第四幕:圷砦と殺生石⑤


☆   ★   ☆


 町は炎に包まれ、阿鼻叫喚の惨劇になっていた。

 至る所に町民やサムライ、身分や老若男女関係なく屍が転がっている。そのほとんどが、獣によって無残に食い散らかされたような酷い有様である。

「何度見ても惨いな」

 死臭が鼻を突く町中を歩く若い男はあえて感情を込めずに呟く。法力の込められた白糸威の鎧は、五百旗家の証。髪を伸ばし、髭を生やして童顔を隠そうとするこの男こそ、この内乱の当事者である泰虎だ。

 数歩後ろには彼が信頼を置き、実力も兼ね備える四人のサムライたち。肝の座っているはずの彼らでさえ、この光景は目を伏せるほどだった。

「まさか、今更ながら心が痛むのかい?」

 泰虎の隣を歩く若い男は、場違いなほどに明るい口調だった。派手な衣装を着流した色男で、白い肌が町を焼く炎に照らされ赤く染まる。片手に持つ刃渡り五尺(百五十センチ)はあろう大刀を肩に担ぎ、もう一方の手には未だに鮮血が滴るサムライの首が三つ握られていた。

「手遅れってもんでしょうよ。そりゃ。俺らと手を組んだ以上、待っているのは地獄」

 カラカラと笑う男に、泰虎はあからさまに顔を顰めた。

「分かっている。狂四郎(きょうしろう)。貴様らのような外道の力を借りた時点で、五百旗の名を継ぐために何が起ころうとも覚悟はできておる」

 断固たる決意の言葉に、狂四郎は一層声を上げて笑った。

「しかし、白面衆の無差別な殺し方は好かぬ」

「俺も詳しくは知らんのですがね。ジジ様の言う話では『あれ』は命を食って力を高めるもの。より強き力を得るため。今後のことを思えば、こやつらの血肉は必要なのでしょう」

 「それに」と狂四郎は笑みを深める。

「より凄惨なものを見せつければ、牙を剥こうなどと思う輩も減る。徹底的な恐怖こそが、反旗の目を摘む最良の策じゃあ、ありませんか」

 秀嗣のいる圷砦さえ攻略できれば、篁藩で泰虎の邪魔をする者はいなくなる。しかし、人など心の奥で何を企んでいるか分からないものだ。

「しかし、こちらへ出てきた大将首を取ったはいいが、どいつもこいつも、仰々しく名乗るだけで大したことはない」

 つまらなそうに口を尖らす狂四郎は、首を地面に投げ捨てた。

 無下に扱うのを見て、泰虎と後ろのサムライは苦い顔をする。転がる首はどれも篁藩では名の知れた武将であった。

「これほど手応えがないとは。キツネを守っておる武芸者が強いと聞いていたが、おらぬのか?」

 面白くないと鼻を鳴らす。

「口を慎め。絶はキツネではない。妖狐と人の混血だ」

 蔑む物言いに泰虎は眉を顰めるが、狂四郎はさも可笑しなことを聞いたと声を上げて笑う。

「泰虎殿は異な事を言う。亜人も獣も妖も、所詮は同じ畜生ども。差などありませんよ。それとも、やはりここにきて天狐族が惜しくなられたかな?」

 目を細める狂四郎の顔は中世的で女性のように美しいが、それが逆に彼の冷酷さを際立たせ、泰虎の背に寒気を感じさせた。

 泰虎と烏夜衆は主従関係ではなく、雇用関係に近い。彼らは泰虎を次期当主にすることを条件に、いろいろと要求してきた。その一つが絶の母で天狐族の長、玉櫛の君の身柄だった。細かいことは泰虎には分からないが、彼に拒否することなどできない。烏夜衆の力がなければ、今回の戦いは勝てない。また、途中で手を引こうものなら、烏夜衆は躊躇うことなく泰虎の命を取っていくだろう。連中にとって、命を奪うことは、呼吸をするよりも容易いことなのだ。

「惜しくはない。だが、おぬしらが欲しておるのは玉櫛の君と天狐が守る宝。絶は宝を持って逃げただけ。奪った後は、用はないであろう」

 亜人への思い入れは特にない。父親のような亜人と人を区別なく接する人格者でもない。それでも、絶にはそれなりに情はある。兄弟である正尚や正代とは異なり、当主の座を争うこともない存在だ。烏夜衆が躍起になって追いかけるので止めないが、心の中ではこのまま安全な他の藩へでも逃げてくれればいいと思っている。

 しばらく進んで、思わず足が止まる。そこには、彼らの行く手を阻むように秀嗣が一人で待ち構えていたからだ。

「叔父上?」

 他のサムライも連れずに立ちはだかる秀嗣の姿に、泰虎はたじろいだ。

「久しぶりじゃな」

 影武者かとも思ったが、鋭い眼光に重々しい声。間違いなく秀嗣である。

「これはこれは。叔父上。自らお出迎えいただくとは。降伏される気になったか?」

「笑止、貴様のような卑しい血の流れる落とし子が、五百旗を名乗れるわけもない」

 秀嗣の言葉に、泰虎の表情は少し曇る。

「落とし子の分際で、身の程を弁えろ。分不相応な望みなど、持たぬことよ」

「落とし子、落とし子と、うるせーな」

 泰虎は大きく深呼吸をして、秀嗣を睨みつける。

「俺も半分は父上の血が混ざっておる。五百旗の名を継ぐ権利はある。お前らは俺を虐げてきたが、もううんざりだ。認めぬ者は、その口を全て閉ざしてやるわ」

 腰に差す刀を抜き放ち構える。それに続き、後ろのサムライ達も思い思いに構えた。

「叔父上、せめてもの情け。武士として華々しく散ってください」

 未だに動かない秀嗣に、配下のサムライの一人が進み出る。

 寄ってたかって殺すのではなく、あくまで一対一の武士同士の戦いで命を散らせるつもりだ。狂四郎を送らないのも、秀嗣に栄誉ある死を迎えさせるため。とは言え、複数人を一人で相手することに変わりはない。

「叔父上に誉れ高き死を」

 泰虎が言うと、サムライはジリジリと距離を詰め始める。

「あのさ~」

 緊張感の張り詰めた中、間の抜けた声が遮る。

 それはニヤニヤ笑う狂四郎。

「いつまで続けんのよ。こんなこと。誰にも見られることはないんだぜ」

「口を挟むな、狂四郎。武士の戦いにそんなことは関係ない」

 大刀を肩に担いで、前へ出る狂四郎。

 やはり所詮は、誉れも分からぬ狂犬だ。

 しかし、狂四郎の視線の先は泰虎ではなかった。

「左様か。では、斬ってよいぞ」

 冷たく言い放った言葉を、誰が言ったのか泰虎には最初分からなかった。

 理解できたのは、狂四郎の刀が怪しく輝いたと認識した時には、泰虎の連れてきたサムライ四人の首が飛んでいたこと。

 困惑の声すら上げることができないほど、一瞬の出来事だった。

「ん? 全員の首を落としたと思ったんだがな」

「その鎧には守護の法力がかけられておるでな。即死に当たる断頭を防いだのだろう」

 首を傾げる狂四郎に、秀嗣は冷たい声で指摘する。

「法力~? 俺の邪霊刀と相性が悪いな。あんたが首を撥ねるかい?」

「そのような下賎な者の首など撥ねても仕方がない。好きにせい」

 状況が飲み込めないが、泰虎は心臓が握りつぶされるかのような錯覚に目眩がする。

「これは……どういうこと、だ」

「見ての通りじゃ」

 これまでさんざん冷たい言葉をかけられてきたが、これほどまでに冷淡な声ではない。

「烏夜衆は、おぬしに手を貸したのではない」

 足元が崩れ落ちていく感覚に膝から崩れそうになるが、何とか踏み止まった。

 秀嗣と烏夜衆が組んでいるなら、つまり泰虎は踊らされていたわけになる。

 呆然と立ち尽くす泰虎の視界に、先ほど同様の怪しい光が見えると、肩が熱くなる。

 鮮血と共に大袖が弾け飛んでいた。

「ああ~、やっぱり、斬りにくいな」

 狂四郎の攻撃だろうが、まったく見えない。生きているのは鎧のおかげだ。

 知らず知らずの間に、彼は後ずさっていた。決して勝てないことを本能で感じ取ったから。

「お、泰虎殿、逃げるのか? それも良いぞ。そういう遊びは好きだ」

 子供のように笑う狂四郎が余計に怖い。恐怖が屈辱を上回り、泰虎は踵を返して走り出す。

「狂四郎! 遊ぶでない。奴を逃がすことだけはあってはならぬ。ここで決着を付け、内乱は終わる筋書きなのだ」

「はいはい、分かっておりますよ」

 気のない返答をしながらも、狂四郎は姿を消した。

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