22 サバロ防衛戦:冒険者の奮闘

「こいつが悪魔?」

「なるほど、畜生の面構えだ」


 前口上もそこそこに、様子見も無く、鋭く投じられた四本のダーツが雄一を襲った。

 狙いは信じられぬほどに正確無比。それらは二本ずつ、雄一の左右の眼球を狙っていた。


 ピエロ装束の小人、カルプメルが投じたものだ。

 カルプメルは、リリパットという種族で、大人であるがアルテミシアとさして変わらぬ身の丈だ。

 彼らの手先は如何なる工具よりも精密に動く。その器用さは当然戦いの技にも転じ、カルプメルはそれを極めた者の一人だった。


「うおあ!?」


 雄一は、反射的にそれを、腕で防いだ。

 戦い慣れた者の防御行動ではない、完全に素人の反射行動だった。


 だが、その腕は硬い!

 ダーツは手の甲にも命中したが、恐ろしいことに擦過傷すら付かなかった。


 ノーダメージ。

 しかして、その防御の隙は見逃されなかった。

 ずんぐりとした筋肉ダルマが、その外見からは想像もできぬ機敏さで距離を詰める。

 そして雄一の腹部に、岩塊のような拳が叩き込まれた!


 彼はドワーフの格闘家、ゴイジャム。

 ドワーフは人間より低身長の種族だが、ドワーフの男は大抵筋肉ダルマで、人間の倍ほどの体重を持つ。ドワーフは鍛錬を至上の価値とし、金属を打ち鍛えるのと同じように己の肉体も鍛えるのだ。


 ガラ空きの腹部をゴイジャムに殴り飛ばされた雄一は、矢のように吹き飛んで近くの建物の壁をぶち抜いた。


「なんじゃ、手応えの無い」

「いえ、気をつけてください!」


 普通ならこれで死ぬ。

 だがアルテミシアは、レベッカに大斧で打たれた雄一が同じように吹き飛び、立ち上がったのを目の前で見ている。

 身体の重さは常人同様であるため、大きな衝撃を与えれば吹き飛ぶが、雄一自身はその程度でダメージを受けないのだ。


 直後。

 放り込まれた建物から、窓を割って飛び出してきた雄一は、手を一振りするだけで己の周囲から八本のビームを同時に放つ。

 それは石畳に一直線、いや直線のミゾを刻みながら薙ぎ払われ、冒険者たちを、そしてアルテミシアを襲った。


 おそらく全てが致命的な一撃。

 だが冒険者たちは、数秒後の未来が見えているかのように飛び退いて、それを全て回避する。

 逃げ遅れたアルテミシアは。


「≪対魔障壁マナバリア≫」


 青白い光の壁によって閃光を遮られ、命拾いした。

 背後では、熱線で輪切りにされた建物が轟音と共に崩れ落ちた。


「あ、ありがとうございます」

「泣かないだけで上等よ」


 ローブ、三角帽子、そして杖という、魔女スタイルのお姉様が、長い銀髪をさっと掻き上げてクールに言った。彼女の名はリア。人間の若い女で、魔術師ウィザードだ。

 コスプレのような印象が出てしまうのは、戦いの場には不似合いなほど整った彼女の容貌のせいだろう。

 戦場の花と言うには、ちょっと気迫がありすぎる。触れれば皮膚が裂けて血を吹かせるような、彼女は氷の華だった。


「全部防いでたら私の魔力がもたないから、多少は避けて」

「分かりました!」


 近づけば巻き込まれるが、離れれば追われて捕まる。


 雄一はこの街を攻める戦いの中で、本来は枝葉であろうアルテミシアの殺害を、第一に済ませるべき仕事としてここに来たのだ。

 簡単に諦めてくれるとは思えなかった。


「援護しろ!」


 ゴイジャムは地を滑るような速度で猛進。

 その姿はさながら暴走する肉弾機関車だった。


 雄一はそこに手をかざす。

 魔法による迎撃の気配。


「≪氷嵐ブリザード≫」


 リアの魔法が先んじた。

 竜巻のような局地的猛吹雪が巻き起こり、唸りを上げて雄一を呑み込んだ。


「ちっ!」


 雄一の手から炎が吹き上がり、吹雪を噛み裂いた。

 リアの魔法は内から破られた。


 だがそこへ、吹雪の残滓を蹴立て、ゴイジャムが殴りかかる!

 岩塊のような拳を握り合わせ振り下ろす、渾身の一撃!


「ぐっ……お!」

「ぬん!?」


 雄一は腕で受ける。その腕が、メキリと軋む。その両足は垂直方向への圧力で石畳にめり込んだ。

 だがそれだけだ。骨くらいは折れたようだが、骨が折れた程度なら絶対にすぐ治ってしまう。


「舐めんじゃ……ねええ!」


 雄一が、ゴイジャムの腕を掴み返す。

 そして子どもがぬいぐるみを振り回すように、ゴイジャムの巨体を軽々と地に叩き付けた。


 ロランが、その腕を狙う。

 扱いが難しいだろう大剣で、精密な一閃!

 雄一の右腕が切り飛ばされた。


「痛え!」


 一瞬、腕の断面から血が舞う。

 それは本当に一瞬だった。すぐに断面から肉が盛り上がり、元の通りに再生した。


「おい、マジかよ」


 雄一についての情報は、既に冒険者たちにも共有されているはずだが、それでも目を疑った様子でロランは愕然としていた。


「平気?」

「なんとかな。……ごほっ」

「回復するわ」


 よろめきながら立ち上がったゴイジャム。

 治癒の魔法を使おうとするリア。


「死んどけぇ!」


 即座にそれを狙う雄一!

 戦闘によって砕かれた建物の残骸が、散乱する瓦礫が、ふわりと浮かび、燃え上がる。


 それがゴイジャム目がけて飛翔する……と思われた瞬間。


「ぶっ」


 雄一の顔面で何かが弾けた。

 集中が途切れ、浮かんでいた瓦礫が辺りに転がる。


 カルプメルがかんしゃく玉のような何かを投じ、雄一にぶつけたのだ。

 さらに彼の両袖から、よく見なければ分からぬほどに細い、輝く何かが迸る。

 アルテミシアには何が起こったかも分からぬ不可視の早業。雄一の着ていた偉そうな服が胸元で十字に斬り裂かれ、更に首からうっすらと血が流れた。


 銀色のワイヤーが、ムチの如く雄一の首に巻き付いていた。

 そしてカルプメルが近くの店の壁を駆け上がり(アルテミシアも我が目を疑ったが、そうとしか見えなかった)吊り看板を乗り越えて着地。


 ワイヤーが雄一の首を吊り上げた。

 首吊り状態にされた雄一の首に、自重で肉が食い込んで血が滴る。このチート超人の肉体を傷付けるのだから、このワイヤーも尋常な代物ではない。


「うぜえええんだよ! うぜえだけなんだよクソチビぃ!」


 そのワイヤーを、指が裂けるのも厭わず、雄一は掴んだ。そして怪力で引き千切る。

 その動作と同時に、魔法が飛んだ。無数の火の玉が弧を描き、宙を飛翔し、カルプメルを半包囲するように追跡する。


「おおおっと!」


 カルプメルはすぐ隣の店舗に飛び込んだ。

 火炎弾が炸裂し、壁を、扉を、商品棚を破砕。窓硝子が砕けて、帳簿が燃えながら舞い飛んだ。

 その後、二階の窓に嵌められた『バカでも分かる低価格』という看板を内側から蹴り落として、カルプメルは飛び降りてきた。


「無理はすんな、できることしてくれ!」

「あいよ!」


 その時にはもう治療を終えたゴイジャムが、再び突進を開始。

 闘牛の如く地を踏み鳴らし、雄一に迫る。


「またそれか、バカが!」


 雄一の手から天へと、雷が擲たれた。

 晴れているはずの空に、稲光が渡る。致命的な攻撃の前兆、という雰囲気だった。しかも敢えて『置き』の攻撃を仕掛けている。仕掛けてくる冒険者たちに合わせ、敢えて時間差を作った攻撃を準備しているのだ。


 当然、冒険者たちは、そうと分かっている筈。

 ゴイジャムはそれでも猛進する。

 あと三歩。

 あと二歩。


「ガラ空きだ!」

「あぁ!?」


 財布を擦り取るような、一瞬の虚を突いた早業。

 カルプメルが雄一の背後から、その頭にさっと鉢巻きを着けて目隠しとしていた。


 まるで子どものイタズラのような攻撃だ。

 だがそれは、戦い慣れしておらず、目で見たものに対応しているだけの雄一には覿面に効いた。


「ぬおおおおっ!」


 ゴイジャムの豪腕が、動きを鈍らせた雄一を掴む。

 彼の筋肉が更に盛り上がる。城塞の如き背筋が浮かんで、武闘着越しにも見て取れた。ナイスバルク!

 そして、チートによって恐るべき強度を誇るはずの雄一の肉体を、折りたたんだ。


「おごっ!? おびょっ!?」


 雄一が珍妙な悲鳴を上げた。

 腕が、足が、腰が、あり得ない方向に折り曲げられて、引っ越しの段ボールに梱包できるほどのコンパクトなサイズに雄一が圧縮されていく。


「やれ!」

「っしゃあ!」


 道脇の街路樹二本の間に、カルプメルは三重のワイヤーを張っていた。

 ロランがそれに飛び乗る。

 しなる。

 踏み切る!


 ロランが鎧を鳴らして高く跳躍したその瞬間、天より轟雷が舞い降りる!

 その場の全員を狙った、魔法の雷だ。


「≪激流葬ディープシツクス≫!」


 リアが対抗して魔法を使う。

 獲物を狙う大蛇が飛びかかるかのように、渦巻く水流が、飛んだ。

 水流は巨大な水のアーチとなって、降り注ぐ雷を受け止める。

 貫通は……せず! 水のアーチが雷を纏い、アーチの根元でスパークを弾けさせながらクレーターを作った。


 おそらく本来は激流を生みだして敵を圧殺する攻撃魔法。

 だがリアはこれを使って、敵の強力な魔法攻撃を、最も効率的にたのだ。魔法によって生み出される『概念の水』に、純水の如き絶縁性能は無く、水というものに求められる役割を果たす!


 跳躍したロランは何にも遮られず、ゴイジャムの抑え込む雄一に向けて落下。

 具材過剰のハンバーガーを留めるピンのように、ロランが剣を突き下ろす!


「ごぼっ!」


 串刺し!

 奇妙な大剣が雄一の背中を貫き、彼を石畳に縫い留めた。


 さらにカルプメルが、どこからか、象でも繋げそうなほど重厚な鎖を付けた手枷を取り出した。魔法を封じるための拘束具だ。

 カルプメルがそれを投じると、狙い違わず、鎖は雄一の首を一巻き。そして鎖の両端の枷はピタリと、あらぬ方向に居り曲げられた腕に嵌まった。


 ――行けるか!?


 ほんの一瞬、これで全てが終わるかと、アルテミシアも思った。


 そのまま、およそ、三秒間。

 永遠より長い静寂があった。


「……の、野郎…………」


 みしっ、と嫌な音がした。

 それは雄一の体組織が軋む音だった。


「何!?」


 ゴイジャムが目を剥いた。

 身体をデタラメに折り曲げられ、大剣で串刺しにされ、その上からゴイジャムが巨体と怪力によって抑え付けている。

 それでも尚、雄一が動こうとしているのだ。


「手を貸せ!」

「抑えろ!」

「≪膂力強化ストレングス≫!」

「おおおおおおっ!!」


 ロランも、非力であろうカルプメルまでも、雄一に取り付いて抑え込む。

 リアは魔法でそれを支援した。


 だが、それでも、少しずつ。

 肉体と鎖が軋み、圧力が膨らむ。

 ろくに力が入らないはずの態勢で。


 手枷の鎖の輪が。

 拡がる。裂ける。千切れる!


「≪放電爆破スパークブラスト≫!」


 視界が白黒に染まるほどの大光量。

 まるで雄一の身体が爆発したかのように雷が発生し、辺りを薙ぎ払う。

 石畳が円形にめくれ上がった。


 網膜に光が焼き付いたかのように思ったが、それが晴れたとき、雄一はクレーター状に割れて焼けた石畳の中心に立っていた。

 身体はまだねじくれていたが、ゴキリ、ゴキリと音を立てて、徐々に元の形に戻って行く。

 その手に雄一は、黒焦げになったゴイジャムの首を掴み上げていた。


「あぁあ、うざってえ……

 かばい合って、命懸けになって、ヒーロー気取りどもがよぉ……

 てめえらは無駄死にしに来ただけのバカだ。大人しく土下座してりゃ、殺さねえで奴隷にしてやってもよかったのによ……」


 雄一は黒焦げの死体を、車の窓から煙草の吸い殻をポイ捨てするみたいに、投げ捨てた。

 そして、背中から突き刺された大剣を、自ら引っこ抜く。

 血がこぼれたのすら、一瞬。

 剣が抜かれるなり傷口は塞がり、痕すら残らなかった。


 アルテミシアはまだ、この世界のことをよく知らない。

 パワーバランスを見誤っていた。

 あれと単独で戦っても追い込んだ、レベッカが異常なのだ。

 精鋭冒険者として、少なくとも地方レベルでは名を知られているという者が四人がかりでも、雄一に敵わず、ゴミのように死んでいく。


 そして、疾風の如く……いや、そんなスタイリッシュなものではない。

 ゴム鉄砲の弾みたいに雄一が、リアに飛びかかった。


「あぁっ!」


 怪力で潰さぬように、手加減してリアを組み伏せ、雄一は舌なめずりをする。


「てめえだけは生かしておいてやる。俺の奴隷になりな」

「ファック!」


 リアの吐いた唾が弾けて、雄一の額に、氷の棘が突き刺さっていた。


「気が変わった」


 爆発!

 至近距離からの攻撃魔法によってリアの頭部は粉砕され、脳漿と鮮血、頭蓋の破片が放射状に散らばった。


 ゆらりと、雄一は立ち上がった。

 もはや彼にとっては無価値となった、首無しの死体には二度と目もくれず。

 服は自ら発した魔法によってボロボロに焼け焦げていた。

 その下に見える身体は……肉体美を表現した石膏像のように、無傷。本人のものも含めた血で染まってはいたが、傷など一切存在しない。全て治ってしまったのだ。


「バカは死んでも治らねえ!

 掃除するしかねえんだ!」

「だったら、まずはあなたが死ななきゃね」

「あぁ?」


 鎧を鳴らして歩く、たった一人の足音が、アルテミシアには万の軍勢より頼もしかった。


「お姉ちゃん!」


 その髪よりも赤い返り血を、大斧に纏わせて、レベッカがそこに居た。

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