TVスペシャル「目には目を非道には……」

 大陸の南に位置するトアル王国の王都に、極上の美女、美少女のみを扱うと評判の奴隷商人がいる。大通りの一等地にそびえる大型商業施設の裏手に、ひっそりと立つ五階建てのビルの入り口には「ゼゲンスキー商会」のプレートが掛かっている。


「契約はこれで完了です。お買い上げ、誠にありがとう御座いました」

「こちらこそ、良い買い物でした。また出物があったらお願いしますよ」


 応接室で商会の主ゼゲンスキーが慇懃に礼をすると、その対面に座る客はつるりとした頭をピシャリと叩いて笑う。王都で一番と評判の薬物商「オータン商会」のオーナーだ。


 応接テーブルの横には肌も露わな奴隷服に身を包んだ三人の美女が、不安そうな面持ちで話の成り行きを見詰めている。


「貴方のお噂はかねがね伺っていますからな、契約はキッチリと守りますとも」

「はい。快く承諾して頂いて、当方も喜ばしい限りです」


 商人特有の笑顔を作りながらも、オータンの視線は女たちを撫で回している。それを受けた女たちは身を竦ませるが、彼女たちは正当な取引の末に売り渡されたのだ。それに否やは挟めない。


「またのお越しをお待ちしております」


 客と女たちを見送るゼゲンスキー。深々と頭を下げたその表情は伺い知れなかった。





「今日からここがお前たちの仕事場だ。しっかりやれよ」


 薄ら笑いのオータンが三人を案内したのは、商会が持つ店舗の一つ。そこにはオータンの息子であるカリム、そして番頭のキーバスがいた。


 時刻は深夜で既に店は閉まっている。ランプに照らされた薬棚が影を落す店内で、オータンは三人の女に甘ったるい酒を振る舞う。


「恐れる事はない。働きが良ければ、数年で解放奴隷にもしてやろう」

「その後はうちの店で仕事を続けるもよし、自由にしていいんだよ」


 次々に掛けられる優しい声音に、女たちは誰ともなく盃に口を付けた。たったの一口、たったの一舐めでその目がドロリと淀むのを見ると、男たちに邪悪な笑みが浮かぶ。


「契約はキチンと守るさ。夜伽の強要などしない。でも……」

「魚心あれば水心、分かるだろう?」

「これは君たちのためだよ。仲良くしよう」


 次々と投げ掛けられる言葉に、女たちは力なく頷くのみ。オータン、カリム、キーバスが各々に気に入った女の手を取ると、女たちはノロノロとその後に続いた。





 その前日、ゼゲンスキーの執務室に三人の女が集められた。


「この様に、今回の『お客様』は実に悪質な連中だ。私に助けを求めた女は私が保護している」


 商会の主を見る女たちは顔色ひとつ変えずに話を聞きながら、しかしその目の奥には名状しがたい感情が、憎悪、軽蔑、殺意とでもでも言うべき物が渦を巻いている。


 それを見て取ったゼゲンスキーは、右目を大きく見開き、左目をすがめて嗤った。


「しくじるなよ。せめてこの世の一隅いちぐうなりとも清潔にしろ」





「さあ、こっちへおいで」


 番頭のキーバスが女を倉庫へ連れ込む。これは同意の上での事なのでゼゲンスキーでも文句は言えない。虚ろな顔をした女を床に引き倒すとそれに覆い被さり、服を剥ぎ取る。


 横たわった女が手を差し伸べてその首にすがり付くと、下卑た笑い声を上げた。


「分かってるじゃないか、オマ……!」


 言葉の途中で声が途切れた。下品な笑顔を貼り付けたまま、キーバスの意識は闇へと沈んでいく。その首の後には鋭利な針が突き立ち、延髄の神経を寸断された男は床に崩れ落ちた。




「モタモタするな!」


 苛立ちながら乱暴に手を引くと、女はベッドに倒れ込んだ。店舗にあるカリムの個室には仮眠用という名目のベッドが備えてあるが、この二代目のボンボンに泊まり込みで仕事をする勤勉さなどありはしない。


 ベッドにぐったりと横たわる女の肢体に興奮したカリムは、あたふたとベルトを外してズボンを下ろす。しかし投げ捨てた筈のベルトはその瞬間、首に巻き付いていた。


 ほんの僅かな意識の隙を逃さず、脚を振り上げた反動で跳ね起きた女は、カリム本人の革ベルトで首を締め上げる。


 抵抗するいとまも与えず、頸動脈の血流を寸断して意識を奪う。カリムと背中合わせの女がベルトを肩に担ぐと、ゴキリと鳴って首が折れた。




「まったく良い買い物だった」


 カリムのそれより一際広い自室で、ソファーにふんぞり返ったオータンはクリスタルのグラスをあおる。その隣に侍らせた女に酌をさせながら、露わな太ももに指を這わせていた。


「噂のゼゲンスキーも存外ぞんがいたいした事はない。警戒して拍子抜けしたわ」


 オータンは多くの女奴隷を従え、まさに酒池肉林の生活を謳歌している。少し言う事を聞きやすくなる薬を飲ませれば後はこちらの思うまま。女たちは望んで彼に飼われようとするのだ。


 女の方から求めるのだから、世間を賑わすゼゲンスキーの「契約違反」には当たらない。国内一の薬物商はしてやったりと愉悦に浸る。


「お前も可愛がってやるぞ」


 そう言って舌舐めずりをしたオータンは、舌に痺れを感じて困惑した。そう感じた途端に痺れは全身へと拡がり、指先すら動かせない。


 突然の出来事に呆然としていると、自分に身体を預けていた女がすっくと立ち上がる。微笑むその手には小さな薬包があった。


「薬物商が痺れ薬の味も分からないなんて、拍子抜けでしたわ」


 女は薬包を懐に仕舞うと、テーブルにある銀の燭台を取ってオータンの前に立つ。目だけで見上げてくる男を見下した女は、右目を大きく見開いて左目をすがめ、嗤った。


が過ぎましたね。御主人様?」


 女が部屋を出ていくと、ソファーには右目に燭台を打ち込まれた薬物商だけが残された。





 深夜、人通りのない通りで「オータン商会」の看板を見上げる。三人の女が店内から出てくるのを見て、黙ってきびすを返したゼゲンスキーは闇の中へと歩み去った。

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実録!極悪奴隷商人ゼゲンスキーの非道 マコンデ中佐 @Nichol

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