#2 アバターと旅の心得と【ホントにこのキャラ付けで行くの……?】

「——は——はあ……っ!? 配信って……あの……なんか頭ぽやーってしてるやつ!?」

「……それはまあ、随分と誤解があるみたいだけど——そんなのも踏み倒せちゃうくらいメリットがたくさんなのよ。まず、これをみてもらえるかしら?」


ルカねえが鞄から取り出したタブレット端末。

起動して数秒とかけず、表示された一つのアバター。


「……これって……バーチャルアバター……?」

「そ、あたしの自作。ほとんどの規格に対応済み。大体のVRゲームにコンバートできる仕様よ」


それは、十分に完成度の高いものだった。

目の覚めるような金髪、ぱっちりとした緋色の瞳に加え、瞳の濃さとは対照的に抜けるように白い肌。

はっきり言ってしまえば、良い容姿かおをしている。

そして、髪の編み込みやそれを飾る装飾品の一つ一つ——コンバートを前提としているせいか服装は簡素なワンピースのみだが、たまに見るような有名配信者のバーチャルアバターにもほとんど見劣りしない。綾芽は完成度の高いそのモデルを前に、感嘆のあまり思わず息を漏らした。


「まず、配信をするならこれをアヤメに使わせてあげる。というか、使って」


感嘆している時にその隙を狙うように提示された一つ目のメリット。

確かに、少し心が動いてしまう。自分専用のアバターには確かに興味がなかったわけではないし、しかも完成度の高いこれを使わせてもらえるのなら、メリットとしては十分立派だ。


「……でも、なんでわざわざこれを作ったの……?」


しかし、ルカねえはここに来てから何度か眉間を揉んだり、ため息を吐いたり——極め付けには目の下にクマまで作っている。

徹夜でもしたのかはわからないが、これを作るのに相当身を削ったことには違いないだろう。

裏を返せば、なぜわざわざそこまでしたのかがわからなかった。


「……課題、よ」

「課題って——学校の……?」

「ええ。デザイン系の専門学校に入ったって話、したじゃない? それで、あたしは3Dモデル制作の講義をとってるんだけど——現物を作った上でレポートを書かなきゃいけなくなって……」


たっぷりの疲労を感じさせる含みと表情。未だ綾芽には大学だとか専門学校がどんな場か細かくはわからなかったけれど、困っているのは理解できた。


「でも、なんで自分で使わないの……?」

「趣味全開にしたせいで体型が合わなくて……上手く使えないのよ」


ルカねえの身長は高めだ。それに対してアバターの身長はそこまで高いものじゃない。大体——綾芽と同じくらい、むしろ小柄な方。

いくらVR空間とはいえど、アバターと本来の自分の体型に大きな差異があると上手く扱えない——確かに大きな問題だった。


「アヤメならピッタリじゃない? しかもVRにも慣れてるし。ここは困ってるあたしを助けると思ってどうか……」

「……でも、なんでわざわざ配信にしないといけないわけ……?」

「モデラーとしてのわかりやすい実績になるからよ。レポートも書きやすくなるし。……それに、見たいじゃない。コメント欄であたし渾身のアバターが褒められるの」


最後に付け足された一言は余計な気がしないでもなかったものの、意外と理由はしっかりとしていた。

けれど、問題はそれとは別。扱うのも配信するのも自分自身だ。アバターを使えるだけではメリットが薄い。


「……お金、ないんでしょ? 多いわよ? 収益」


それを察したのか、ルカねえは遂に人の弱みにまでつけ込んできた。先ほどまであんなに弱みを晒していたのに——と愚痴りたくなるのも束の間。

確かに、お小遣いに加えて収益まで入ってきたら十分月のゲーム代や通信量——全部工面できる。


「でも……そこそこ有名にならなきゃ、収益ってほとんどない、でしょ?」

「お礼として好きな中古ソフト、三本まで買ってあげる」


ギリギリで踏みとどまり、たじろごうとして——けれど、そこにはまだ罠が仕掛けられていた。

あと三本、好きなソフト。収益どうこうを抜きにしたってそれだけで今月は凌げる。


「……やる」

「——ほんとっ!?」


答えが出るのは早かった。渋々頷く綾芽を尻目にルカねえは小踊りしつつ、タブレット端末とヘッドギアを接続して、何やら作業を始めると共に、一冊の本を手渡してくる。


「それじゃ、今からやるからこれ……心得みたいなものね。読んでおいて」


『今日からあなたも配信者! キャラ作りの仕方、全部教えます!』と表紙に躍る文字列はグラデーション強め。フォントを手伝ってか、既に不安感を煽ってくる。というか——


「今からやるの!?」

「……じゃないとレポート間に合わないのよ。お願い! 今日も残りの時間はゲームに充てるんでしょ?」

「うっ……」


それを言われてしまえばもう反論しづらいもの。言葉に詰まったまま、間を受けるようにして綾芽は本を開く。


「……ねえ、この付箋貼ってあるページって何……?」

「あ、それね、オススメのやつ」

「一人称ボクにずっとニコニコしてる元気タイプって……私から結構遠いタイプじゃん……」

「そう? あたしはいいと思うんだけど……」


あざといキャラ付けだ。これをやらなければいけないと考えると若干憂鬱にもなってくる……が、中途半端なものよりもいっそこれくらい割り切ってしまった方が一周回って恥ずかしくないのかもしれない。表紙に反して、悔しいことに意外と詰まっている情報量に驚きながら読み進め、何だかんだで読み終えた時だった。


「……そういえばアヤメ、やるゲームは決めたの?」

「やるゲーム……?」


言われてみれば、まだ配信するゲームを決めていなかったことに気がつく。


「じゃあ、今やってるこれとかどう? そこそこ強いよ?」

「ううん。やっぱり視聴者との一体感を求めるならまだ触ってないタイトルじゃないと……」

「あの……ルカねえ……物色しないでもらえる?」


咎めようとも彼女は止まらない。

残された数本の積みゲーを漁って——そののちに、彼女が掲げたのは一本のソフトだった。


「《グリモワール・レガシー》……? そういえば今流行ってるんだっけ。それ」

「アヤメ、ずっとゲームやってるクセに流行には案外無頓着よね……そ、最近流行ってるのよ」

「じゃあ、それでいいよ」

「了解。アバターのセッティングも、配信の準備も終わったし——ダイブ、していいわよ」


タブレットの操作を続けるルカねえに促されるままヘッドギアを被り、ベッドに横になる。

目を瞑った途端に、内部の機構が動き出しファンが音を上げ——聞き慣れた起動音と共に、瞼の裏が照らされ、綾芽の意識は現実世界を離れていった。

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『えむえむおー見聞録っ!』〜配信者兼ブロガー少女は“永住できるゲーム“を求め、VR世界を渡り歩く〜 恒南茜 @ryusei9341

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