第23話

「それで紫子さん、話って……まぁ、今日のことだよね。聞かせてくれる……?」

 カモミールティーとおいしいフィナンシェで一息ついた後。お互い少しは気持ちが落ち着いたところで、僕はおもむろに切り出す。

「はい。すみません、学校では逃げてしまって……。私も動揺してしまっていたので……」

 ローテーブルを挟んで向き合う紫子さんも、居住まいを正してから、神妙な面持ちで語り始めてくれた。

「まず、はっきり申し上げますと、私は純君に隠し事をしています……」

「…………っ」

 わかっていた。覚悟していたことだ……けど、やっぱり改めて本人の口から聞かされると、心がざわつく。

「でも、もう隠し通すことは出来ません。今からお話しいたします。その結果として純君が……私に裏切られたと感じ、許せないと思い、見放すと決めたのであれば……もはや私は受け入れるしかありません。それで、私達の関係は終わりです……」

「…………」

 何も言葉を返せない。そんなことするわけないと、僕は言い切ることができないから。

 そんな僕の反応に、紫子さんは下唇を噛んで俯き――しかし、何かを決心したかのように一度頷くと、顔を上げ、潤んだ瞳で僕を真っすぐと見つめ、

「ただその前に、これだけは覚えていてほしいんです。私は純君の、いえ、ラクナ餅のはさみ揚げさんの、あの日のメッセージを忘れないと」

「――――っ!」

「プロデュースを頼んだ際にもお伝えしましたが、あの言葉がきっかけで、私は地獄の使者という無理な設定を捨て、等身大の自分の姿で活動することが出来るようになったんです。その感謝を私は一生忘れません。たとえ、はさみ揚げさんに失望され、純君に見捨てられたとしても、私は一生、あなたのことを信じています……!」

「紫子さん……」

 熱のこもった声と眼差しに運ばれて、その想いは僕の胸に深く深く突き刺さる。

 当時の僕は別に感謝なんてされたいわけじゃなかった。ただただ僕自身が素のラクナを見たかっただけで、そんな思いの丈を勢いのまましたためてしまっただけで。

 でも、それがきっかけだったことは確かなのだ。本人がここまで具体的に言うのだから。もう既に僕はラクナと紫子さんの人生を徹底的に変えてしまっている。最後まで責任を取らなければならない。

 そして、そんな責任を自分が背負っていることが、これ以上なく誇らしい。

「わかった。頼まれるまでもないよ。僕もその事実は一生大事にするし、君がそう思ってくれていることも絶対忘れられないよ。これは僕たち二人だけが知っている大切な秘密なんだから……」

 そう、僕と紫子さんの間にはまだ、こんな素敵な『二人だけの秘密』があったのだ。

「純君……」

「だから、安心して話してくれ。聞かせてよ、君が隠していたことを」

 大丈夫。僕にはもう確かな自信と余裕がある。何だって受け入れる覚悟ができている。

 だってこの子は、僕がずっと愛してきたラクナなんだ。

 ラクナが授けてくれた、相手を包み込むような穏やかな気持ちで、僕はラクナの告白に耳を傾けた。

「はい……実は、私はもうラクナではないんです……」

「はぁ!?」

 手に持ったフィナンシェをカモミールティーに落としてしまう。これはこれでおいしいかもしれないが、カリッとした食感とアーモンドの風味はたぶん死んだ。

 しかし、そんなことを気にしている場合ではない。

 今、紫子さん何て……? ラクナじゃ、ない……?

「い、いや、待って待って、紫子さん! 意味わかんないよ、そんなわけないじゃん! 君は絶対にラクナしか知らないような話をたくさん知ってるんだから!」

「はい、もちろんです。つい昨日まではずっと、私は確かにラクナでしたから。その時点では純君に対しての隠し事なんて何一つありませんでした。もちろん『私がラクナ』だという大切な大切な二人だけの秘密も誰にも漏らしていませんでした。しかし昨日の配信後、私はラクナではなくなってしまったのです……」

「えぇ、ど、どういうこと? じゃあ今日配信していたラクナは誰なの?」

 意味がわからなすぎる……。確かに今日のラクナはちょっと変ではあったけど……。

「ラクナの中に入って話していたのは私です……でも、実質的には今までの私ではありませんでした。私はあの男の指示通りに話すことを強要されていたので……うぅっ……!」

「な、何だって……!?」

 泣き崩れてしまう紫子さんの肩を揺すって続きを促す。落ち着いてられる余裕なんてない。

「私は、ラクナを奪われてしまったのです……! あの、伊吹という男に……!」

「なん……だと……」

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