第25話

 ラクナ奪還作戦を立ててから数日がたった日の真っ昼間。文化祭当日。

 今日、この僕らの高校の文化祭が作戦実行の舞台となる。

 カノンさんに会わせてやるという条件を提示して伊吹を誘い出す――この作戦第一段階は既に紫子さんが成功させてくれていた。

「ごめんね、紫子さん。僕も協力したかったんだけど……」

 教室前。文化祭真っ只中で賑わう廊下で、隣に立つ紫子さんに改めて謝罪する。

「いえ、私が自分でやると言ったことですから。それにこれに関しては私一人でやった方が効率が良かったと思います。純君のようないかにも出来る男が現れたら向こうも警戒するでしょうし。私のことは完全に舐め切っていますから交渉も簡単でしたよ」

「そっか、それならいいけど」

 実際、交渉成立の証拠として、あの初日を除けば彼からの指示はない。ラクナはいわば仮釈放の状態になっている。

「はい、純君の素晴らしいご采配のおかげです! ――あっ、来ました!」

「え」

「あれです! あのキョロキョロしているパーカーの! サラサラ髪の!」

 声を潜める紫子さんの目線を追うと、確かにその男はいた。不安そうに、しかし興味深そうに校内の装飾などを眺めている。

「あの男が伊吹か……!」

 葦原カノンに近づくためにラクナに成りすまそうとするサイコパス――そこからイメージされる姿とは伊吹の外見はかなりズレていた。

 年齢は二十歳ぐらいだろうか。白く綺麗な肌に、手入れが行き届いていることがわかる滑らかな黒髪、小さく薄い印象の顔は整っていて、美しさすら感じる。体は小柄で、スラッとしているけど男性特有の角ばったものがない。

 つまり、イケメンで弱そう。紫子さんの説明通り――いや説明以上だ。イケメンなのはムカつくが、作戦遂行のためには最適な相手と言えるだろう。

「では、この後の重要な、カノンさんへの説明は純君にお任せしてよろしいでしょうか……? 私の力ではとても攻略出来ない難関なので……。私はそのお二人の姿を伊吹に見せるという簡単な仕事の方を担当します。あ、喧騒でお話をちゃんと聞き取れない可能性が高いのでこっそり私に通話を繋げておいてください。それを伊吹にも聞かせます」

「ああ、任せてくれ」

 あの伊吹という男が本当のラクナなんだとカノンさんを騙す。その様子を伊吹本人に見せることで完全にこちらを信用させるのだ。ここまでやれば、もはや伊吹がラクナを支配する理由はなくなる。

 ここからが僕の腕の見せ所だ。


 小貫さんとお互いをもっと知ろうと誓い合ってから数日がたった、週末の真っ昼間。約束通りおれは都立志徳高校の文化祭に来ていた。

「おお……」

 眩しい。眩しすぎる。まともに外出したのが久しぶりだったので物理的にも眩しかったけれどこの手作り感溢れる校内のお祭りムードはもっと眩しい。教室前のこんな普通の廊下にまで装飾が施されまくっている。ごちゃごちゃとしていて決して見栄えがいいわけじゃない。良いと思ったものは取捨選択もせずに何でも詰め込んだ感じ。そんな青春、おれは送ってこなかった。

 ここで、小貫さんとはさみ揚げは日常を過ごしていて、そして恋を育んだんだ。

 そう思うと、感慨深いと同時に、少し寂しくもある。おれにとってこの世で一番特別な二人の、おそらく人生で一番輝いている瞬間に、おれは立ち会うことができないのだから。どれだけ近く感じていても、おれは結局、別世界の人間だから。

 でも、小貫さんはそんなおれにもっと近づきたいと言って、こうやって自分たちの日常に招待してくれた。この機会に、小貫さんとはさみ揚げの普段の姿をしっかり目に焼き付けたいと思う。

 ……てかそういやカノンさんもこの高校にいるんだっけ……。一応目に軽く炙るくらいしておくかな……と思ったけれど、そもそもおれはカノンさんの中身の姿を知らないし、小貫さんはこの高校にカノンさんがいること自体把握してないんだから探す手がかりもない。まぁ意味もなく中の人を探るとか失礼だし別にいっか……おれだって自分がラクナだとカノンさんには絶対知られたくないし。

「ちょいちょい」

「ひゃ――――っ、え、あ、ちょ……小貫さん……っ」

 背後から突然首筋をちょんちょんされ、情けない悲鳴を上げてしまった。慌てて振り向けば、そこにいたのはもちろん、悪戯な笑みを浮かべた小貫さんだ。

「うふふ、ひゃって……女の子ですか? いらっしゃいませ、伊吹さん♪」

「う、うん……綺麗だね、小貫さん」

「は――?」

 学校という舞台との親和性のせいなのか、制服姿の小貫さんの美少女っぷりがさらに際立って見えた。こだわって手入れされているだけあって肌も髪もつやつやで、めちゃくちゃ羨ましい。やっぱ小貫さんが使ってるコスメ試してみようかな……。

「あの、伊吹さん、それはどういう……」

「ん? 何が? 何で顔赤いの?」

「あ、もういいです」

「何だよそれ……ていうか、大丈夫なの? こんな風におれと喋ってて。はさみ揚げに見られて変な勘繰りされたりでもしたら……」

 はさみ揚げに正体を気づかれない、直接接触はしない――それがおれがこの場所に来るための最低条件だと思う。そんなこと、おれ以上に小貫さんこそがわかっているはずなのだけれど、

「あ、それはもう大丈夫なんです」

「は?」

 彼女はなぜかあっさりと、そんなことを言うのだ。

「純君――はさみ揚げ君の様子も観察したいんですよね。ちょうど今チャンスですよ。ていうかそのためにここを待ち合わせ場所にしたんですし。ほら、あそこにいるのが純君です」

「え――」

 彼女が指差す方を見る。ここから二つ先の教室。廊下側の窓を取り外し、受付窓口のようにされている一角。脇に立てかけられているのは『手相占い』と書かれた看板。教室側から女子生徒が顔を出し、廊下側に設置された席についた男子生徒と対面している。おれたちに背中を見せる形で座るその細身の男の子――つまり、つまり彼こそが――

「彼女がラクナ餅のはさみ揚げです」

「そっか、彼が……え、彼女?」

「はい、あの手相占いをしている金髪白ギャルさん――あれが私の大好きな純君であり、あなたのことを大好きなはさみ揚げ君ですよ」

「えぇー……」

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