第7話

「いやーさっそく完璧にやり遂げちゃいましたよ、伊吹さん! 純君とのイチャラブちゅっちゅ計画、大事な大事な第一段階、見事にクリアです! 天才ですか、私は!」

 昨日に引き続き、人のベッドでポスポスとお尻ジャンプしている女子高生を横目に、おれはカーペットで膝と頭を抱えていた。

「それはよかったね、小貫さん……。で、その結果がなぜ、ラクナの配信中の貧乳賛美に繋がるの……? 昨日も言ったけれど、そういう指示出すなら前もって言ってってば……いきなりカンペとか出されても自然に話題変えるの難しいんだってば。おれにだって配信プランってものがあるんだからさ……」

「プランって、昭和のゲームやりながらワーキャーはしゃいでただけじゃないですか」

 昭和じゃねーし。平成初期だし。

 ついさっきまで行っていた本日十九時からのゲーム実況配信において、ラクナは唐突に自分のまな板の素晴らしさを視聴者に説き始めた。

 まぁ、それ自体は正直、全然許容範囲ではあった。事実、ラクナのフラットな胸はおれがこだわったポイントの一つだったから今日の熱弁に嘘は一つも混じっていなかったし、視聴者の反応も悪くなかったし。てかめっちゃよかった。ラクナーはこういう話が好きだし、けっこうコメントなどでフラッティー弄りをしてくることもあるし、それに対してラクナが強がったような反応を返すと喜ばれる節がある。

 今日のラクナの主張も、「胸が小さいことなんて気にしてないもんっ」という可愛らしい強がりだと捉えたラクナーも多かったようだ。

「いや強がりも何もおじさんが自分で貧乳に設定したって視聴者も知ってるはずじゃないですか。何なんですか、オタクさん達のそのねじ曲がった解釈は。気にしてるわけないじゃないですか、貧乳好きのおじさんが自分のロリコン趣味に合わせて設定したんですから」

「うるさいな。君にはわからないんだよ、おじさんの心の機微が。ロリコンじゃないし」

「てか今さらですけどラクナーって何ですか」

「ラクナのファンの総称」

「きもっ」

 キモくないし。ファンネームで視聴者さんたちとの一体感を高められるのは幸せなことなんだ。人の幸せにキモいとか言うな。ラクナーは絶対キモくない。

「まぁ、確かに説明不足だったかもしれません。えっとですね、見事作戦を成功させた紫子ちゃんでしたが、その道のりは決して平坦ではなかったのです。私の美巨乳のように」

「きもっ」

「きもくないです、美巨乳です。奈落野ラクナと私のバストサイズの相違に気付いた純君は、私に自身の巨乳についてどう思っているかを問い質してきたのです。そこで私は、巨乳が劣等感の元になっているというフェイクで返したわけですね。それによって奈落野ラクナの貧乳が『紫子=ラクナ』説への反証にならないことを彼に悟らせたのです」

「きもっ。経緯全部キモっ。君の好きな人キモっ」

「私の好きな人ラクナーですけど」

 じゃあキモくない。

「そんなこんなで『私=ラクナ』だとターゲットに確信させたわけですけど、それを彼に問い詰められても、その場ではまだ首を縦に振りませんでした。あまりあっさりと認め過ぎてしまうと、作為的な匂いが残りますからね。あくまでも私は奈落野ラクナであることを必死で隠していなければならないのです。で、しばらく必死に悩んだ上で、『純君になら知られてもいいよね……』という結論に至ったという形にしたいのです。小貫紫子の口から伝えるだけではまだ確固たる証拠とはなりませんから、奈落野ラクナの口から『今日のあなたと小貫紫子の会話内容を知っているよ。だって紫子は私だから』とほのめかしてほしかったのです。そんなことをしたからといって実は何も決定的な証拠にはなっていないのですが、自分で『真実』に辿り着いたと思い込んでいる純君にとっては決定的なひと押しになることでしょう」

「こいつめんどくせぇ……」

 脚を組み、人差し指をふりふりしながらつらつらと語ってくる小貫さん。意識的なのか無意識なのかドヤ顔がラクナっぽいことに腹が立つ。

「既に『明日、大事な話があります』とラインしてありますので、そこでやっと直接『真実』を伝えてこのフェイズは真の完成を見るわけですね」

「回りくどいなぁ、もう……」

 抜かりない、とも言えるのかもしれない。めちゃくちゃな作戦であるからこそ慎重を期したい気持ちは、まぁわかる。それにちゃんと作戦を成功させてくれるのであれば、おれにとってもありがたいわけだし。

「まぁ欲しいものはどんな手を使ってでも絶対に手に入れるのが私ですから。万全に万全を重ねています」

「はあ。すごいね」

 ツイッターでラクナのファンアートを検索しながら適当に相槌を打っておく。話終わったんならさっさと帰ってくんないかな、こいつ。

「……万が一失敗したとしても、取り返すための布石は打ってありますしね……」

「へえ、そうなんだ、かっこいいね。……は?」

 いま何か変なこと言ってなかった、この子? 布石?

「うふふ、契約通り、最後までちゃーんと協力してもらいますよ、ラクナちゃんっ♪」

 ラクナを呼ぶ声が、なぜかラクナの声のように聞こえて――これが本当の悪夢の始まりなのだと、おれにそう直感させた。ちなみにおれの直感はあまり当たらない。


      *


「紫子さん……っ」

 ベッドでラクナの生配信を見終えた僕は、自分という男の罪深さを呪っていた。

 本当の姿を知られてしまい、酷く動揺していた彼女。僕に問い詰められ、逃げてしまった彼女。

 それでも、配信を通して、僕だけに向けたメッセージをしっかりと送ってくれた。

 このタイミングで貧乳賛美が出るなんて、そういうことだとしか考えられない。

 ラクナの貧乳賛美を貧乳コンプレックス故の強がりだと他のラクナーは勘違いしているようだが、ていうか昨日までの僕もそう誤認していたが、本当はそうではないと、今はもう知っている。僕だけが、正しく理解している。ラクナは本当に、言葉通り、貧乳を理想の姿として誇っているのだ。

 これは、僕だけに伝わる「イエス」のサイン。

 確定なのだ。もはや疑う余地がない。疑うなんて失礼だ。彼女がここまでして僕だけに告白してくれたのだから。


 人気バ美肉おじさんVTuberの正体が実は本物の美少女だと、僕だけが知っている。

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