お疲れ様

青山えむ

お疲れ様

 広報誌の健康促進ページには、規則的な生活を心がけましょうと書いている。   

 僕は心がけなくても毎日自動的に同じリズムになっている。果たしてこれは健康なのだろうか。

 平日に飲みに行ったり、日曜日に県外の野外フェスに行く友人のほうが元気だと思う。


 平日は嫌になるほど同じことの繰り返しだった。

 同じ時間に起きて同じ時間に朝礼が始まり、同じ時間に帰る。

 残業するのは僕より立場が少し上の人間だけだ。

 帰宅ラッシュを少しでも回避するべく、早足で会社を出る。

 立ちっぱなしの仕事で足は疲れているはずなのに、帰宅時間には本日一番の速度が出る。


 休日も同じリズムになっていることに気づく。少し遅めに起きてコーヒーを二杯飲み、空虚な笑いのテレビ番組を眺める。


 スマホを眺めても友人のSNSは更新されていない。前日に夜遊びしているか、どこかに遊びに行っているのだろう。僕以外はリア充なのだと痛感する。


 今日は秋分の日。今年は金曜日なので三連休になる。特に予定もない僕はいつも通りのリズムで過ごす。


 明け方に降っていた雨がやみ、空は鈍色にびいろだった。

 窓を開けると冷たい風がレースカーテンを揺らした。


 このレースカーテンは妹がつけたものだった。

 妹は五年前に急死した。当時僕はアパートに住んでいた。実家にいた妹が自殺だったのか本当に突然死だったのかは分からない。


 気を紛らわせようと三杯目のコーヒーをれる。インスタントの粉にポットのお湯を注ぐ。


 庭を見ると、人影が見えた。女の子だ。ただの通行人なら気にも留めないが、立ち止まってこちらを見ているようだった。


 うちに用だろうか? もしかして妹の友達かもしれない。最近になって訃報を聞いて実家に訪れた可能性もある。


 僕は声をかけようと思い外に出たが誰もいなかった。


 女の子が立っていた場所にハンカチが落ちていた。蝶の絵が描かれたタオルハンカチだった。端に大きな文字でブランド名らしき文字が印刷されている。


「あの子の落とし物かな」


 妹の友達かもしれない。僕はそのハンカチを保管することにした。


 次の日も特に予定はなく、昨日と同じリズムで過ごす。

 暇なのでフェイスブックを開く。ちょっと気になっていた女子が「結婚しました」と投稿していた。少し胸が痛んだ。

 

 気分転換しようと外に出た。昨日、女の子が立っていた場所に懐中時計が落ちていた。丸い銀色のふたを開けると、見えやすく大きな文字盤が表れた。

 ふたの裏には不思議の国のアリスのようなイラストがプリントされていた。落とし主は女の子だろう。昨日の子だろうか。

 よく見ると銀色のふちが欠けていた。使い込んだのか落とした衝撃で欠けたのか。時計はまだ動いているし表示時刻も正確だった。僕はハンカチと一緒に保管しておくことにした。



 九月が終わる頃、今度はポーチが落ちていた。

 少し戸惑ったが、中を見てみたらからだった。角がはがれていたし、ちょうどゴミの日だったのでゴミ袋に入れて捨ててしまった。


 同僚の宮本みやもとが女装していると打ち明けてきた。


「リボンやレースを見ていたら着てみたくなった」


 これがきっかけだと言っている。女装仲間がいるらしくカフェを借り切ってお茶会を開いているらしい。誰に迷惑をかけるわけでもなく趣味を楽しんでいる。宮本は堂々としていた。


 木曜日は一週間で最も疲れる日だった。

 帰宅するとノートが落ちていた。中身は二次創作の漫画だった。下手な絵と構図だった。恐らく本人的には「黒歴史」になるのだろう。明日はゴミの日なので僕はゴミ袋に入れた。



 休日の朝、自転車が置かれていた。防犯登録のシールが貼ってあったので警察に届けた。盗難届が出ていたらしい。持ち主に届いたならよかったが、自転車がない間は不便だったろう。犯人に軽く怒りが沸く。


 今度はタイヤが落ちていた。市役所に連絡をした。僕はやっと気づく、これは不法投棄だ。今までも。



 次の日、車が置かれていた。落ち着いたピンクと白のツートンで、街中でよく見かける人気車で、妹と同じ車だった。

 ナンバーに見覚えがあった。死んだ妹と同じナンバーだった。好きな歌手の名前をナンバーにしていた。


 ドアは開いていた。車内に鍵があったのでエンジンをかけてみた。ガソリンは満タンに入っていた。どういう意図だろう。


 今まで落ちていた懐中時計やポーチも、妹の趣味だった気がする。


 僕は妹を思い出す。実家で両親と妹と暮らしていたころ、僕は一切の家事をやらなかった。誰も強制はしないし、女性が家事をするのが当たり前だと思っていた。けれどもいつからか妹が僕に意見をするようになった。


「ポットのお湯が少ない」

「新しいゴミ袋を用意しろ」

「キッチンを使ったら水滴をけ」


 あまりにうるさいので僕は家を出た。その間に親が倒れて介護が必要になったが、僕は帰らなかった。またうるさく言われるのが嫌だったし、帰ってこいとも言われなかったからだ。妹が死んでから実家に戻った。


 僕は結果的に不法投棄のゴミを片づけていたことになる。


「どうして僕がやらないといけないんだ」


 やっと妹の気持ちが分かった。恐らく妹の死因はストレスが大きく関わっていた。


 車のガソリンは満タンだ。これに乗って、どこかに行ってしまおうか。

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お疲れ様 青山えむ @seenaemu

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