第16話 襲撃-①
「店長、偵察に向かった二人との連絡が途絶えました」
とあるワゴン車の中、助手席に座った男が、後部座席に座っている白衣の青年にそう報告した。
白衣の青年は、軽くため息をつくと、呆れたような視線を報告した男に向ける。
「あ、そう死んだの?」
あまりにも無神経なもの言いに、瞬間、報告した男の眉が歪みかけるが、店長と呼ばれた青年はその様子は微塵も気にした様子もない。助手席の男は諦めたように、首を横に数度振った。
「各自端末からの生体反応は消えていません。作戦行動終了後回収班が向かいます」
「はいはい、つーか、ワタシ、言ったよね? 偵察は50m以上距離開けて、双眼鏡とかは使うなって。カメラとかの撮影も、その後すぐ動いて、30秒以上同じ場所に留まるなって。そこらへん徹底できてたの?」
助手席の男は数瞬押し黙ったのち、軽く首を横に振った。
「……各員徹底済みでしたが。それでは誘導が不十分になります。何か他の点で対策はありませんか」
そんな助手席の男の問いに、白衣の青年は嘲笑う様に頬をゆがめた。
「あはは、ないない。君らみたいな一般人に対抗できるモノじゃないよ、あれは。中隊で組んだって、一人一人やられて終わりさ」
助手席の男は表情を変えずにその言葉を聴いていた。彼が端末を握る手に少し力がこもっていることだけ、運転席の女は視界の端に捉えていた。
「でも、そうだねえ。誘導が不十分はそりゃそうか。じゃ、仕方ない。何人か突撃させて、それで誘導するしかないんじゃないかな。そしたら、突撃したのとは逆方向に引くでしょう。ほら、連絡連絡」
無神経な物言いに、バックミラーの中で女の眉が歪みかけたが、そうなる前に男はしばらくの沈黙の後、端末を改めて耳に当てた。
「……了解しました。αからΣまでC地点へ移動。路地を封鎖するように動け。接敵は無理にするな、牽制する程度でいい。むしろ少し離れて、行動に制限をかけるつもりで動け。恐らく向こうはこちらの動きに気づいてる。……またこれから呼ぶものを各自戦闘準備をした状態で待機、こちらの指示で……接敵する」
そんな助手席の男の指示を、白衣の青年はどこか満足げに眺めていた。
「そうっすね。それが一番いいと想いますよ。なんせ『我らはただの機構である』―――ですもんね」
運転席の女はただじっと歯を食いしばっていた。
助手席の男はじっと白衣の青年を見つめた後、すっと全てを押し殺した上で、視線を前方に戻した。
どこか、しんとした雰囲気が社内を満たしている中を、青年は一人楽し気に嗤っていた。
※
組織の追っ手を、千歳羽樹里とみつき呼ばれる少女が察知して、既に十分程度が経とうとしていた。
みつきに庇われる形で、二人は路地を進み、迎えの車との合流を急いでいる。
その周辺に、組織の構成員たちが追い込むような形で展開している。ただし、かなりの距離を取った状態で。時折、みつきの攻撃範囲に入ったものは、その都度戦闘不能に追い込まれている。
一見では状況は均衡している。このまま迎えさえくれば、二人は何の問題もなく離脱する。
組織の戦闘不能者が十二人を超えた段階で、羽樹里とみつきは大通りを一つ抜けた。
合流地点までおよそ数百メートルといった位置でのことだった。
みつきは視界に映る組織の構成員の数が急激に増えたのを実感する。
先ほどまで、散発的に接近してくるだけだった人員が、明らかに何人も同時に彼女の視界に映るようになっていた。
ここまで接近されると、うかつに主人の元を離れるわけにもいかなくなってくる。迎撃に傍を離れた瞬間に王手を打たれかねたない。
そんな切羽詰まった状態に少女は舌打ちをしながら、自らを主人の盾になる位置に置いたまま路地を走っていた。
ただ、どうにも妙な感じだった。
何故今まで消極的だった集団が、ここに来て、あえてリスクをとるような行動に出始めたのか。
仕掛けてくるとすれば、何を? 一斉攻撃? それならば、何故もっと早くにしない?
あるいは、誘導されている? 一体、何に? 何処に―――?
そんな違和感の正体を、みつきが測りかねているときのことだった。
バタン、と車のドアを開ける音がした。
一瞬、場の空気が静止する。
路地を抜けた先、羽樹里とみつきが通り抜けようとした道に停めてあった、一台の白いワゴン車。
その中から、一人の白衣を着た青年が顔を出した。
「 」
敵、であることは疑いようがない。
故に、この時、みつきがとるべきだった行動は、問答無用の排除である。
彼女であれば、それは可能だった。青年に何の合図を出させることもなく、神経が喉を震わせる暇すら与えずに、その首を掻き切ることが可能だった。
ただ、そうはならなかった。
それが出来なかったのは、彼女が不殺の『お願い』を守るべきか否か、ミリ秒単位の思考に腕を鈍らせたのも一つある。
ただ、もし、それがなかったとして、彼女が躊躇いなく、その青年の首を両断できたかは疑問の余地が残る。
「よ、久しぶり。『ハエトリグモ』」
それは、殺しの人形として、完全に調整された彼女にとってすら、手を咄嗟に止めてしまう動揺がそこにあったから。
もう、出会う筈のなかった相手。
もう二度と、会うことなど望まなかった相手。
おおよそ、十年もの間。
ハエトリグモと呼ばれた少女に、苦痛を。
理不尽を。
歪んだ執着と罰を。
そして、夥しい程の薬と毒を与え続けた相手。
その致命的な動揺を、少女が鎮める――――その前に。
「『命令』だ、―――私がいいと言うまで『動くな』」
青年は―――みつきのかつての主人は、そう唱えるように口を開いた。
青年は組織の科学者だった。
みつきと呼ばれる少女の第二主人であり、彼女の心と身体を十年の間、どうしようもなくなるほどに完全に壊し続けた男だった。
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