第15話 十五夜


 疲れたので背伸びしようと肩を回し、視界が余所行きへ行き、辺りを見渡すと誰もいなかった。カウンターにいるおばさんも席を外したのか、不気味なくらいに時の鐘を打ったように閑散としている。


 学校の帰り際に夕空を見たら東方に半月がうっすら見えたのでもうすぐ十五夜なのだ、と私は季節の移ろいをまざまざと知ったのを思い出した。


 もうすぐ、閉館時間だ。早く帰宅の準備をしないといけない。


 


 おかしいな。誰もいないのはさすがにおかしい。


 モノクロを基調とした館内の点灯は消されていたものの、湿ったような、秋の色が滲んでいた。


 そうだよ、行く途中の道端の向こう側に初秋を到来したような、彼岸花が一輪、赤々と咲いていたもの。


 


 私はバックの中から読み終えた本を取り出した。


 万葉集の現代語訳と福永武彦の『草の花』。あと、古事記を青少年向けに分かりやすく、解説した文庫本だ。  


 それと、三島由紀夫の『岬にての物語』。半年かけてようやく読破できた。


 


 何度も同じ本をこうやって読み返すんだよね。そんなルーティンが半ば、連れ添った日課みたいになっている。


 ああ、やっぱり、誰もいない。


 このまま、立ち去ったら途轍もなく悪い予感が沸き上がっていった。


 


 私はすっとぼけるような悪寒を感じて、軽い眩暈を覚えると、視界を縦横無尽にぐらつかせる、痛快な立ち眩みが襲ってきた。


 ああ、やっぱり、誰もいない。


 照明灯は薄暗いまま、消去したかのように人影が忽然と消え、誰もいないからか、真新しい館内は英吉利で代々語り継がれる、荒廃した幽霊城のようだった。


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