第6話 将軍再起

転けつまろびつで屯所に駆け込むカイン。体力不足のもと将軍はそれだけのダッシュで早くも息を上げてしまうが、体力はなくとも闘志は旺盛、屯所に飛び込むなり大きく息を吸い込み、


「注目!」


 大音声で叫んだ。そこにいた兵士たち、剣を振っていたり装甲車の整備をしていたりカードゲームに興じていたり昼間から酒をかっくらっていたりする連中が驚いてカインに注目し、そしてどこか投げやりだった表情を一様に輝かせる。


「カイン将軍!」

「将軍のお帰りだ!」

 浮足立つほどに歓喜する兵士たち。それはカイン・ガラドリエルという将軍が兵士たちにどれだけ慕われていたかということを示す。民衆はいざ知らず、宰相アベルの謀略など実際にカインと苦楽を共にしていた兵士たちの信じるところではなかった。


「敵襲! 軍を動かす!」

 カインは短くも鋭くそう叫ぶ。もとより敵襲を察知していた兵たちはにもかかわらず上層部からの指令がないことにいら立ち、燻っていたところであり、カインの到来は神佑ともいえるところだった。すかさず過半が「応!」と応え、残る半数も消極的に賛同する。


 しかし乍らそこに


「貴様らァ! 勝手は許さんぞ!」


 階上から2人の若い将校が降りて来て、怒鳴る。カイン更迭後に配属された彼らは若いからこそ逆に国家への盲目的な忠誠心が高く、カインの事を大逆の罪人としか思っていない。狂猛な視線で睨めつけ、佩剣に手を掛けようとする。


「であれば! 貴公らはかのサファヴィーの蹂躙を止められるか!?」

「貴様ならばできると言いたげだな、カイン・ガラドリエル! 偽りの名将が!」


 この声に旧カイン配下の古強者たちが怒声を上げる。兵にとって将は父も同然、父を馬鹿にされて黙ってはいられない。カインが制止する間も有らばこそ、彼らは将校に躍りかかってこれを制圧してしまう。


「お前たち、これは反逆だぞ!?」

「喧しい、役立たずが!」


 将校を一発ぶん殴り、兵士の一人——ユージュヌ・サヴォウという、小貴族の14男。小柄で風采の上がらぬ男だが、心身ともに機敏でまた、気骨と侠気にあふれる——が改めてカインに改めて敬礼した。カインはユージュヌに無用に暴力を振るわぬよう告げることで兵士全体の戒めとし、そしてレーダー網に映る敵影に目を移す。


 敵は戦車8両、装甲車20両、ヘリが3機。兵力はおよそ500、おそらく後方に後詰が100~200。こちらの動かせる兵力も500前後だが、カインとしては自分に絶対の信頼を置いてくれる古参兵以外を使うつもりがなかった。そうなると100人というところ。かなり不利になるが、こうした状況でこそカイン・ガラドリエルという男は笑みを浮かべる。


「よし、打って出る! 放水車に沸騰した泥水を!」

「了解!」

「また将軍の指揮で戦えるとは……やはり最高ですな!」

「最高というのは勝ってからだ。行くぞ!」


………………

…………

……


「こうでなくては、な」


 それまで無人の野を征くがごとく進んでいた侵略戦が、反撃を受けて蹉跌する。アジュナーダイン軍は地対空砲で攻撃ヘリが撃墜され、急ごしらえの塹壕を作って装甲車を下からひっくりかえす。墜落するヘリを確認したサファヴィーの「雷鳴」バヤズィトは驚きよりむしろ喜びの首肯を返した。アジュナーダインのカイン・ガラドリエル。かの名将が生きていたとして、更迭されてもやはり、必要とされれば起用されるだろう。バヤズィトはむしろそのことを期待していた。


 バヤズィトは矢継ぎ早に指示を飛ばす。中央および左右翼部隊を縦に連ね、アジュナーダインの町を制圧にかかる。こちらには先制の利があり、バヤズィトが完全に把握していたわけではないが兵力においても勝る。将器が互角なら負ける道理がない。


そうした、一種の油断がある制圧部隊の側面、物陰から、アジュナーダイン兵が奇襲を仕掛ける。彼らにとって市街は勝手知ったる我が家の庭。物陰からの銃撃とそれに続く白兵突撃に、サファヴィー兵は次から次と打ち取られる。そして前面に押し出された放水車から放たれる熱い泥水は装甲車、戦車を浸して瞬時に固まり渇き、動きを阻害。そこに歩兵突撃が戦車隊を襲い、打倒を果たす。


それだけでもまだサファヴィーの兵は優勢だったが、アジュナーダイン軍は巧みな誘引戦術でサファヴィー兵を隘路に引きずり込み、後方から一方的に打ち倒す。それまでアジュナーダインの民のものだった血臭は、たちまちサファヴィーの兵のものに塗り替わった。サファヴィーの軍が騎兵主体で、騎乗のまま市街戦にもつれこんだことも彼らにとって足かせとなった。入り組んだ市街で騎兵は本来の機動力を殺され、存分に戦えない。そこをアジュナーダインの兵は勇躍して叩く。


バヤズィトは前線の危うさにひとりうなずくと、愛馬に跨る。後退するのではなく、前進。彼は後詰の100騎を猛然と前線に叩きつけ、その衝撃力でもって戦局を覆そうとする。これだけ軍事力が科学的に発達して戦車や装甲車や航空機が戦場を支配するようになったとしても、なお将軍が命を託す愛騎はやはり馬。馬術に長けることはイコール将軍としての才覚に等しく、その伝で行くとバヤズィトは相当に優れた名将であった。


 100騎を率い、バヤズィトが動く。まさにその異名「雷鳴」のごとく、迅雷の速度と勢いで突撃する。その猛威はアジュナーダイン兵をたちまち粉砕する。一撃で前衛をぶち抜き、突破。このまま錐のように突き進む……はずであったが、地形を味方につけたアジュナーダイン側はまともにバヤズィトに当たる愚を犯さず、物陰からの狙撃で兵力を削る。


バヤズィトも馬鹿ではない、すぐさま騎兵突撃では利がないと悟った。となればすぐさま撤退に移る。その後背を散発的に銃撃して、カインは兵たちを回収した。


「逃げる敵は追うべからず。窮鼠を攻めると思わぬ怪我をするぞ! それより町の復興だ、怪我人の救助!」

 そう指示を飛ばす。一先ず小勝を得たが、市街に敵を引きずり込んで少なからぬ被害を出してしまったのは確か。戦前の凄絶な笑顔から一転、カインは愁眉を曇らせた。


 いっぽうでバヤズィトは高らかに笑っていた。


「痛快、痛快よ! まず今回は負けを認めよう、カイン・ガラドリエル!」


 虚勢でもなく本心から、呵々大笑するバヤズィト。強敵を見つけた喜びは敗戦の悔しさなどより100倍勝る。


「だが、次はどうする? それに俺を退けたとして、我が王までをも倒せるか?」


 くつくつと愉快気に含み笑いして、バヤズィトは意気揚々と軍を引き揚げる。ヘリ3機、戦車2両、装甲車9両、兵士200人近くを失いながら、バヤズィトの表情はまるで勝者の如しであった。


「ひとまず……、我々の勝利だ!」

「おおお!」

 カインの叫びに兵たちが湧く。敵の士気はなお高く侵攻の意志を挫いたとは言い難いが、それはまず仕方ない。サファヴィーを制すには戦場でバヤズィトやその後ろのラルダーンを倒すより、クズルパシュやウズン・ハサンと連携しての国力で牽制したほうが効果的だろう、カインはそう判断した。かの勁敵バヤズィトを打ち取るには乾坤一擲の会戦に賭けるか、余裕をもって勝利するためには少なくとも数で10倍する軍を率いる必要があり、アジュナーダインにそれだけの国力はない。


 ともあれ、勝利である。カインが勝利を宣言すると、兵たちは雄々しく雄たけびを上げた。都市国家アジュナーダインとサファヴィー、小規模戦とはいえ、初戦はアジュナーダインに軍配が上がった。カインが率いた総勢100人のうち、損害は功を逸ってバヤズィトを深追いした2人のみだった。


 かくして国を守ったカインだが。


 戦後、その両手には手錠がかけられることとなる。


 理由はどうあれ、退役軍人の身で独断専行に軍を動かした、という罪は大きい。もとよりカインはこうなることを予想して行動したのだが、不快になるのはどうしようもなかった。


 宰相アベルはカインがバヤズィトと組んでサファヴィーを招き入れ、失敗したのでバヤズィトを倒して取り繕って見せた、と布告した。さすがに国の内側での戦闘だけにすべての民を単純に信じさせることはできなかったが、それでもすべての民が皆カインに味方するわけでもない。都市国家の内部に敵の侵入を許したことに対する怒りもあり、信頼の度が半々ならはやりひとびとは公権力につく。


 そうして、留置所に送られたカインはそこで半月ほどを過ごし。


 5月頭、ふいに解放された。

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落ちぶれ将軍と軍略少女たち 遠蛮長恨歌 @enban

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