27 サバロ防衛戦:力無き英雄

「ウゴオオオオ!」


 オーガが金棒を振り上げる。

 その攻撃はひたすらに、力任せ、勢い任せ。小回りが利かない巨体を最大限に活かすなら、この戦い方が最強だろう。


 その金棒が最高点まで振り上げられ、振り下ろされる……よりも、寸の間早く。

 巨人の兜の、まるで牢獄の鉄格子みたいなバイザーの隙間を通し、矢が突き立つ!


「当たった!」

「グアアア!」


 アリアンナの放った矢が、オーガの目を射貫いたのだ。

 矢継ぎ早に二発。精密正確に両目へ。いかに強大なオーガであろうと、眼球は脆弱だ。


 オーガはそれでも怯まないが、目を潰されたことで攻撃の狙いが狂う。

 金棒は明後日の場所に振り下ろされて、石畳をかち割った。


「ウグオオ! オゴオオオオ!!」


 オーガは癇癪を起こしたように咆え散らかし、金棒を一旦放り出す。

 そして矢を、抜いた。涙のように血を流しながら、しかし何の躊躇いも無く。


「■■■■!」


 直後、経文を読むような不気味な声がどこからか響いた。

 するとオーガの出血がたちどころに止まった。

 そしてオーガは、兜越しに目を押さえた後、放り出していた金棒を拾い直す。

 視力が回復した様子だった。


「あれは回復魔法!?」

「それはそうだ……オーガの重装歩兵には当然、支援要員が付く……」


 敵はこの強大なオーガだけではない。

 魔法で支援する者を排除しなければ、目潰しすら通らない。

 そして、そんな悠長な戦いをしている余裕は無かった。


「ミーシャ、後ろ!」

「!!」


 背後を振り返れば、そこには魔物兵の姿。ゴブリンと魔人族ナートゼン、合わせて十匹ほどだ。

 どうやら手頃な獲物は今のところ他に居ないようで、アルテミシアたちを見るなり突撃を開始する。


 目的地までは、あと一歩。

 オーガを多少なり足止めできるのはアリアンナだけだ。だがそのアリアンナを無事に目的地まで送り届けなければ、策は成らない。

 もはや一か八か。オーガが攻撃を空ぶってくれることを祈って駆け抜けるという手もある。とても成功するとは思えないが。


「フゥウウウ!」

「ギルバート、お前……!」


 ギルバートは、背中の毛を逆立ててオーガを威嚇する。手負いなれど気迫には鈍り無し。そして一瞬、ルウィスの方を振り返った。


 これから自分が飛びかかる、その間に進め、と言っているのだ。おそらくアルテミシアと同じように、ここを駆け抜けるしかないと考えたのだろう。

 この巨人を相手にギルバートがどれほど戦えるか分からないが、彼が命懸けで時間を稼ぐなら、残りの者の生存率は5%くらい上がるかも知れない。


「やめるっす、ネズミ捕り長。そりゃ、あんたの仕事じゃねえっすよ」


 突如だった。

 石畳が伸び上がって、アルテミシアたちの前後に巨大な壁が生まれ、魔物兵たちの姿は見えなくなった。


 道脇の建物の窓からひょっこりと、カルロスが姿を現した。

 何故だか彼は『ノームの左手の杖』を持っていた。彼が壁を作り、アルテミシアたちを守ったのだ。


「カルロスさん!」


 助けられてありがたいやら、無事でいてくれてほっとしたやらだ。

 だが、同時にアルテミシアは何か不穏なものを感じた。別人かと思うほどにカルロスは、やつれて疲れ切った様子に見えて。


「その杖はどうしたんだ?」

「すまねえっす。通り道で死んでた騎士様から、ちと拝借したんす」

「どうしてここに……」

「こっちに逃げりゃいいって聞いたんすけど……

 やっぱり安全な場所なんて、無いんすね」


 へらりと、カルロスは笑った。

 彼は普段、こんな顔をして、村の皆と付き合っているのだろう。


「ブゴアアアアア!!」


 唐突な粉砕!

 巨大なオーガが巨大金棒で、土壁をぶち壊した。

 背後のゴブリンや魔人族ナートゼンにとって、魔法の土壁は容易ならざる障害となったようだが、オーガにとっては容易く打ち破れるものだった。


 壁を破ってオーガが姿を現したその瞬間、飛び散った土塊が地に落ちるよりも早く、アリアンナが再び目潰しの矢を放つ!

 二連続の矢は、やはり狙いを違えず命中。だがそれは回復が済むまでの、ほんの僅かな猶予だと、アルテミシアたちは既に分かっている。

 カルロスも。


「俺の命は、あんたに貰った。

 今が返すときっす」

「そんな!」

「じいちゃんもばあちゃんも、親父もお袋も、弟たちも、牛たちも……よかったら、よろしく頼むっす。

 魔物が攻めてきた時、皆を守れるのは、俺じゃなく……

 坊ちゃまやアルテミシアさんみたいに、でかいことができる人だと、思うから……」


 カルロスは進み出る。

 片手に鎗を、もう片方の手に杖を持って、オーガに立ち向かい、アルテミシアたちから距離を取る。


 次にカルロスが杖を振ったとき、街の形が変わった。

 道脇の建物や周囲の石畳まで抉って、それが新たな壁に変じ、三重の障壁となって天へと伸びていく。それは窓も扉も無いコロシアムだった。

 カルロスの後ろ姿が壁の向こうに消えた。


 アルテミシアは、それこそオーガの金棒でぶん殴られたように、打ちのめされて酷く混乱していた。

 その感情の形を、アルテミシアは知らない。自分が何故これ程に衝撃を受けているのかすら理解できなかった。


「早く!」


 ルウィスが叫ぶ。


「アルテミシア!

 戦士の覚悟を踏み躙るな!

 逃げて、生き延びて、次に戦うんだ!!」


 未だ、思考停止に等しい状態だったが、ルウィスの檄でアルテミシアの足は動き出した。


 魔物たちは、殺害を最優先行動としている。あのオーガも、目の前に獲物が居る間は、壁を壊して次の獲物を探そうなどと思わないだろう。

 ここで足を止めていたらカルロスのした事まで全て無駄になってしまうのだという、冷静な思考がアルテミシアの中にあった。それはまるで誰かが耳元に囁いているかのようで、本当に自分自身の思考なのかさえ、アルテミシアは分からなかった。


 *


 井戸の底のように、丸く土壁に囲われた場所に、カルロスは居た。

 相対するは、オーガの重装歩兵。

 いや、それだけではなかった。何も居なかったはずの場所で、空気が揺らめいて輪郭を描き、赤と黒の冒涜的法衣を身につけた魔族の神官が姿を現した。

 魔法かポーションか、何かで姿を消してオーガに随行していたのだ。


 両目を射貫かれたはずのオーガは、既に復活していた。

 だが、オーガが放り出した金棒は、壁を作るときに外に弾いた。

 相手の武器は拳だけだ。


 カルロスは、魔力の限り壁を作って、ただの棒になった杖を放り出す。

 そして鎗を構えた。


「ションベン漏れそ……

 あ、トイレはさっき行ったか。いやー、よかったよかった」


 もはや自分が何を口走っているかも定かでない。

 そんなカルロス目がけ、オーガは力任せに殴りつける。


「ブオオオオ!!」

「うおお!」


 集団戦で槍衾を作るときのように鎗を突き立てていたカルロス目がけ、オーガは真っ正面から拳を振るった。

 一撃で死ななかったのは、ほぼ奇跡。

 構えた鎗にオーガの拳が突き刺さり、カルロスの身体が浮いた。


 鎗はへし折れ、カルロスは圧力で吹き飛ばされる。

 拳で直接殴られたわけでもないのに、とんでもない勢いで土壁に叩き付けられた。星が瞬くように視界が明滅し、骨が軋む!


「へへ、一発で潰されてたら……

 時間稼ぎにもならねえんだよ!!」


 痺れて感覚も曖昧な手で、カルロスは剣を抜いた。

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