第四幕:圷砦と殺生石③

   二


 獣道のような道なき道を進み、天晴が茂みを掻き分けると、ようやく視界に目的のものが現れる。

 元は小さな集落があった地だが、今では泰虎派の兵が陣営を構えている。やや高所から見下ろす形で全体を把握できる。兵の数はなかなか多そうに見えるが、圷砦で見た者達ほどの装備もなければ、精鋭でもなさそうだ。確かに、これでは戦力は火を見るよりも明らかと言われても仕方がない。

「さて、ここまで来たが、どうしたものか……」

 未だに踏ん切りがつかずに頭を抱える。

 絶との約束は果たされたが、かといってこのまま去るのも中途半端で気持ちが悪い。戦力では劣っても泰虎には烏夜衆がいる。旅の途中で数は減らしたが、それでも二人残っているはずだ。加えて、錬の村を襲った『白面の亡霊』の集団も気になる。

「これ以上は関われないとは分かっていても、敵将がこうも近くにいるのに行かないのは相手にとって失礼と言うものだからな~」

 勝手な理論で天晴は片笑む。

「んむぅ。これは、少し通りかかるだけのこと」

 そう自分に言い聞かせるように呟くと、勢いよく斜面を滑り降りた。


 戦ならば、敵将の首をさっさと取ってしまえばいい。とは言え、自分勝手な行動をしている自覚はある。

 さすがに堂々とではなく、隠密で陣営に忍び込む。幸い夕暮れ時となっており、辺りの影は濃くなり始めている。気配を消し、奥へ進むのは天晴にとって難しいことではなかった。運の悪い者数名が鉄塊のような拳で昏倒したが、バレなければ隠密である。

 奥へと進むが、強者の気配はあまり感じない。もちろん、空蝉クラスのシノビがいたとすれば、天晴に気配を悟らせない術を持っているとも考えられる。そうなった時は、諦めるしかないと、はなから腹は決まっている。

 見回りをする兵の士気もあまり高くない。会話を聞くに、まだ攻撃の命令が出ておらず、いつまで続くのか不平を漏らしている。

 違和感。

 天晴は首を傾げる。

 やはり胸がざわめく。

 ここの者では圷砦は落とせない。しかし、泰虎は負ける気などないのだろう。勝てる秘策があるのだ。やはりカギとなるのは、烏夜衆と白面の集団か。

 泰虎を捕まえ、直接聞くしかないだろう。恐らくそこで烏夜衆とも戦いになる。もしかしたら、複数人を相手にするかもしれない。

 一人でも強敵なのに、それを複数人。そう考えると鼓動が高鳴る。乾いた唇を舐めて湿らせ、思わず武者震いをする。

 どんどん夜のとばりが降り、焚かれた篝火が怪しく揺らめく。

 天晴は影を揺らめかせながら、奥へ奥へ。

 泰虎のいると思われる屋敷に滑り込むと、手早く警備の兵を無明の柄と鞘で昏倒させる。

 誰にも気付かれた様子はない。ここまで来ても、未だに強者の気配はない。

 不気味に感じながらも、天晴は戸を開き中へと入った。

「これは、どういう事だ?」

 天晴は舌打ちをする。

 そこには誰もいない。もぬけの殻だった。


☆   ★   ☆

 

 城下町へ続く坂の手前で、絶は顔を真っ赤にさせながら、地団駄を踏み、激高した。

「天晴が圷を去った? そんなバカなことがあるか! あの男はそんな薄情な者ではない」

 姿を見せない天晴を探していた絶に律が説明をしたのだった。

「天晴は部外者。圷峠までとの約束で、ここまで来たのです。役目は終えております」

「かもしれぬが……」

 律の冷静な指摘に、絶は口ごもる。

 本来であれば、ここまで一緒に来ることすら難しかった。感謝こそすれ、非難などできるはずもない。それでも……。

「わらわに何の断りもなく去るなど許せぬ」

 誰に対してでもなく呟き、下唇を噛んだ。いろいろな感情が湧いてきて、整理ができない。置いて行かれたことに涙が出そうになるのを堪えた。

「あ、あー、でも天晴さんのことですから、何か考えがあってのこと……とか、もしかしたらふらっと戻ってくるかもしれませんよ」

 落ち込む絶に錬は励ますも、律が首を横に振るのを見て、徐々に声も萎んでいく。

「さすがに、酷いですよね。いくら役目を終えたからと、こんなにあっさりと出て行かれるなんて。これではまるで、戦に巻き込まれないよう逃げたみたいなものですよ!」

「錬よ。もうよい」

 何とか絶を励ますために、今度は天晴を悪く言ってみる錬だが、絶は深呼吸をして落ち着くと、いつもと同じ口調に戻った。

「わしは大丈夫じゃ。確かに、いきなりのことで少し驚いたが、もうよいのだ。約束は果たされた。あやつには十分すぎるほど働いてもらったし、悪く言うのはやめてくれ。それに聞けば、叔父上からの褒美も受け取らなんだそう。誠、風変わりな奴よ」

 カッカッカと声高らかに笑う絶の目からは、感情が読み取れない。

「礼が言えなかったことは残念じゃが、これで良かったのやも知れぬな」

 短く息を吐き、踵を返して城内へと戻ろうとした時、異常を知らせる警鐘が鳴り響く。驚いて振り返れば、三人の視線の先で城下町の一部がチカチカと光り、瞬く間に紅蓮の炎を上げる。

 突然の事態に把握できずに呆然と立ち尽くいていると、強い力で手を引かれて城内に連れて行かれる。律の手だった。

「絶様。状況が分かるまでは、城の中へ」

 慌ただしく兵が走り回る城内を、律に手を引かれる絶と付き従う錬が進む。前から艶やかな甲冑に身を包む秀嗣と赤い鎧を着る藤原の姿。

 赤い鎧は暗くなりつつある場でもよく映える。遠くの街の炎の光が微かに反射し、本当に燃えている様だ。手には特殊な力で強化された朱槍を持っていた。

「叔父上、何事なのです!」

 姿を見るや、絶は堰を切ったように訊ねる。

 秀嗣は冷静に「敵襲じゃ」と返した。

「どうやら泰虎の奴め。少数の手練れを引き連れ、奇襲をかけてきおった」

「大丈夫なのですか?」

「問題はない、いつ攻められてもいいように準備はしておった。泰虎の悪行をこれ以上見過ごせる者はおるか!」

 秀嗣の掛け声で、周囲にいる兵達が威勢のいい声を張り上げる。それは伝播し、城中の者の声が地鳴りのように震わせる。

「士気もこの通りじゃ。返り討ちにしてくれる」

 秀嗣の気合も十分だ。自信を漲らせる表情に、絶と錬は胸を撫で下ろす。

「では、私達も……」

「いや、待て。律殿。絶を連れて、安全な場所へ」

 予想外の言葉に、絶は驚嘆の声を張り上げる。

「お待ちください。敵前で逃亡など……」

「絶よ。落ち着くのだ。連中の狙いの一つにはおぬしの殺生石もある。それを奪われてはならぬから、避難させるのだ」

 反論できない絶は不服そうに不貞腐れるも、同意せざるえない。

「裏山へと抜ける道がある。藤原に案内させよう」

「無事役目を果たした後、すぐに駆け付けます」

 一歩進み出た藤原の言葉に、秀嗣は仰々しく頷くと兵を引き連れて行った。

 見送ると、藤原は三人を一瞥し、「こっちだ。付いてこい」と素っ気なく言って足早に城内の奥へと進む。

「絶様。ここはあの者に従うべきです」

 しばらく苦心する絶だったが、律の言葉に我に返り、渋々頷き後に続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る