第二幕:守護縛鎖の拳①
第二幕:守護縛鎖の拳
一
篁藩でも有数の街・双木(なみき)。
山の多い篁藩では、山越えをしてくる行商が休める宿場町としてできた土地だ。場所的に他藩へ出るにも、各町へ行くにも最適な地のため、戦乱の時代は重要な拠点として大きくなった。しかし、扇喜幕府による統治で他藩との交流が容易になり、さらには街道が整備されたことで各地から人、モノ、金、文化が集まり、また各地へと流れる。物流の中心地として栄えることとなる。
そのためこの双木は、様々な文化が混在する、篁藩の中ではやや異色の街だ。
街道の両脇には巨大な杉が二本そびえ立っており、街の始まりを告げる。それらは『出迎え杉』を呼ばれ、古くから訪れる者を迎え、旅立つ者を見送ってきた。街の名前の由来にもなった木である。
玄斎との戦いから数日。天晴と絶は警戒しながら街道を進んだが、あれから烏夜衆を始め泰虎派の動きはなく、無事に出迎え杉をくぐることができた。
しかし、油断はできない。双木は多くの街道が交わる場所。そのため逆に言えば、どこへ行くにも必ず通らなければならない。そんな街は、二人を待ち伏せするには丁度いい所だった。
白昼堂々と人通りの多い場所で襲撃することはないだろうが、これまでの相手を考えると多少人の目があっても襲ってくる可能性が高い。
やや警戒をしながら歩く天晴の前で、絶が物珍し気に双木の街を見渡していた。長い間、郷からあまり出たことがなく、初めてくる双木は目新しいものばかりなのだろう。子供らしくはしゃいでは、自身の置かれている状況に気付いて自制する。そして、また好奇心からソワソワし始め、我に返る。側から見ると滑稽に見える。
まだ空元気にも感じるが、落ち込まれるよりはマシだ。
「はしゃぐか、落ち着くか、どちらかにしろ。逆に目立つだろうが」
絶の様子に天晴は呆れながら言った。
他藩の人間も多く訪れる街と言っても、やはり亜人は目立つ。そのため特徴的な耳を頭巾で、尻尾を着物で隠していた。それなのに、事あるごとに目を輝かせながら「天晴、天晴。あれは何だ?」とはしゃいだかと思えば、「いや、なんでもない忘れてくれ」と赤面しながら静かになるのを繰り返されると、いやでも目立つ。加えて、白い肌に美麗な容貌の絶は、行き交う人々の関心を集める。
「分かっておる。分かってはおるが。おのれ、この胸め。高鳴りが止まらぬのだ」
絶は、「ぐぬぬ」と拳を作りながら胸を叩く。
「まぁ、お前ぐらいの歳なら仕方ないさ。童は好奇心の塊だからな」
「何を無礼な! わしはこの年で十六ぞ。子供ではない」
「嘘吐くな! どう見ても十ぐらいだろうが! だったら俺も十六だ」
「嘘付け! おぬしのような十代がいてたまるか!」
軽口を言い叩き合っているが、絶は至って真面目だ。妖狐は長命な種族で、人と歳の取り方が異なる。それは半妖狐の絶にも多少引き継がれており、若干ではあるが発育が遅いとのこと。
「分かったか。だからわしを子ども扱いせぬようにな」
「で、あれば、もう少し落ち着け。十六のはしゃぎ方ではないぞ」
結果的に墓穴を掘った絶は、天晴の指摘に静かになった。
そんな感じでしばらく街並みを眺めながら中心部まで歩き、ひとまず甘味処で小休止を取ることにする。長く歩いたので、長椅子に並んで腰を掛けると天晴と絶は声を揃えて「ふいー」とため息を吐いた。
お茶と団子を注文すると、さほど待たずに若い娘が届けてくれた。
焦げ目のついた焼きたての団子に、少々熱すぎるほうじ茶。
両手に串を持ち、美味しそうに頬張る絶を横目に、天晴はお茶に口を付ける。
そして周りで同じく歓談する者たちの会話に耳を傾けた。と言うよりも、敵に警戒する天晴には店中の会話が勝手に聞こえてくる。
曰く、他藩の大名の奥方が街に来ており、かなりのべっぴんだ、とか。品物を動かそうにも昨今の藩内の騒動で検査の目が厳しくなった、とか。
一つ隣の椅子に座る魚河岸らしき男二人からは、世間を騒がす百鬼の役について話している。
「オニの王を倒した百桜様は、あの若さで『代将軍(だいしょうぐん)』の称号を得るそうだぞ」
「公方様に次ぐ栄誉職だろ? 当然のことだろうな。しかもかなりの人格者であるとも聞くぞ。武芸に秀で、美しく、おまけに性格も良しとは。天は二物を与えぬと言うが、あれは嘘だね。ああ言うのを天に選ばれたと言うんだろうな」
「公方様もかなり百桜様を重用されておいでだとか。お家のさらなる繁栄は約束されたようなもんだな」
「でも、知ってるか? 百桜様は次男で、上に影月っていう兄がいるらしいぞ」
「あやー、聞いたことねぇな」
「幼い頃は『斑霧の竜童』などと言われてたらしいが、今はお家からほとんど外には出ない。とんだごく潰しらしい」
「優れた親父と大英雄の弟に挟まれたんじゃ、兄として立つ瀬がねぇんだろうなぁ」
「どこのお家も、問題を抱えてるもんだな」
五百旗家の問題を対岸の火事のように話し、はるか遠くの武家の心配をする。
そんなものだ。
(知らぬが仏。まさに、知らない方が幸せなこともある)
未だ大きな声で話している魚河岸の会話に、天晴は片笑みながら茶を啜る。
「そう言えば、天晴よ」
と隣で団子を詰め込む絶が、両頬を膨らませた小動物のような顔を向けて話しかける。どうやら、絶も魚河岸の会話が耳に入ったらしい。
「知っておるか? 扇喜の都には百桜様が斬り落としたというオニの王の腕と、握られていた巨大な刀が見られるらしいぞ」
「ああ、大鳳殿にて公開されているらしい。凄い人だろうな」
「そなたは扇喜の都へ行く途中であったな。良いな~。見られる機会があって」
「俺は知己に会いに行くだけだぞ」
「それでも、百桜様が歩いたやも知れぬ道を歩き、その武勲を近く感じられるではないか。もしかしたら、姿をお見かけする機会も!」
興奮気味に語る絶の目はトロンとしており、かなり百桜に憧れを抱いていることが分かる。それはヒーローを見る視線と言うよりは。
「まるで、恋する乙女だな」
小さく笑いを嚙み殺して言うのに対し、絶は顔を赤くして元々吊り目気味の目をさらに吊り上げた。
「ば、バカなこと申すな。わしは男であるぞ! 乙女とは失敬な」
むきになって反論するが、天晴は「そうかいそうかい」と笑っているだけ。相手にするだけ無駄と分かり、絶は唸りながらも冷静になる。
「百桜様のことは、北方に出向かれた正代兄様からの手紙にいろいろと書いてあったのだ」
五百旗正代は、正嗣の正妻の次男であり、絶より二つ年上の義兄だ。武芸に優れた彼は武功を上げるために百鬼の役にてオニと戦った。
絶曰く、正嗣は兄弟四人を公平に扱っており、兄弟同士の仲も悪くはなかった。その中でも年齢が近いこともあり絶と正代は親しかったらしい。そのため戦地に赴いても、近況の知らせや、体調を気付かう手紙が定期的に送り合っていた。
「正代兄様は、本当にお強い方なのだ。だから、百桜様と共に戦地を駆けたこともあるし、何度も話されたこともある! 兄上が言うには、百桜様が刀を振るえば、それに並び立つ者なしじゃ。いかに、そなたが強かろうが、百桜様には敵わぬだろうな」
言葉に熱を帯びる絶は止まらない。
「さらにそれだけではないぞ。戦場では身分に関係なく気を配る度量のデカさよ。高貴にして崇高なお方なのだ……あ」
熱心に語る絶をニヤニヤしながら眺めてくる天晴に、絶は気付いて口を閉ざす。
「よ、よいであろう! 百桜様に憧れぬ者などおらぬわ。だいたいそなたは、それほどの腕を持っていながら、なぜに北方へと馳せ参じなかった?」
気まずさを誤魔化すように、早口に訊ねる。
百鬼の役は、国を守るという使命感から参加するサムライばかりではなく、活躍して名を上げようとする腕自慢も大勢いた。誰にも仕えず士官の職を探す浪人にとっては、これは大きなチャンスでもある。現に、そう考える武芸者が全国から集まった。
「武功を上げることに興味などない。あんなものに命を懸けるなど……」
諦めにも似た笑みを浮かべて漏らす天晴だが、絶は憤慨した。
「あんなもの? なんたる言い草か。多くの者が命を賭して戦ったのだぞ! この国の危機に、全国の武士、いやそれだけでなく僧や陰陽師、はては平民に至るまで、老若男女が手を取り合い立ち上がった。これこそ誉れ高きこと、武士の本懐ではないか」
百鬼の役で戦った者達を軽視するような物言いに、不機嫌を露にして声を荒げる。
それに気付いた天晴は絶に詫びを入れるが、態度はさほど変わらない。
「戦地で散った者達を軽んじる気は毛頭ない。だがな。戦など、大概は天の意思と言うべきか、何かしらの思惑が蠢く。それが大きなうねりとなって飲み込む。抗うのも疲れた」
「大の男がそんな弱腰でどうするのだ」
諦めているような、寂しげな口調に、絶も鼓舞するように鼻を鳴らす。
「逆境にこそ死狂いの精神で挑むのが武士」
「空蝉の時は、諦めて震えていただろうが」
「わしは武士ではないから問題はないのだ」
フンッと謎の自信に満ちた様子で胸を逸らす。
「抗うのが疲れたなど、逃げておるのじゃ」
「逃げてはならん理由はないだろ?」
「平民はそれでも良い、しかし、武家に生まれた者は、それが許されぬ。責任があるのだ」
それは自分に言い聞かせるようだった。父と義兄が死に、母親は連れ去られた。烏夜衆に追われ、何度も命を落としかけた。頼れる味方もいない。小さな身には余りある重圧だろう。藩の秩序、母や天狐族の救助。絶には逃げられない理由が多すぎる。
そんな重たい空気に気付いたのか、天晴はニカッと歯を見せて笑うと明るい口調に戻る。
「そんなしがらみばかりで、息が詰まるお家など要らんな」
「そなたの発言、怖いぞ!」
武士として不適切な発言に、絶は飛び上がりそうなくらいに驚く。
「そんなことを言っておると、いずれ捕まって処されてしまうぞ」
「自由に生きて死ぬのなら、おかしなことは何もない。己が命を使っていいのは、己だけだ」
「恐れ多いことを。そんなことができぬから、皆がこうして生きておるのじゃ」
「それは、やってみなければ分からんぞ」
「出た。そなたの『やってみなければ……』。やらずとも、分かるの」
「つまらんな。絶よ。お前は幼いくせにいろんなモノに縛られすぎだ」
その言葉に絶はムッとした顔をする。
「できぬものは、できぬ。そなたもいい歳をして、何と夢物語のようなことを言うのか。よいか、そんなものはな、まさに『天影を追うが如し』こと。『天影無明』。そなたにはお似合いの言葉よ」
絶は仕返しに嫌味を込めて言った。
『決して手にすることのできない天の影を追い続ける愚か者』
絶の言葉にはそんな意味が込められていた。
しかし、それを聞いた天晴は、声を上げて大いに笑う。
「天影無明か。まさに言い得て妙。気に入った!」
反論を予想していた絶は、天晴の態度に面くらい、そして飽きて果てる。
「たわけ、喜ぶな! そなたの性格は分からぬ」
天晴は未だカカカと笑いながら、絶の前に置かれた皿から団子を取って食べた。
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