルの件が発展して、あちこちに飛び火しているようだった。特に、これまで沈黙を貫いている善印賞のSNSアカウントには抗議が殺到していた。

『琴平フィルの受賞取り消しはまだですか?』

『受賞に値しない人間を受賞させたのはなぜですか?』

『説明責任果たして下さい』

 思わず笑ってしまう。こいつらは普段の生活で溜まった鬱憤を晴らそうとしているだけだ。それを正義という見栄えの良い包装紙でくるんでいるに過ぎない。それなりの規模の企業とはいえ、さっさと答えを出さない株式会社太鼓判も相当な無能だ。そして、それを静観している善印賞関係者たちも同罪といえる。

 バカがバカを呼び寄せて収拾がつかなくなるのが炎上というものだ。そこから生み出されるものは何もないのに、必死で文字を投げつけ合う。その時間を有効に使えないから、いつまで経ってもスマホとにらめっこするハメになるのだ。

 琴平フィルの件は善印賞自体への批判にも火をつけているようだった。

 善印賞は選考過程をネットで配信している。それぞれの応募作品について批評を下すのだが、とことん嘲笑う。小さなミスから大きなミスまで、それらをあげつらい、しまいには「応募してくる資格ないね」とこき下ろしたり、「どうせ今まで誰とも恋愛してきたことのないような引きこもりだからこういう描写になる」など、人間性を攻撃することも多々あったらしい。

『琴平フィルを擁護するわけじゃないが、ああ言われても文句言えないだろ』

『来栖ねおが来てからまともになったと思ったんだけどな』

『選考員エラそうすぎるのは分かりすぎる』

『ずっと炎上商法してんじゃん』

 俗にいう創作界隈では、反琴平フィル派と反善印賞派が口々に自分の主張を繰り広げていた。反善印賞派の中には、善印賞に落選した連中も含まれているせいか、やけに熱が入ったり、粘着質に何度もツイートしたりと、怨念が渦巻いていた。

 来栖ねおという女の作家の名前が目立つ。ここ数年でよく名前を見かけるようになった。調べてみると、三年前から善印賞の選考員をやっているらしい。賞の悪評を和らげるために駆り出されたに違いない。そういう意味では、こいつも善養寺真の言いなりにすぎない。

 所詮、世の中は、金と権力の下に人間が集まって陣取りゲームをしているだけだ。くだらない。

 さっきの剥がしツイートが拡散されている。やはり、動画が載っている方が広がりに力があるようだ。ブラウザを閉じて、パソコンをシャットダウンする。そろそろ眠くなってきた。ベッドに転がって、スマホでネットを眺めているうちに瞼が重くなってくる。

 目が覚めたのは、日付が変わったあたりだった。

 スマホでツイッターをチェックすると、トレンドに「剥がし屋」の文字がある。和谷の名前と宇賀島建設、そして「恫喝動画」というワードが躍っていた。和谷のアカウントを見に行くと、最新のツイートに対して早速怒りをぶつけにやってきた連中のコメントが集まり始めていた。わざわざ見る必要もない。

 ブラウザのブックマークから和谷関連のものを削除した。俺の中にある〝標的リスト〟はこれで無事に完遂された。

 やり切ったという思いと、この先何をしようかという燃え尽き症候群にも似た感慨が俺の中に渦巻いていた。パソコンをつけたままベッドに横になる。

 ──あとは、和谷が苦しむさまを観察できれば、それでいいか。


 和谷は使っているSNSにムラがあるタイプだった。ツイッターをやっている時はそればかりをやり、その期間が過ぎると今度はインスタに没頭といった様子だ。現在の和谷はインスタに傾倒していた。どうやらツイッターを見ていないらしい。

 剥がしツイートをしてから二日後の十月七日に、和谷のインスタが更新された。宅配ピザの写真がデカデカと載せられている。二枚目の写真はそれを嬉しそうに頬張る自撮り写真だ。


急にピザが届いた

ちょうどピザを食いたいと思ってたんだ

神様がピザを注文してくれてたんじゃないか?

#ピザ #ピザうまい #ピッツァ #神様 #昔は辛いソースおまけでつけてくれてたよな #Lサイズ三枚はキツイ #余った分はスタッフがおいしくいただきました #スタッフって誰やねん #ママと娘です


 そんなわけがないだろ。

 そのピザはお前のことを困らせようとしたどこかのバカが勝手にお前の住所にピザを配達させたんだ。なに満足してるんだ、このバカは?

 ツイッターに貼りついている連中は、和谷のインスタのアカウントを知らない。それも剥がしツイートにつけておけばよかったと後悔しつつ、それだけをわざわざ付け足すのも何か負けた気がする。

 十月八日土曜日、和谷の自宅にはミネラルウォーターが五箱届いていた。一箱に二リットルのボトルが九本入っているから、全部で九十キロの水がやって来たことになる。

 インスタには動画が投稿されていた。

 和谷家のリビングに五箱のミネラルウォーターが置いてある。和谷の妻と娘がびっくりした顔でそれを見つめている。

『なんなの、これ?』

 和谷の妻が言う。和谷は笑っていた。

『ママ、水は健康に良いって言ってたじゃん』

『それでこんなに頼んだの?』

『いや、急に来た』

 和谷の娘が鼻で笑う。恫喝動画で軽自動車から顔を覗かせていた人物だ。

『注文しなかったら来ないでしょ』

『これがホントのカモンタツオ』

『牛乳じゃないじゃん』

 ブラウザで「かもんたつお」と調べる。嘉門タツオは替え歌歌手らしい。バッハの『トッカータとフーガ ニ短調』の曲をアレンジして、一九九二年に『鼻から牛乳』と歌っていた。

調べたが、和谷の娘は明日香という名前だ。都立桜が丘高校に通っている。なんで高校生が何十年も前のことをこのスピードでツッコミ入れられるんだ?

『水なんて、いっぱいあっても損にはならないだろ』

『でも、場所取るのよ……重いし……ほぼ損よ』

 和谷の妻は七海という名前だ。七海は困り果てた様子だ。

『いつ大地震が来るか分からないんだから、備えあれば嬉しいなってやつだろ』

『それを言うなら憂いなし』明日香は呆れている。『注文しないで来るわけないでしょ。なんかのプレゼント?』

『いや、着払いで来た』

 おそらくこれも剥がしツイートを見た連中が送らせたものだろう。明日香は半笑いだ。

『「チャリで来た」みたいに格好つけられても……』

「チャリで来た」とは、もはやネットミームになりつつあるプリクラ画像だ。ヤンチャな少年たちがチャリで来たことをプリクラに書き込んだ画像はググればいくらでも出てくる。

 七海は箱を見下ろして身を震わせた。

『こんなものが勝手に送りつけられてくるなんて、怖いわね……。誰が送って来たのかな?』

 原因は全て和谷にある。自業自得なのだ。

『神様が送ってきたに違いない。昨日もちょうどピザ食いたいと思ってたらピザが来たし、ママが水のことを話していたら今日は水が来た』

『神様ってそんな通販みたいな存在なの……?』

 和谷は得意げな声で返す。

『神様も時代に合わせてるんだよ』

 神様なら着払いにはしないだろ。

『神様ならうちの庭から水湧き出させると思うけど』

 明日香の指摘もどこ吹く風、和谷は床に置かれた段ボール箱を移して、

『今日からいっぱい水飲みたいと思いま~す』

 と宣言して動画は終了した。炎上がまるで効いていないのが癪に障った。いくら炎上させたとしても、本人にダメージがないのでは意味がない。

 和谷を苦しめる次の一手を考えていたその日の夜に、チャンスがやって来た。念のために明日香のインスタを監視していたのだが、突然そのアカウントがインスタライブを開始したのだ。俺はストリーミングを保存しながら、ライブを見守った。コラボ配信らしく、二分割された画面に明日香とその友人の顔が映っている。

 序盤はクソの役にも立たない話題が続いて退屈で死にそうだった。しかし、「なんか明日香パパ炎上してない?」と心配げなコメントが寄せられると、明日香は溜息をついた。

『それね……ホントに迷惑だわアレ』

 相手も心配そうな表情を浮かべている。

『明日香パパいつも楽しそうにしてるイメージしかなかったんだけど』

『違うんだよ。あれさ、ウチの車が煽られたのよ』

『そうだったの?』

『で、パパが怒っちゃって、話しつけに行ったの』

『めっちゃ切り取られてんじゃん』

『悪意あるよ。あいつら笑ってたもん。最低な奴らだから。そのくせ自分は被害者です、みたいな感じでつぶやいてんだよ。頭おかしいわ、あいつら』

 当時を思い出したのか、明日香は怒りを滲ませてそう言った。

 これは使える、と思った。

『じゃあ、悪いのは相手なんじゃん』

 コメントがそう言う。

『そうなんだよ、向こうが悪いの』

 コラボ相手も友人の家族が槍玉に挙げられて憤りが隠せないようだ。

『説明した方がいいんじゃない?』

『パパがやめろって』

『でも、絶対説明した方がいいよ。このままじゃやられっぱなしじゃん』

『私もそう思うけど、パパが気にしてない感じだからさ……。「俺もついに有名人かぁ」とか言って、サイン考えてんのよ』

『なにそれ、メンタル鬼強じゃん』

 鬼強というより、あれはただのバカだ。

 インスタライブが終わり、俺は保存していた動画の編集を行った。恫喝動画で被害者側になっていた連中をバカにするような発言を明日香がしたようにトリミングを行っただけだが、これで和谷と明日香は恫喝親子のレッテルを貼られるだろう。高校でこれが話題になれば、かなり大きなダメージを与えられるだろう。今回は、ツイッターだけでなく、インスタとティックトックにも、それ用の編集を施して動画を投稿する。まずはツイッターだ。チェックを行って、ツイートボタンを押す。


剥がし屋 @dismask_____

東京都霜田区時田町二十二‐二。

和谷明日香。

和谷正気 @maakun19720713 の娘。

都立桜が丘高校三年D組。

父親の恫喝を支持する様子。反省の色はない。

23:32‐2022/10/8‐Twitter Web App


 ツイートにはさっき編集した動画をつけた。ツイートをして気づいた。明日香のインスタグラムのアカウントを記載し忘れている。感情的になってすっかり失念していた。やり場のない怒りを舌打ちにした。

 ベッドに思い切り仰向けになって、大きく溜息をつく。別に、インスタのアカウントを記載しておく必要はない。

ふと気づいたことがあり、血の気が引いた。急いで起き上がって、明日香のインスタを確認する。インスタライブはアーカイブ保存設定をしておくと、三十日間はライブ動画を観ることができる。幸い、アーカイブは残さない設定にしていたらしい。危なかった。動画から取り除いた部分を確認されたら終わりだった。

いつもはこんなミスはしないのに、連続でやらかしている。腹が立つ。これも全部和谷のせいだ。

 心を落ち着けるようにして深呼吸する。俺もバカどものようになる必要はない。ただ、粛々と俺がやるべきことをやるだけだ。インスタとティックトックにも剥がしを投下した。

 日付が変わって日曜日になっていた。

 俺にとっては、どうでもいいことだ。

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