──エピローグ── 外の世界へ

 朝焼けを迎え、薄明るくなった此倉街を、天文部のみんなと一ノ瀬とで歩いた。


 安心しきった笑みの美優と、すっかり憑き物が起きたようなゆりが、寄り添い合って話している。星の話や夏休みの合宿の話、ありふれた日常の他愛ない会話が、あまりにも懐かしかった。


「みゆぽもねぇ、ウノ持ってくんだ! ゆりちはタロット持ってきてね」

「いいよ。みんなのこと占ってあげる」

「勉強運がいいなー。うち、補講ぜんぜん聞いてなかったもん」

「……ごめんね」

「ううん、いーの。無事だったんだもん、それだけで」

「そういうわけにはいかないよ」

「じゃあ、合宿で窓際のベッド譲ってね」

「それはもちろん」


 睦まじい二人の様子に、俺はなあ、と割り込む。先を行く二人が振り返って、楽しげな笑みがふたつ、俺を見た。


「合宿……俺も、カレー作るよ」

「えっ。どういう風のアレ回しなの、ケイティー」

「別にいいじゃない。教えてあげようよ」

「ゆりちは料理苦手でしょ。頑張るのうちじゃん!」


 笑い合う二人に、俺はかすかに苦笑すると、両手をぱちんと合わせて頼み込んだ。

「頼むよ、美優。ほら、今どき男だって、料理くらいはできないとだろ?」

 言うと、二人はぱちぱちと目をしばたたかせて、ふうん、と笑う。


「なんかケイティー、いい顔してんね」

「ほんとだね。エースの顔」

「な、なんだよそれ……天文部にエースなんかねえだろ」

「あるんだよねー、みゆぽも」

「あるよねー、ゆりち」


 にやにやと二人がかりで笑いかけられて、くそ、なんだこれ、恥ずかしい。俺はふいと顔を背けると、最後尾を少し離れてついてくる一ノ瀬を振り返った。


 一ノ瀬は、俺たち天文部メンバーが笑い合う様子を、まぶしいみたいな目で見つめていた。ゆりと美優のにぎやかな会話を抜けて、俺は彼の隣に歩み寄る。

 うっすらと白くなっていく此倉街を、一ノ瀬とふたり並んで歩きながら、俺はぽつりとつぶやいた。


「……カメ兄、これからどうなるんだろうな」

「自首するって言ってたから。今までのぶんも、罪を償うんだろ」

「うん……」

「病院にも行くって言ったんだ。きっと、大丈夫だよ」

「そっか。……そうだと、いいな」


 そうだよと力強く返されて、俺はうなずく。薄明るい朝日の中、一ノ瀬の隣を歩きながら、俺はくぁ、とあくびをした。


 目の前を歩いていく、少女二人の背中が目に入る。きゃあきゃあとじゃれ合うように笑い合う姿を見て、ああやっぱりきれいだなあ、清らかでかわいくて素敵だなあ、という感情が浮かんできた。罪悪感がじわりと湧きあがり、自動思考の幻想をそっと振り払う。俺は静かに、だけど確かに思った。


(俺はまだ、なにひとつわからないけど、それでも)


 俺は彼女たちの姿に、ずっと目を凝らし続けるんだ。身勝手な夢を押し付ける前に考えて、尊重したいと心から願って、互いを知りたいと願い続けるんだ。


 俺たちは、自分と違うものにどうしようもなく惹かれていく。愛することをやめられない。だから、話をしよう。たとえ永遠に、真実には触れられなくても、それでも。


「──新しい星占いに、もうちょっとデータがほしいんだよね」

「大丈夫、みんなで集めれば星なんてすぐだよ。うちもケイティーもいるんだし、三人寄ればアレがソレでしょ」

「文殊の知恵な」

「そうそれ! ケイティー、賢いね」

「さすがに文殊の知恵はわかろうよ、みゆぽも……」

「三人寄るところまで行ったんだからよくない?」

「そういう問題かよ」


 笑い合いながら、此倉街のゲートを抜ける。一気に空気が切り替わって、早朝の、清潔な街に歩み出る。すうっと空気が澄んだ気がして、俺は胸いっぱいに息を吸い込んだ。


 ──三人で星を探す。それが最初の約束だった。でも、今は。


 俺は一ノ瀬を求めて、勢いよく振り返った。視界の真ん中を占拠する、ピンクとブルーの巨大なゲート。ずいぶんと遠くなったその下に、一ノ瀬が立ち止まっている。

 離れてしまった人影に、俺はおうい、と呼びかけた。


「おまえも探すんだぞ、星!」

 木星だけで満足してんじゃねえぞ、と笑うと、そうだな、と小さな返事が返ってくる。けれど彼はそれ以上なにも言わずに、その場から歩き出す気配も見せなかった。


「……一ノ瀬?」

 問いかけに、彼はじっと地面を見下ろして、一度だけ、派手なゲートを振り返る。そして、さらさらのセミロングに手をやった。細い指先に、ぐっ、と力がこもるのが見える。


(あ──……)

 ずるり、と引っ張った髪がずれて、カツラだったそれが取り去られた。朝の白い光の中、此倉街のゲートを背負って、短髪になった一ノ瀬はぐい、と手でリップを拭う。赤いまだらが口元を汚して、憑き物が落ちたみたいな、すっきりした表情が俺たちを見た。


「ああ──帰ろう。外の世界に」


 凛とした声、ネイビーのボックスプリーツが朝風に揺れた。完全にただの男の、ひとりの青年の顔をした一ノ瀬が、俺たちに清々しく笑いかける。


 その瞬間、じいん、と胸の底が震えて、よくわからない情動が、清潔な水みたいにこみ上げるのを感じた。なんてきれいな、気持ちのいい光景だろう、と思う。


 俺は「おう!」と笑うと、彼に向かって大きく手を振った。一ノ瀬がまぶしいみたいな笑みを浮かべて、同じくらい大きく手を振り返す。


 朝の清涼な光が、俺たちと、背景の巨大なゲートを、いつまでもまっすぐに照らしていた。爽やかな朝の夏風がひとつ吹いて、俺たちの頬をすうっと撫でていった。






少女にまつわるコンテキスト   ── 了 ──




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【完結】少女にまつわるコンテキスト ~失踪した部活の女子を探しにソープ街に行ったら女装男子とバディを組むことになった~ Ru @crystal_sati

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