第13話①

 2階での買い物を終えた俺たちは飲食店が立ち並ぶ3階にやってきた。そこで目についたイタリアンレストランに入ることにした。まだ少しお昼時に早かったからか、スムーズにテーブル席に座ることができた。


 「…ど、どれも美味しそうだね。りゅー君はどれにするか決めたの?」

 「俺?そうだな……ナポリタンにでもするかな。はーちゃんは?」

 「わ、私はまだ悩み中。…シーフードグラタンにするか、ボロネーゼにするか」


 はーちゃんはメニューに載っている商品の写真を前に唸っていた。だから、俺は助け船を出すことにした。


 「その2つで迷ってるの?」

 「うん。どっちも美味しそうなんだもん…」

 「なら……すいませーん!」

 「ちょ!まだ決めてないよ!」


 俺はそう言って店員さんを呼んだ。はーちゃんは慌ててるけど、すぐにやってきた店員さんに注文を伝えた。


 「シーフードグラタン一つとボロネーゼ一つ。それから、ドリンクバーを二人分お願いします」

 「えっ!?」


 それだけ聞くと店員さんはすぐに厨房に戻っていった。そしてドリンクバー用のグラスを二人分持ってきてくれた。早速俺はそのグラスを持って立ち上がった。


 「はーちゃんは何がいい?」

 「……オレンジジュース」

 「了解」


 俺は自分用にメロンソーダを、はーちゃん用にオレンジジュースを注いで戻ってきた。そのとき俯いているはーちゃんが印象的だった。それが気になった俺は悪戯いたずらをすることにした。


 「お待たせー!」

 「ひゃっ!?」


 氷入りの冷たいグラスをはーちゃんの首元に引っ付けた。すると、彼女は可愛らしい声をあげて驚いていた。それに気付いたはーちゃんは少し顔を赤らめて恨めしそうにこっちを見てきた。


 「もう!ビックリしちゃったじゃん!」

 「ごめんごめん。でも、なんか落ち込んでいるような気がしたから気になって。どうしたの?」

 「!気付いてたの?……さっきの。りゅー君はナポリタンが食べたいって言ってたのに、私に遠慮して変えたの?…そんなの、私、ちっとも嬉しくないよ!…私はりゅー君も楽しんでくれなきゃイヤだよ!」


 はーちゃんは悲しそうに言った。…どうやら、勘違いさせちゃってたみたいだ。だけど、そこまで俺のことを考えてくれてたんだと嬉しかった。


 「あー、ごめん。それは俺の伝え方が悪かった。俺は別になんでもよかったからね。だからそんなに気にしないでよ」

 「…そ、そう、なの?無理してない?」

 「うん。無理なんてしてないって!」

 「…そっか。我儘わがままばっかりでごめんね。…ありがとう、私のためにいろいろしてくれて」

 「…ど、どういたしまして」


 その笑顔に俺は見惚れてしまった。それに、料理の注文だけとは思えないくらい気持ちが籠っていた。その笑顔を見るためなら多少の無茶も、と浮かんできた思考を無理矢理外へ追い払った。料理が到着したのはそんな時だった。


 「わぁ〜、美味しそう!早く食べよ!」

 「そうだね。じゃあ、二人で分けて食べよっか」

 「いただきます!」

 「ははっ、いただきます」


 俺たちは二つの料理が入った大皿を真ん中に置き、席に備え付けの小皿に料理をよそって食べることにした。


 「う〜!美味しい〜!」

 「ホントだ。凄く美味しいね」

 「うん!」


 それから俺たちは何度も美味しいねと言いながら料理を食べていった。そして半分ほどが無くなったとき、はーちゃんがこっちをチラチラ見てきた。


 「?どうしたの?」


 俺が声をかけても俺の顔とグラタンの入ったスプーンを交互に見ていたはーちゃんは、やがて覚悟の決まった顔で「よし!」と呟いて、震える手でスプーンを差し出してきた。


 「ア、アーン」

 「えっ?ちょ、はーちゃん!?」


 好きな人からの急なアーンに俺の思考は停止してしまった。パニックになった俺は彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。


 「りゅ、りゅー君はいつもアーンしてるんでしょ?」

 「いやいや!どうしてそうなるの!」

 「だ、だって!言ってたもん!一昨日!」

 「いやいや!それは熱出したときだけだって!」


 俺が断っていると、だんだんはーちゃんの頬の赤みが抜けてきて、代わりに涙が溜まってきた。少し申し訳ないけど、ここで受け入れてしまったらもう自分の気持ちを抑えきれないと思った俺はその涙を見て見ぬフリをした。


 「〜ッ!りゅー君のバカ!その前の日は香織ちゃんとアーンしてたのに!私のは食べてくれないの!?…グスッ」


 その涙で俺の中の天秤がアーンを受け入れる方に傾いた。好きな人にこんなに悲しそうな顔をさせてまで優先するものなんてないと思った。…それに、周りの人からもヒソヒソと噂されてるような気がしたし…。


 「わ、わかったよ。アーン」

 「!ど、どう?」

 「…うん。美味しいよ。じゃあ、お返ししないとね。…アーン」

 「ふぇ?わ、私はいいよ〜」


 遠慮するはーちゃんに俺は絶対に同じ目に遭わせると闘志を燃やしていた。俺だけこんな恥ずかしい思いをするのは納得できない。だから俺はわざと震わせた声で、なるべく寂しそうに言った。


 「…はーちゃんは俺のを食べたくないんだ」

 「わ、わかった。食べる。食べるから!」


 そう言ってはーちゃんは顔を真っ赤にして俺が出したスプーンをぱくりと咥えた。


 「美味しい?」

 「う、うん」


 そう言って顔を伏せたはーちゃんはとても可愛かった。気まずくなった俺たちはその後残りの料理を食べようとした。そこで俺は重大なことに気が付いた。……すなわち、あれ、これで食べてもいいの?間接キスじゃない?、と。


 俺がそう思っていると、はーちゃんも気付いたのか、スプーンを持つ手が震え出した。それでもなんとか口まで持ってきたはーちゃんは顔を真っ赤にして、目をぎゅっとつむって恐る恐る口の中に入れました。


 「おお」

 「も、もう!りゅー君も早く食べてよ」


 思わず感心する声を漏らした俺にはーちゃんがそう促してきた。俺は緊張を悟られないようにいつも通りを意識してグラタンを口に運んだ。それでも、味は全く分からなかった。


 「…ボロネーゼもアーンする?」

 「勘弁してください!」

 「しょうがないな〜。私は優しいから勘弁してあげるよ〜」


 なんとかグラタンを全部食べ終えたころ、おどけたようにはーちゃんがそう言った。俺が断ると、はーちゃんも本気じゃなかったのかあっさりと引いてくれた。


 「…っと、すまん。ちょっとお手洗い行ってくる」

 「わかった、行ってらっしゃい」


 俺はそう言ってその場から抜け出した。もちろん、本当にトイレが目的ではなく伝票を持ってのお会計のためである。俺はそのまま勘定かんじょうを済ませ、何食わぬ顔ではーちゃんの元に戻った。そして、残りのボロネーゼを美味しく食べた。


 食べ終わった俺たちは店を後にした。そのとき先にお金を払っていた俺に不満を漏らしていたはーちゃんだったけど、なんとか納得してもらった。こうして、デートの前半が終わった。

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