あのおんせんまんじゅうが食べたいだけなのかも知れない

影神

湯冷めする程に



暖房を付けても、一向に部屋の温度は変わらず。


雪掻きをした手は霜焼けで痒くなり。


そろそろ雪が嫌いになりそうだ、、



「あぁあ、、


温泉に入りたいな。。」


曇った窓を見つめながら、ふと思い出した。



温泉、と切っても切れないものは何だろうか。


卓球に、浴衣??古いスナック?


いやいや。


温泉と言えば、断然。食べ物だろう。


卵も捨てがたいが、私は。



温泉饅頭派



である。



あの時のあの場所のある出来事で。


私は『言い伝えのあるまんじゅう』の虜になった。



何処にでもある。当たり前の様なその存在には。


私の知りもしなかった、こんな言い伝えがあった。



昔。温泉街が今よりももっと盛んだった頃。


ある出稼ぎに来た、一人の女が居た。 


昔は出稼ぎに温泉街へ行く事は、珍しくも無かった。



労働環境というのは、勿論。良くは無かった。

 

1日1食。


寝る時間等、殆んど無かったそうだ。



そんな昔の温泉街では、子供を捨てて行く者が少なくなかった。


捨て子はそのまま放置され、


当時は温泉街の"闇"とまで呼ばれていたのだとか、、



華やかな一面の裏側を。


私はその時初めて知ったのだ。



富裕層は娯楽を求めて。


庶民は、癒しを求めて。


温泉街には、沢山の人が集まった。



富裕層は、出稼ぎの者達を蔑んだ。


今も尚、そういう環境は変わらないが。


皆。我慢して、耐えた。


そうもしてまでも稼がなくてはいけない理由が、


皆にはあったのだ。



その中の女の一人が。


出稼ぎ先の宿主に黙って。温泉街の捨て子達に、


おんせんまんじゅうを食べさせていた。



捨て子達は、嬉しそうに食べた。


捨て子達は、その女の事を慕った。



しかし、ある日それを見た富裕層は、宿主にこう伝えた。


「こんな汚い物は、食べられない!!!」 


まんじゅうを床に叩き捨てると、次々と帰って行ってしまった。


そこから始まり、その旅館では。


いろいろと宿泊客から難癖を付けられる様になった。



店の評判は、がた落ち。


口コミは瞬く間に広がり。


旅館は売り上げを落とした。



接客業は評判が命だ。


その出稼ぎに来た女は、遂には宿主に見付かってしまい、


宿主から毎日毎日。虐められる様になってしまった、、



宿主「お前のせいで、店の評判が落ちた!


一体。どうしてくれるんだ!??



お前なんか、要らない!!」


「ごめんなさい。ごめんなさい、、


もっと精進致しますので、、



どうか、どうか、、」



女の扱いは日に日に悪くなったが、それでも女は寝ずに働いた。


そして、女はまた懲りずに。


捨て子達に呆れずにまんじゅうをやった。


「ほら。たんと、お食べ??」



しかし、女は日に日に弱っていき。


ついには、身体を壊し。


床に伏せる様になった。


宿主「働けない者は、要らない!!


今すぐここから、出ていけ!!!」



追い出された女は、帰れる場所も無く。


泣きながら近くの川へと、身投げした。



それを見ていた捨て子達は、


女に続く様に、次々と川へと落ちて行った。



以来。その温泉街一帯で、


「まんじゅうを、頂けませんか??」


と、女の幽霊と捨て子達が出る様になり。


渡さなかった者には、事故や怪我を負わせる様になった。



温泉街に来た者達は、皆。その幽霊達に合ったそうだ。



祟りを恐れた温泉街は、女と子供を供養する石碑を立てた。


捨て子達を皆で雇い。決して、同じ事が2度と起きない様に。


出稼ぎの者達を、より一層。大切にしたそうだ。



今でもその風習が残り。


まんじゅうを無償で2つ与え、


ひとつを石碑にお供えする様に。


ひとつは、自分以外の誰かに与える様にと。。



そんな話を初めて行った旅館で聞いて。


旅館の人にまんじゅうを貰った。



見た目はとても古く。歴史のある様な建物。


少し、怖くも感じた旅館だった。



シーズンから外れて予約したのに、


石碑にはそれなりの人集りが出来ていた。



「どうぞ。。」


私は言われた通りに、まんじゅうを供えた。



女の人の像には、子供達の像がしがみ付いていた。


川を見て。水の勢いを、飛沫で感じる。



そうもしてまで、赤の他人の子供達を愛した女性。


私には。。そんな事等、到底出来ないだろう、、



旅館に帰ると、まんじゅうをくれた旅館の人が、


またお出迎えしてくれた。


旅館の人「きちんとお供えしてきましたか??」


「はい、、


ですが、まだもうひとつを渡してなくて、、」


旅館の人「あらら。


じゃあ、私が貰いましょうか??」


「はい。。


是非、、」


冷たくなったまんじゅうを渡すと、


旅館の人は私に温かいまんじゅうをくれた。


「どうぞ??」


「えっ、


良いんですか??」


旅館の人「ええ。


是非。温かいのを食べて下さいっ。」



まだ温かいまんじゅうをちぎると、


中から赤紫色の綺麗なアンが出てきた。


「いただきます。」


まんじゅうを口に入れると、優しい甘さが広がった。


「美味しいです。」


旅館の人「良かった。」



何だかその笑顔は。


何処かで見た事のある様な、懐かしい。


そんな、感じがした。



「また。行きたいな、、」



寒いから、温泉に入りたいのか。


あの旅館の人に、また。会いたいのか。



窓から差し込んだ日の陽を見つめる。


いや、それとも私は、、



「はぁあ、、眠っ」





















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