23 サバロ防衛戦:避難

「……あいつら、もう全員やられちまったのか?

 役立たずどもめ……」

「超一流冒険者を舐めるんじゃないわ」


 今ばかりはアルテミシアも雄一の驚きに同意した。

 レベッカを取り囲んだ魔物兵たちは、明らかに装備も豪華で、精鋭揃いの雰囲気だった。

 一度は自分を倒しかけたレベッカへの対策なのだから、雄一も相応の戦力を送り込んでいる筈。

 ところがレベッカはこうして健在で、ここに現れたのだから。


「南側へ逃げなさい、ミーシャ。

 あっちは今のところ安全」

「させるかよ!」


 魔法の前兆。

 雄一は、ひとまずアルテミシアを片付けようとしていた。

 攻撃が当たりさえすれば一撃だ。そしてレベッカに、リアのような防御魔法は無い。


 だが、レベッカは雄一の動きも意図も完全に読み切っていた。

 矢のような光が一閃!


「ぐが!?」


 何かが、雄一にぶち当たって炸裂し、余波の熱を撒き散らした。

 雄一は圧力に弾かれて盛大に縦回転して転がって行った。

 アルテミシアの見たものが確かなら……レベッカの左目からビームが出て雄一に当たった。


「目からビーム出たぁ!?」

「この左目、義眼なのよ」

「普通、義眼からビーム出るようにはしないでしょ!?」

「とにかく早く、今のうちに!」


 レベッカの言葉に背中を押されるように、アルテミシアは駆けだした。

 その時には、ビームの直撃で吹き飛んだ雄一が、起き上がろうとしているところだった。


 直後、対峙する二人とアルテミシアの間に。

 まるで地から湧き出すかのように、巨大な光の壁が立ち上った。


 ――これは! 確か……都市防衛用の魔法のバリア、とかいうやつ?


 そういう防衛設備があるとは事前に聞いていた。

 本来なら、都市の上に屋根のように展開されて、魔法や大砲による遠距離からの都市攻撃を防ぐものだ。

 だがそれが今、都市の一区画を仕切るように縦展開され、レベッカと雄一が居る場所だけを隔離していた。


 悪魔の如きチート超人なら、魔法の障壁ぐらい破れるだろう。

 一発二発、その拳でぶん殴ればカチ割れそうだ。

 だが、そんな隙をレベッカが許すだろうか。


「どけや、男女ぁ!

 俺はそっちのメスガキに用があるんだよ!」

「ならば尚更、通せないわね!」


 戦いの気配を背中に感じながら、アルテミシアは必死に走った。

 今は逃げることしかできなかった。


 * * *


 テントが燃えていた。

 打ち倒されて、焚き火に引火し、燃えていた。


 その広場では既に全てが終わっていた。

 魔物たちは通り過ぎた後で。

 それと戦う兵も、避難させるべき民間人も居ない。


 ただ独り、石畳に爪を立てて、慟哭する男があった。


「なんでだよ……なんでこうなるんだよっ……」


 寄ってたかって腹部を滅多刺しにされたと思しき、老婆の死骸を前にして、カルロスは咆えるように泣いていた。

 力でも技でもなく、数によって殺された老婆は、噛みしめた残り少ない歯の間から血を吹いて死んでいた。


「生きさせてやれよ……あと少しだろ……

 なんのために……こんなことっ……しやがったんだ……!」


 誰もカルロスの問いには答えなかった。


 * * *


 アルテミシアが南へ逃げて行くと、すぐに、逃げ去る人々の流れが目につき始めた。

 防人部隊の兵が道の所々に立ち、辺りを警戒しながら、逃げる方向を指示しているのだ。


 街は城館を中心に、ほぼ円形をしている。

 アルテミシアが行き着いた先は、南東側、丁度城館と街壁の真ん中くらいにある大きな広場だった。


 さして離れてもいない場所から、戦いの音が聞こえる。

 鬨の声、炸裂する魔法の音、打ち鳴らされる干戈の響き。

 芋を洗うように多くの人々が広場に身を寄せ合って、不安げに囁き合っていた。


 だが、アルテミシアが姿を現すと、アルテミシアを視認可能な範囲に沈黙の波が伝播した。感嘆の溜息だけは聞こえた。

 そしてモーセが海を割ったように、行く手の人々が道を開けた。

 この場の市民は命を守るために軍の指示に従っている。彼らの行動を阻まないのと同じように、アルテミシアの存在も、阻んではならない重要な何かだと認識したようだ。

 正直、この状況で自分が何だと思われているのか若干の疑問はあった。


「ミーシャ、無事だった!?」

「アリアさん!」


 そこにアリアンナがすっ飛んできた。

 片手にショートボウを持ち、腰のベルトには矢立。暴圧的な胸部には革製の防具を着けて自分の弓の弦から守っている。

 ただ、この恰好は魔物と戦うためのものではなく、魔物たちが迫ってきたときに丁度弓の練習をしていただけだろう。

 彼女は街の外の練兵場に居たはずだが、避難民を追う魔物たちがこちらに来ていると知って、ちゃんと避難できたようだ。


「みんなすごい勢いで道を空けたから、絶対にミーシャが来たと思った」

「はは……それはどうも……」


 アルテミシアは生ぬるく笑うしかなかった。


「やっぱりお前か。

 皆が一斉に道を空けたから絶対にお前だと思ったぞ」

「ニャー」


 そこに、さっきと同じような言葉が飛んできた。ただし今度は男の子の声で。


 人々が開けた道を歩いて、ギルバートを抱いたルウィスがやって来た。

 彼は剣を提げ、鎖を繋ぎ合わせたような上衣(チェインメイルというやつだろう)を着ていたが、それは形式的な武装という雰囲気だ。護衛役らしき白銀色の重装騎士が二人、彼の左右を固めていた。


「……なんだ?」

「い、いえ、何でも……」

「ぷっ」


 自分がどういう形で信頼されているか思い知ったアルテミシアはどういう顔をすればいいか分からず、アリアンナは笑いを堪えていた。


「あの、城館の北側でお姉ちゃんが……」

「把握済みだ、誰が障壁を展開したと思っている。

 主戦場から離れた場所で、上手く足を止めてくれたな。こちらも支援要員を送っている。

 ……と言っても、僕が指揮をしているわけではない。将軍任せだ」


 何か伝えるまでもなく、既にルウィスは状況を把握している様子で、アルテミシアはほっとして頼もしく思うと同時に、何か空恐ろしいものも感じた。

 あの悲惨な戦闘も……チート超人の大暴れさえも、この街で起こっている全ての戦いの中では、状況の一部に過ぎないのだ。そして騎士たちはさらに上の視点から対処している。


「敵部隊は街壁北門から侵入し、市街を制圧しつつ南へ向かっている。

 こちらは城館を拠点として、それを止めている状況だが……

 とにかく、敵兵の動きが奇妙なんだ。

 最初、バラバラに突っ込んできて手当たり次第に市民を殺害していた。それを各個撃破したことで戦局は優勢になったが、市民の被害が甚大だ」

「そんな……」

「今は大通りを中心に、まともに戦っているようだが……」


 ルウィスは市民を虐殺された事への怒りと、敵の不可解な行動への疑問を滲ませた複雑な表情だった。


 確かに奇妙な話だが、それはアルテミシアが見たものにも合致する。

 最初にレベッカを襲った決死隊はノーカウントとしても、戦いが始まってすぐに街の中心近い場所に、少数のゴブリンが入り込んで逃げ惑う人々を狙っていた。それはただの無謀な行動であり、冒険者たちの手によって即座に鎮圧された。


 そこにはルウィスや騎士たちさえ図り得ぬ裏の狙いがあるのだろうか。

 あるいは、よもや。


「坊ちゃま、遠話です」


 護衛騎士の片方は、鉄板に多重のバンドで何枚もの札を留めた物体を持っていた。

 その札のうち一枚が青白い炎を放っていた。


 通話符コーラーというマジックアイテム。

 言うなれば、魔法の使い捨て無線機みたいな物だ。


「繋げ」


 騎士が表面の模様と呪文をなぞると、通話符コーラーの向こうから声が聞こえてきた。

 切羽詰まった声が。


『危険です、坊ちゃま!

 敵が一斉にそちらへ向かって、自殺的な突撃を開始しました!』

「なんだと!?」


 聞こえてきた言葉が何を意味するか、すぐにそれは明らかになる。

 アルテミシアにとっても、周囲の人々にとっても。


 人ならざる者らの咆哮、そして、迫り来る人々の悲鳴として。


 広場の入り口には、魔法で作ったと思しき、即席の土の塔があった。その上から光の矢が数え切れないほど放たれる。

 これは定置魔弓なる防衛兵器。魔法のエネルギーを弾にして飛ばす、言うなれば魔法の機銃だ。

 その魔法弾が、つるべ打ちに、意外なほど近く目がけて打ち下ろされている。


 魔法弾の射撃が当たれば人だって死ぬのだ。

 あんなものを目の前にぶっ放せるのだとしたら、目の前には既に魔物しか居ないか、味方や市民を巻き添えにしてでも撃たなければならない状態だという事だ。


「何を……考えているんだ!

 戦いの勝利を捨てて、防衛拠点でなく市民を狙うのか!?」


 魔法で土を固めた塔が、打ち崩され、広場に魔物たちが流れ込んできた。

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