第25話 猛煙


「その鏡を身に纏い続ければ命の緒が危ぶまれることは間違いありません」


 まさか、真君が死んでしまうなんて。嫌だ。そんなのは嫌だ、と私の中で大きな勢力が拒絶する。



「あなたはもうじき目覚めるでしょう。ここで今回は終わりです」


「待ってよ! 待って。もっと聞きたいことがあるのよ!」


 小夜里さんは手に何か得体の知れない異物を公然と持っていた。篝火だ。マッチが茫洋と燃えている。この展開はすでに明白で分かっていた。


 マッチの棒が小夜里さんの懐から見えた。小夜里さんは顔面蒼白のまま、沸々とマッチを擦った。赤々と火炎放射が空中に向かって、市街戦を申し出るようにめらめらと揺らめいた。



「火を点けるの……、まさか」


「こうしないとあなたはここにずっといるからです」


 火柱はインクの香りが漂う本棚についに飛び火した。瞬く間に火炎が蔵書の中を赤く、黒く、時には白く包み込む。


「待ってよ、待ってよ!」


 火炎放射はたくさんの本を焼き尽くすよう、果敢に目論んでいた。猛火によって、紙のページがあっけらかんと焼ける臭気は私の心中を傷めつけるようにむせ返させた。書き手の思い出が焼ける臭いでクラクラしてしまう。


 日常のささやかさが市街地の大通りを攻撃する戦車のように壊される、烈火の焔の臭気で立ち眩みしていく。砲火の音が焼き尽くす。


 炎の舌は私が来ていた制服にも飛び火し、私の脳裏には猛煙がもたらす、押し付けがましい死への強制が見えてきた。


 水は? とにかく逃げなきゃ。このままならば、私は焼け死んでしまう。


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