九話 スポーツ万能

 で、私は結局自宅に戻れなかった。その理由は…


「あの、一つ聞きたいことがあるんですが?」


 「何?」


 タクミっていう男の人が返事をした。

 

 「先輩達ってテニス上手いんですか?」


 「当たり前じゃん!」


 「強いんですか?」


 「お、おう…まぁね」


 いや、なんか不安な顔つきになっている。

 一瞬タクミっていう先輩の動揺が顔に現れたのが見えた。


 「じゃあ見せてくださいよ。その実力」


 「え?あ、あぁ…」


 って事があって、私と明日奈ちゃんはテニスサークルがいつも使っているというコートに呼ばれた。

 近くのスポーツ施設場にそのコートがあるのだが、大学生だけでなく、恐らく高校生のテニス部と思われるチームも使用しており、部活が終わったタイミングで先輩達が使用するようになった。


 「本気かい?君!?」


 「えぇ、本気ですけど?実力を確かめるのにこれが手っ取り早いですから」


 なんと明日奈ちゃん直々に、勝負を挑むとの事で、私のような見学者はコート内に設置された横長の椅子に座って見届ける事になった。

 コート外は殆ど誰も使用しておらず、私達のみだった。


 「テニスの経験は?」


 「遊びで」


 それを聞いてタクミっていうチャラそうな先輩がブッ!と吹き出した。

 しかしそんな反応に平然としてる明日奈ちゃん。落ち着いた様子だった。


 「じゃあ誰からやりますか?先輩達」


 「はい!じゃあ先に俺からやりまーす!」


 と、元気よくそう答えたのはユウキというマッシュの髪が似合うのか似合わないのか微妙な顔つきの先輩である。

 お互いに目を睨みつけ合いながら、1vs1の勝負が始まった。

 最初のサーブは先輩からだった。私は内心『明日奈ちゃんにやらせろよ』って思ったが、口には出さなかった。

 ボンッ!ボンッ!と黄色のテニスボールが弾け合う音がコート内に響く。

 そしてお互い相手の行動を読みながらも、素早い対応力でボールを打ち合い、ポイントが全く入らない。


 「すげぇ!あの娘!」


 「もしかしてテニス本格的にやってたんじゃね?」


 先輩達が明日奈ちゃんのプレーに盛り上がる中、私はお互いの素早いラリーをまで追いかけていた。

 とにかく早かった。


 「はぁ!」


 そうユウキ先輩が吐き出したのと同時にさっきまでのラリーよりも素早いスマッシュが放たれた。

 明日奈ちゃんの届かないであろう距離まで飛んだ。

 次の瞬間だった。

 勢いよくそのスマッシュに反応し、華麗に打ち返す。そしてコートのネットギリギリ当たらない所を真っ直ぐ飛ばした。


 「すげっ!」


 私も声が出てしまった。

 ユウキ先輩がボールに反応したが、時既に遅し。

 見事明日奈ちゃんはポイントを決めたのだ。


 「す!すげぇ!」


 先輩が関心していた。

 そして先輩が今度はサーブをした。

 だが、さっきの動きで体力を消耗しすぎたなか、先輩は明日奈ちゃんのラリーに追いつけていなかった。


 「おいユウキ!しっかり!」


 「うるせぇ!」


 タクミ先輩への返事がうるせぇだった。声を荒げては落ち着きのない行動をしていた。

 内心舐めていたからか、焦っているのだろう。

 軽く息を整えたユウキ先輩は、さっきまでよりも高くボールを天に上げ、おもいきりラケットを振った。

 またボンッ!とボールの弾ける音が響く。

 全く疲れた表情、動作を見せない明日奈ちゃんと今に四つん這いになって、はぁはぁと息を整えないと危ないユウキ先輩。先輩はもう体力が残っていないのが明らかにわかる程だ。

 2回程ラリーが続いた後、ユウキ先輩はその場に力尽きた。 

 うつ伏せに倒れた先輩は、明日奈ちゃんのパスを返せなくなって、ダサい転び方で倒れる。

 

 「おい!何やってんだよユウキ」


 もう返事も聞こえない。

 もう死んだんじゃないかと察した。


 「はい!次行きますよ!先輩!」


 明日奈ちゃんは全く息を荒げていない様子だった。

 ラケットでタクミ先輩の方を指して指名する。

 なんだか嫌そうな表情の先輩だった。


 そしてタクミ先輩とユウキ先輩がチェンジし、対決することになった。


 「よっしゃあ!いったらぁぁぁ!」


 そう言ってサーブをする。だから明日奈ちゃんに最初させてやれって……

 そんな事を思ったが、さっきのユウキ先輩よりもボールの反応が遅い。その為ラリーが全然続かない。 

 先に明日奈ちゃんが一回ポイントゲットした。

 その後明日奈ちゃんは、私の方に近づいてきては隣で見ていたもう一人の先輩にラケットで指して指名する。


 「確かタケル先輩でしたよね。キャプテンと仰ってましたね?ちょっとコートに来てください」


 私の座っている椅子の前まで来て、そのタケル先輩に視線を真っ直ぐ送っている。

 しかも余裕な表情で。

 タケル先輩はさっきの勧誘で明日奈ちゃんにしつこく話しかけていた先輩だった。

 フレッシュな感じのタケル先輩はゆっくりとその場を立ち上がった。

 そしてユウキ先輩が使用していたラケットを手に取りコートに向かった。

 

 コートでは明日奈ちゃんvsタクミ・タケル先輩の構図となった。


 「2vs1!これで先輩達が強かったら、実力を認めましょう!」


 そう言った後、サーブを放つ明日奈ちゃん。

 2vs1になってから、勝負が盛り上がりを見せる。

 明日奈ちゃんもポイントを入れられてしまいそうな場面もあったが、何度か踏みとどまりパスを送る。


 「明日奈ちゃん…」


 私は心配になった。ここまで1ポイントも取られていない勝負に初めて相手に隙を見せてしまうのだろうか。

 明日奈ちゃんのプレーを凝視し、手に自然と力が入る。そして思わず私が履いてきたロングスカートをギュッと掴んだ。

 そして先輩の真っ直ぐな勢いのあるパスが明日奈ちゃんのいる反対側に向かって放たれた。

 あっ!ダメだ!

 ピンチだと思った時だった。

 明日奈ちゃんは反射的にボールを追いかけたが、目で送っただけだった。

 ボールがコート外にはみ出て落ちた為、ポイントは明日奈ちゃんの方だった。


 「嘘だろ!」


 さっきまで疲れ果てていたユウキ先輩が、私の後ろでそう叫んだ。

 そしてコートに立っていた先輩達もその場で崩れ落ちるように地面に倒れた。

 

 「あれ?もうへばったんですか?先輩達」


 「いや!まだだ!なぁタクミ!」


 「あぁ!当たり前だ!」


 「じゃあ、最後の勝負やりましょうよ!」


 そして明日奈ちゃんは、わざわざボールを取りに行っては、軽く打ち返す。

 先輩二人はなんだか少し足元が震えてる気がする。

 もしかして…明日奈ちゃんに怯えてるのでは?


 「よっしゃあぁぁ!」


 「最後の勝負じゃあ!」


 多分大声で恐れを誤魔化しているんだろう。

 また女の感が働いた。

 そしてタクミ先輩がサーブした。

 ここまでで全然疲れた様子のない明日奈ちゃんはフットワークが軽いようだ。だから先輩達のパスなど余裕で返している。


 「ハッ!」


 そんな声を出し始めた明日奈ちゃん。

 そしてパスはどんどん続いていった。

 すると何やら私が座っている背後の鉄網がガサガサと音が聞こえてきた。

 振り返ってみると、そこには先程コートを使用していた高校生の部活メンバーが、明日奈ちゃんと先輩の試合をじっくりと見学していた。

 

 「あの人凄くね?」


 「プロの人?」


 「大学生だよね。あの人達」


 「あの人見た事ないんだけど誰?一人で戦ってる上手い人!」


 みんな明日奈ちゃんのプレーに注視していた。

 そして盛り上がっていた。


 「うわぁぁ!」


 そんな声が聞こえて、私はコートに視線を送ると、先輩達がラケットから手を離し倒れていた。


 「え!?どうやったんですか?」


 隣のユウキ先輩に尋ねた。


 「君のお友達が勝ったんだよ。やべぇなあの娘!天才だ!」


 そしてユウキ先輩は、明日奈ちゃんの方へ駆け寄って行く。

 こちらに歩みに来る明日奈ちゃんは、ユウキ先輩を無視した。


 「ねぇ!ウチに入らない?本当に凄いよ!君!やっぱテニスやってたでしょ?ウチに入れば相当強くなれるよ!」


 ラケットを私の座っていた椅子にそっと置いて私の隣に座る明日奈ちゃん。


 「…………」


 「明日奈ちゃん凄いね!」


 「別に……」


 「ねぇ!本当に入らない?」


 「………」


 とことん無視して行く明日奈ちゃん。


 「君が入ればウチは」


 「もう離れてくれませんか?全部嘘だったじゃないですか。先輩達、本当にテニスやってたんですか?まさか、大学に来てからやり始めたとかですか?」


 「え?いや、まぁ、そんな細かいことは置いておいてさぁ」


 「アタシは本気でスポーツをやってる人しか興味ないです。行こ、あみ」


 私の腕を掴んでその場を一緒に離れていった。

 コートから出た後私の腕を離し、歩きを揃える。


 「ごめん、あみ。付き合わせちゃったね。何か用事あった?」


 「ううん。今日四限からだから大丈夫だよ」


 「そう。なんか私のせいでこんなことになっちゃって」


 「いいよ。だって明日奈ちゃん、凄いテニス上手かった。明日奈ちゃんって本当なんでも知ってるし、いろんな事できてかっこよかったよ」


 その言葉に軽い笑みを見せてくれた。


 「ありがとう。あみ」


 そしてグーンと背伸びをする。


 「なーんかお腹すいたなぁ。お昼食べてないよね?どっか行かない?」


 「うん!行こっ!」


 そして私達はお昼を済ませる為、大学館内に向かう事にした。

 

 

 

 

 

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