15 惨禍の村にて

 魔物たちの領境封鎖部隊は、既に東の領境に向かっている。

 その際、都市を攻撃するような時間の掛かることはしなかったが、都市周囲の農村は襲われたそうだ。

 コルム村が、同じ目に遭ったように。


 そんな風に襲われた農村の生き残りが、防人部隊が近くを行軍中だと知って、保護を求めてきた。

 ひとまず、隊列を外れて村の状況を調査することが、二人の仕事だった。


「軍の依頼で、冒険者が危険な場所を調査しに行くのは分かるっすけど、なんで俺まで?」

「女一人だと、舐められたと思ってまともに応対しない奴も居るからね。

 誰でもいいと言えばいいのよ」


 街道から分岐した細道を歩きながら、二人は話す。

 辺りには、人ならざる者らに踏み荒らされた形跡が、奇妙な形のいくつもの足跡が残っていた。


「誰でもいいなら、それこそどうして俺なんすか」

「……ちょうどよかったんじゃない?

 一応は兵だから、魔物に襲われたとしても多少死ににくいだろうし、最悪死んでも一番被害が小さいから」

「酷えっす」

「酷いのは状況の方よ」


 レベッカは特に感情を込めずに言った。


「人も、酷い判断をしなくちゃ生き残れないわ」


 そういう事もあるのだと、とうに呑み込んでいる様子で。


 * * *


 辺りには、未だに焦臭いニオイが漂っていた。

 村の建物は、全く無事に見えるものもあれば、燃え落ち、焦げ朽ちたものもあった。


 村の門をくぐってすぐに目に付いたのは、巨大な血痕だった。

 敷石が真っ赤に染まって、臓物の残骸みたいなものや、血まみれの骨のカケラが転がっていた。


「なんすか、これ……牛でもシメた痕みたいな……」

「人を食う魔族は割と少ないけど、あいつらのペットは人肉大好きだからね」

「うえっ……」


 何が、どう解体されたのか察して、カルロスは嘔吐した。


 村が災害や魔物の襲撃に晒されたとき、定番の避難所と言えば、何処の村にでもあるし堅牢な構造の建物……神殿だ。

 だが、それだけに標的にされた様子で、神殿は崩れかけた瓦礫の山と化していた。生き残った人々は、被害を免れた家屋に身を寄せていた。


「なんてこった……

 これだけしか、生き残ってねえって……?」


 広場に出て来た、二十人余りの人々を見渡し、カルロスは絶句する。

 村の建物を見て察する限り、この村には少なくとも百人くらい住んでいたはずだ。


 殺された村長の息子だという男は、奥歯を噛みしめて首を振る。


「あれだけの大軍が押し寄せてきて、よく生き残った方さ。

 あいつら、ほんの一時間くらいで、やりたい放題して行っちまったから、隠れていた奴は結構生きてるんだ」


 こうして生きている方がおかしく思える。

 それくらいの有様だったという調子で。


「東の領境へ向かった魔王軍は、とにかく急いでいたんでしょうね。

 別に皆殺しにする意味も無いし、殺せる相手だけ殺し、奪える物だけ奪ったのね」

「怪我人は居ねえと思っていい。

 うまく隠れたか、殺されて魔物の餌か、どっちかだ」

「それは不幸中の幸いだわ」


 何が幸いなのか、カルロスは一瞬分からなかった。

 負傷者は移動が困難なので、集団全体の足手まといになる……という意味だと理解するのに、少し時間が掛かった。

 なるほど、それは『酷い判断』が必要そうだ。


「……と、言うわけだけど」


 レベッカは、呪文が書き付けられていて青い燐光を放つお札に向かって話し掛ける。

 遠話ができる使い捨てのマジックアイテム、通話符コーラーだ。村の状況を報告するため、彼女はセドリックに、これを持たされている。


『分かった。ならばサバロまで同行させて大丈夫だろう』


 ペラペラの紙切れからセドリックの声が聞こえてきた。

 彼はもちろん、行軍する防人部隊の隊列の中におり、そこから声を届けているのだ。


『ただし、こちらは行軍速度を落とすわけにはいかぬ。

 なるべく身軽にして、すぐに街道まで来るよう伝えてくれ。さすれば合流できよう。

 道中の護衛は、撤退の判断も含めて任せる』

「了解したわ」


 セドリックは、レベッカが一度は悪魔を破り、ルウィスを守ったことでかなりの信頼を置いているようだ。

 様子を見てくるようにと命じただけで、子細を全て委ねている。カルロスは本当に添え物だった。


「身軽って、どの程度です?」

「子どもの足じゃ、荷物無しでもキツイかも知れねえってとこっす」


 キツそうな子どもを思い浮かべてカルロスは言った。。

 すると、なんとも言いがたい空気が、村人たちの間に流れる。


「おい……」

「ああ……」


 人垣を作る村人たちが、揃って後ろを振り返った。

 そこに居たのは、杖を支えにして、横倒しの樽に座っている老婆だ。立って話を聞くのも辛いから座っている、杖無しでは座るのも安定しない、老婆だ。


 怪我人ではないが、足手まといという意味では、似たようなものだった。


「ええよ、みんなだけでお逃げ。

 あたしゃ先も短いからね」

「そういうわけには……!」


 老婆は肝の据わった調子でさらりと言った。

 もちろん村人たちは、本人から見捨てろと言われても簡単には見捨てられない。その判断は、酷すぎる。


「馬は居ないんすか?」

「全部盗られちまったんだ」

「じゃあ、荷車にでも乗せて……」

「多分それに載せて、物資を奪っていったんだと思うわよ」


 そして皆、言葉を失う。

 普段ならある物が、今は無い。そしてそれによって、人の命は容易くこぼれる。


「だから、ねえ、いいんだよ。

 あたしのせいで皆が遅れて、魔物にでも襲われてみな。

 あたしゃ後悔して死ぬよ。そんな死に方はしたくないんだ」

「……まだ手はあるっすよ」


 カルロスは、ぶつける先の無い怒りにも似た感情と共に、言った。


 * * *


「ぬおおおおおおおお!!」


 泥の中を進むように重い足を、カルロスは必死で動かして歩みを進めた。

 痩せ衰えた老婆と言えど、背負って歩けば人一人の重さは、農兵用の簡素な装備一式を上回る。


「おい、あんちゃん! 代わろうか!」

「まだ平気っす! それより、俺の鎧持っててくれっす!」


 カルロスは鎧も兜も外し、隊列に加わった村人たちに預けていた。

 彼らは、やんやと賑やかしながら、カルロスの周りを付いていく。


「お前、根性あるな!」

「倒れたら二人とも担いでいってやるよ!」


 防人部隊の兵士たちも、和やかに笑って激励する。

 そんな彼らはやがて、声を上げ始めた。


「おい! こいつを放っておくのか!?」

「馬を出せ!」

「馬車に乗せてやれ!」


 防人部隊のほとんどは、専業兵だがあくまで平民だ。

 彼らは意識として、指揮官たる貴族の側には居らず、民が粗末に扱われていると思えば当然にヘソを曲げるのだった。


「仕方ない。荷馬車を少し空けて、彼女を乗せてやれ。

 この調子では軍の士気に関わる」


 騒ぎに引き寄せられるようにやってきたルウィスが、馬上から一声、命じる。

 野郎どもは沸き立った。


「いいんっすか!?」

「荷物を積み直せば、隙間に一人くらい入るだろう。

 だが、いつでもこんなお慈悲があるとは思うなよ。あと狭いのは我慢しろ」

「ありがとうございます!」

「ああ……本当にもったいないこって。

 ありがとうございます、坊ちゃま。ありがとうございます……」


 歓声の中で、物資を積んだレベッカの馬車が止められ、手早く荷物が整理される。

 老婆はカルロスの背中で手を合わせ、ルウィスを拝んでいた。


「都合の良い時だけ表に出てくるんだから」

「なんとでも言え。

 ……都合の良い時に表に出ることも僕の役目だ」


 意地悪く笑って、からかうように言うレベッカに、ルウィスはしれっとした顔で応じた。

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