君と僕とセカイの黄昏

福山典雅

第1話 かりそめは、ぼんやりと




 腕時計を耳に当てると、微かに聞こえる機械音が好きだ。


 僕はそんなたわいのない機械音みたいな人間だ。


 隠キャだとか、陽キャだとか、リア充だとか、そんな区分は意味がない。


 みんな軽微なストレスを、誰かのせいにしたいのだけだと思う。


 駅のステンドグラスから漏る様々な光彩を、僕はぼんやり眺めていた。


 日常はこんな風に些細な優しさに溢れているはずなのに、なぜこんなに息苦しくて生きにくいのだろう。


 僕はそっともう一度腕時計を耳に当てる。


 自分が何処にいて、何処に行きたいのか、それを確かめるみたいに。



「おい、やめろよ、ばーか」

「はしゃぐなって、嬉しの?」

「ほんと、馬鹿なの!」


 他校の生徒が後方で騒いでいた。


 僕は高校の帰り道、地下鉄乗り場にいる。


 駆け足でホームに入った途端、目の前で電車が発車した。


 僕は夏の終わりに海辺で捨てられているペットボトルみたいに、情けない顔をした。


 仕方なく今はホームで先頭に立ち、増えてゆく人混みを背中で感じていた。


 後方で騒ぐ男の子達を、僕の背中にいる大勢の意志が無言で批判してる気がした。


 混雑したホームで推奨したくない行動だ。


 社会に出ていない僕ら高校生の行動は、年をとっても知能的に小学生の頃から変わらない。


 相変わらずジャンプを読むし、うまい棒だって食べている。


 少年法なんてやぶさかなモノで保護されて、やりたい放題のくそったれだ。


 僕も同じ同族なのに、彼らの声を聞くと息苦しくなる。


 脳内の僕という思考スペースに、彼らの声は無作法にも侵入し、嫌悪感を煽って占拠する。


 なんで他人を思いやれないんだろう。

 なんで自分を客観的に見れないんだろう。


 僕の呟きは、ポップコーンみたいに軽くてあっさり消えてゆく。


「おい、いい加減にしろよな!」

「あっ、馬鹿!」

「キャ!」


 突然の事だった。


 ふざけあっていた彼らから、一際大きな声が聞こえた。


 瞬間、僕がちらりと振り返ったと同時に、背中に溢れていた人混みが大きなうねりをあげていた。


 一瞬、彼らの目の前に並んでいた女の子が大きく倒れ込むのが見えた。


 ソーシャルディスタンスを無視して我先にと並び、皆暇しのぎにスマホをいじっていた。


 そんな人々は、突然の不意打ちに全く抵抗できず、集団は予想外に大きく揺れ、僕を含む多くの人達が慌てふためきパニックが膨らむ。


 さらにその騒ぎと同時に僅か先から特急電車がこの駅を通過する為に入って来るのが見え、ホームは急激に騒然とした。


 危険を察知したアナウンスとブレーキ音が、緊張をさらに煽る。


 先頭の僕にまでドミノ倒しみたいなエネルギーが直ぐに到達した。


 反射神経は悪くない。


 だから瞬時に踏ん張った。


 ても悲しいかな筋力なんて言うモノを育てた覚えはない。


 一瞬で僕の踏ん張りは解除され、辛うじて耐えていた周囲の人々が、その目を、その口を、大きく開き、救いの手を伸ばそうして、そこに電車の警笛の音が狂気みたいに何度も鳴っていた。


 僕は弾かれ、もがくように反転し、ホームに背中からダイブした。


「あっ」


 本当に死の瞬間はゆっくりだった。


 走馬灯なんかは出やしないけど、僕はふんわり漂う千切れた羽の様に空中を舞い、馬鹿な話だけど、生まれて初めて、何者にも囚われない自由を感じた気がした。


 そして特急列車は僕を跳ねた。




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