16 才能

 それが都市であろうが、砦であろうが、守りを固めた陣地を攻め落とすには苦労する。

 防衛側より遥かに多い戦力を注ぎ込むか、少なくとも優勢な状態でじっくり攻囲を仕掛けていくか、ということになる。

 サバロの街は領境封鎖部隊の背中を脅かす位置の街だから、本当なら攻め落としておきたかったはず。無事だったのは、魔物たちの側に、街を落としている時間的余裕が無かったからというだけの話だ。

 街の者たちは魔物の脅威に震えていた。そこにやってきた防人部隊は恐怖からの解放者として、戦勝記念パレードのような大騒ぎで迎えられた。


 もちろん、浮かれている場合ではない事は、当の防人部隊が一番分かっている。

 まず兵の駐屯先を手配すると、幹部の騎士たちは休み無く、次の作戦への準備を調え始めた。


 * * *


 防人部隊のほとんどの者は、思い思いに身体を休めるなりしていたが、一部の者は訓練によって戦いに備えていた。


 サバロの街は、街壁の北門を出てすぐの所に野外練兵場があった。

 練兵場とは言え、魔物が襲って来れば踏み潰される場所なので、整地されているだけで特に建物は無い。

 器材やテントなどを、必要に応じて出して使う場所らしい。


 その練兵場の弓射レンジで、事件は起こっていた。


「弓って……意外と簡単なんですね」

「「「そんなわけがあるかーっ!!」」」


 アリアンナの感想に、その場に居合わせた弓兵一同の総ツッコミが入った。


 同心円状に塗り分けられた的のど真ん中に、十本の矢が突き刺さっていた。

 そのうち二本などは、既に刺さっていた矢の尻を割って、引き裂きながら突き刺さっていた。

 これが、アリアンナが生まれて初めて撃った、十本の矢だった。


「本当に天才だわ、この子……絶対に当たらないような狙い方でも確実に当ててる」


 教えていたレベッカの方が頭を抱えるような、冗談としか思えないような、超常的射撃術だった。

 可愛らしいサイズの弓で、素人丸出しの引き方で、山なりの軌跡を描くへなへなの矢を飛ばして、だがそれが全て正確に当たる。

 アリアンナがチート能力を持っていると知っているアルテミシアさえ、見ていて我が目を疑うような光景だった。


「これで私、戦えますか!?」

「うーん、あなたの力じゃ強い弓は引けないから『敵を倒す矢』は撃てないわよ。

 撃った矢が全部当たるとしても、できるのは、ひたすら急所狙いで敵を怯ませて味方と連携するなり、当たれば確実にダメージになる魔力矢を使うなり、かな。

 いいとこ護身用ね」


 思った以上の成果を出して、鼻息も荒いアリアンナを、レベッカは冷静な分析で諫めた。


「たとえば、これが騎士の使うような長弓ロングボウだけど」


 まるで、鳥が身につける翼用の鎧みたいな弓を、レベッカは持ち出した。


 弓射レンジには、距離を変えていくつもの的が置かれている。アリアンナが矢を撃っていたのは二十メートルくらいの距離の、最も近くに置かれた的だったが、レベッカは最も遠い、百メートル先の的を狙った。

 矢の大きさすら違う。美しいフォームでレベッカが弓を引いて、放つと、風を擦る鋭い音が遠のいていった。

 そして、タアン、と小気味良い音が遠く響いて、的の右下に矢が刺さった。


「……なまってるわね。

 アリアンナ、あの的を狙ってみて」


 アリアンナの持つ弓は、レベッカの持つものと比べたら細く、小さい。

 それをアリアンナは思いっきり引き絞って、天を射るように高く打ち上げた。だが、それでも矢は的の遥か手前の地面に、滑り込むように突き刺さった。


 ――当たらない。

   そうか、アリアさんのチートは『当たるように狙える』能力で、『物理法則を無視して絶対に当たる』能力じゃないんだ。


 もしかしたらこれも当たってしまうのか、とアルテミシアは一瞬思ったが、無理なものは無理だった。


 ――【チート看破】で見える能力説明ってすごく簡潔だけど、実際には色々とややこしい仕様があるんだ……看破と言いつつ、あんま信用できないなこれ……


 アルテミシアの調合もそうだが、チートにはチートの法則があるらしい。決して、なんでもありではないようだ。そしてそれは、実際にチート能力を使ってみないことには詳細が分からない。


「この射程の違いが、そのまま弓の強さの違い。

 こっちの弓は近距離なら鎧も貫通するけど、あなたの弓では無理よ」

「それ、ちょっと持ってみていいですか?」

「あっ、わたしも持ってみたい」


 アリアンナはレベッカから弓を渡され、アルテミシアには近くに居た騎士が練習用の弓を貸してくれた。

 その大きな弓を受け取るなり、アルテミシアは重さでずっこけそうになった。しかも弦を引き絞ってみようとしても、恐ろしいことにピクリともしない。


「か、硬っ!? 重っ!?

 ちょ、ちょっと待って、いくらなんでも!

 こんなの機械でも使わなくちゃ引けなくない!?」

「んーっ……ダメそう」


 アルテミシアは確かに非力だが、健康優良児アリアンナでも、レベッカの半分も引き絞れなかった。


「騎士の皆さん、こんなのを当たり前に使ってるんですか?」

「王侯貴族なんて、みんな才能がある同士で結婚して血筋を強くしてるから、生体魔力の回路が生まれながらにできてるのよ。

 可憐で可愛いお姫様だって、ちゃんと鍛えればオーガと殴り合えるくらい強くなるんだから」

「はは……私はどうも、この歳になってもまだお父様に敵わない出来損ないですがね」


 若き騎士はアルテミシアに弓を返してもらって、それを軽々引き絞る。そして百メートル先の的の中心を射貫いた。

 決して彼は筋肉ゴリラの猛将ではなく、アイドル風の優男だ。こんな恐ろしい強弓を扱えるようには見えないのだが、彼はそれを平然と使っていた。


 ――もしかしてこの世界、人間の身体能力さえファンタジーなのか……?

   こんな超人どもが戦って……それでも児嶋と魔物どもには負けたのか……


 カルロスやアリアンナを見るに、この世界にも凡人は存在するようだ。

 だが同時に、地球の常識ではあり得ないような超人が割とゴロゴロ存在する世界らしいという事にも、アルテミシアは気づき始めていた。


「そういう化け物みてーな人らが主役っすから、俺ら農兵は、数だけしか期待されてねえんす。

 才能ある農兵は召し抱えられて農兵じゃなくなるっすから、農兵は本当に数だけなんす」

「あれっ、カルロスさん」


 噂をすれば、もとい、顔を思い浮かべたらカルロスがそこで溜息をついていた。


「どうしてここに」

「坊ちゃまが訓練の視察をするってんで、俺はネズミ捕り長のお守りっす」

「ニャー」


 もはや定位置となったカルロスの腕の中で、シルクハットとタキシードを身につけたように白黒で塗り分けられた猫が、機嫌良さそうに髭を立てていた。


「才能が無くても、丈夫で根性があれば専業兵としては充分だ。

 そういうのを一人前に鍛える教育法があるからな」


 ルウィスは街に来てやっと、自分の身体に合う服を都合できたようで、過剰装飾のコートみたいなもの(ジュストコールというらしい)に着替えていた。

 彼がやってくると、練兵場に居た者たちは、気がついた者から順にルウィスの方を向き直立不動の姿勢となる。ルウィスは自分に構わぬようにと、手を払って硬直を解かせた。


「折角の機会だから、その辺で暇そうなのを探して稽古付けてもらえ。

 そうしたら僕の推薦でお前を取り立ててやる」

「勘弁っす。俺は坊ちゃまを守った手柄で一生分の兵役免除を貰って、槍なんか二度と持たないで牛の世話して生きるんす」

「別に僕を守ってはないだろ、お前」


 街に来るまでの一件で、ルウィスはカルロスを買っているようだ。

 だが、カルロスの返事はつれない。実際アルテミシアも、カルロスが兵士に向いているとはあまり思えなかった。規律の下、命懸けで敵に立ち向かうより、自然の脅威と向き合う方が彼の意志の強さは発揮されるだろう。


「坊ちゃま、俺いつまで農兵扱いなんすか?

 そろそろ避難民でよくないっすか?」

「残念ながら規定の兵役日数すら過ぎていないし、現状は王国法の民兵緊急招集要件にすら該当している」

「とほほーい」

「皆がそれぞれの役目を全うすることで、軍という巨獣は前進するんだ。

 できないことをやれとは言わないから、生き残りたいなら働くんだな」

「はいっす。荷物持ちと、ネズミ捕り長のお世話なら任せるっす」

「お前な」

「あはは……どっちも絶対必要ですよ」

「ニャー」


 ルウィス相手に軽口を叩けるのだから、その度胸は強兵たり得るかも知れないと、アルテミシアは思った。


「ああ、そうだ。アルテミシアさん。軍医様が呼んでるっすよ。

 街にあった備蓄の薬草をかき集めたんで、調合してくれって」

「分かりました、行ってきます」


 アルテミシアにはアルテミシアの役目がある。

 そしてそれは、余人を以て代えがたいものだった。

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