『覚悟』を決めて異能者生活

@naoyuki_sight

『覚悟』とは本能をねじ伏せると決めることである

俺はラノベが好きだ。特に科学と魔法が両方ある現代モノは好みのど真ん中だ。

だが、そんなことを言っていられるのも現実が平和で、退屈で、怠惰であるからこそ、ということを、俺は、俺たちはすっかり忘れていたのだ。


……とはいえ今現在、ベッドと布団の相性最高コンビに勝てない俺にとっては未だ対岸の火事なのであるが。


「明楽/あきら! いい加減起きなさい!」


チッ、葵/あおい のやつ、また俺を起こしに来ているのか。

布団を引っ剥がす幼なじみといえば聞こえは良いが、それが日常化している現状ではありがたみもクソもない。

俺だって最初の数ヶ月は楽しかったさ。

しかし現実は非情なものだ。たとえ人が羨むようなイベントがあったとしても、一年も経てば飽きてしまうのだ。


「……『覚醒』、最大出力でかけてあげようか?」

「それは勘弁!」


即座に布団から飛び起き、ベッドの隣で呆れる葵を後目にいそいそと服の準備をする俺。

調教された犬かなんかか俺は、と思いつつも、これが俺の今の日常なのである。


ここで少し説明が必要だろう。

葵の言う『覚醒』とはこの世界ではかなり使いにくくレアな「異能」の一つだ。

内容としては非常に単純。眠っているものを起こす。それだけ。

とは言え眠っている潜在能力とかにもこれは影響するらしいので、それを必要としている人間は多い。


ちなみに俺は半年前に狸寝入りをしていたところに全力の『覚醒』を食らった結果、三日くらい眠れなくなってしまったことがある。

流石に葵がもうそんなことはしないとわかっている。わかっているのだがあの恐怖の再来は怖いのだ。


「もぅ、いくらなにもしなくていいからってだらけ過ぎでしょ?

 「学校」、始まるよ?」

「俺が行っても仕方ないだろ。

 一年前のアレで昔の教育制度なんてすっかり廃れちまったんだから。

 今いる「学校」は能力者のための立ち回り教育だし、俺には関係ないって」


そう。俺たちの日常にはもともと異能なんてものは存在しなかった。

そんな世界で一年とちょっと前、世界中の人間の半分くらいに何らかの「異能」が備わったのだ。

『覚醒』のように使い所が限られるものから『転移』とかの便利もの。

中には『火炎』とかのザ・ファンタジーなものも含まれている。


当時は色々混乱があったものの、現在は異能を受け入れる、というか有効活用しようって方向に話が進んでいる。

その結果、葵のような「使える」異能持ちは特殊学校に隔離され、政府のために働くような教育を受けているのだ。


「明楽には関係なくても、せっかく友達もいるんだし一緒に授業受けようよ」

「……仕方ねぇな。明日は休ませろよ?」


そんな状況でなぜ俺がこんなことを言っているか。それは俺の立場に大きく関係がある。

俺の異能は『覚悟』。正直使ったことがない、というか使えないのでどんな異能か見当がつかない。

今俺がここにいる理由は唯一つ。「葵/『覚醒』の異能者 の反逆・謀反を防ぐための人質」だ。



さて、同級生に呼ばれてやってきたのは実習用の体育館。

ここでは戦闘に使える異能持ちの方々が日々研鑽を積んでいる場所である。

使えない異能持ちの当然俺には全く関係がないし、直接戦闘に使いにくい『覚醒』の葵も関係が薄い。

ちなみに今は放課後と呼ばれる時間帯。

監視カメラこそあるものの、人の気配はない場所である。


……だいぶ遠回しに言ってみたが、わかりづらいのではっきり言おう。

今俺は戦闘系の異能持ち数人と、その後ろにいるフードをかぶった奴に絡まれて、というか脅されているのだ。


「なんだよ明楽。今日も葵ちゃんを連れてこなかったのか?」

「そりゃそうだ。異能の『覚醒』はそうホイホイ使えるものじゃないって知ってるだろが。

 施術を受けたきゃ順位を上げる努力するのが先だって言われてるの忘れたか?」


うーん、テンプレ展開だ。

現在葵は異能を引き上げる異能者として引く手あまたの状態にある。

だが、異能を『覚醒』させるのは一週間に一人が限度とのことで、この学校内でもその施術を受けられるのは上位の異能持ちのみ。

それに入れない有象無象の中には、こうして俺を説得材料にして施術を受け、順位の一発逆転を狙う輩が少なからず存在するってわけだ。


で、目の前の有象無象の一人、『発火』の准/じゅんという男子生徒は俺の胸ぐらをつかんでいつものようにこう言うわけだ。


「あんまり生意気言ってると燃やすって前にも言ったよなぁ?」

「異能の無断使用は「退学」規定に入ってるって前にも言ったよな?

 そんな事したら学校からポイされて人生終わるぞ?」


このやり取りももう三回目くらいのはずだが、准は相変わらず頭が悪い。

ちなみに現在俺はICレコーダーを起動中であり、これを使えばこいつを本当に「退学」にできるのだが……


「あいにく、その脅しはもう効かねぇよ」


お、なんかいつもと違うルートだ。

考えられることとしては異能以外の手段で俺を脅すってところだが、そもそも葵の「人質」である俺を傷つけても即座に「退学」になる状況は一緒のはず。

一体何をするつもり……


「学校にバレないうちにことを済ませちまえばいい。

 上位の実力を得ちまえば学校も俺をそう簡単には捨てられないだろうからなぁ!!」

「バカかお前……」


……うん。バカにつける薬はなし。そんなことが簡単にできてたまるかってんだ。

少なくとも戦闘系クラスのこいつが葵以上の優先保護対象になることはないだろうし、もしなったとしたら一大事だ。

大体、戦闘系のトップクラスの能力者なんて、いずれは異能者同士の戦争かなんかの駒になる未来しか見えないのになんで頑張れるかね。


「つーか、バレないうちにって、できると思ってんのかよ。

 ここにはいたるところに監視カメラがあるし、この会話だって記録されてるぞ」

「そう思うか?」


……ずいぶん自信たっぷりだなオイ。

とりあえず体育館の監視カメラを確認しよう。動いているものがあれば自動録画されるシステムのはずだが……


なんで録画中のランプがついてないんですかね?


「紹介するぜ。最近見つかった『隠匿』の異能持ち、律ってんだ。

 もともと俺の幼なじみでな。今回ちょいと手を貸してもらってるのさ」


そう言うと准は後ろでフードを被っていた少女の肩を掴み、前に押し出した。

髪はゆるふわで背が小さめ。プルプル震える様はハムスターを思わせる……が、考えるべきはそこじゃない。


異能は科学を上回る。監視カメラが意味がなく、葵に接触、施術を受けるまでのコイツらの行動すべてが『隠匿』されると考えれば強引な手段に出ても問題はない、というわけだろう。


「今までさんざん俺たちをナメてくれたよなぁ、明楽。

  落とし前、しっかりつけてもらおうか?」


だが、こいつは徹頭徹尾バカらしい。

今回の目的である葵の施術を受ける前に、なぜか俺に右手を伸ばしている。

これじゃあまるで葵のことを後回しにして、うさ晴らしに俺に異能を使おうとしているようにしか


「って、待てよ!」


とりあえず横に飛び退き、准の「発火」を回避する俺。

やってて良かった護身術ってやつだ。


「葵の異能目当てじゃなかったのかよ!

 頭バグってんのかお前!?」

「るっせぇ! まずはお前を燃やしてから葵ちゃんのところに行こうってことだよ!」

「葵の「人質」傷つけといて施術もなにもないだろうがこのバカ!

 人質の使い方わかってねぇだろ!」


厄介なことになった。

准は俺をいたぶってから葵のところへ行くつもりか。

しかしこのルートも『隠匿』があれば成立してしまう。

ボロボロの俺を連れて行って「これ以上やられたくなかったら~」とか言えば、葵は『覚醒』の使用をためらわないだろう。


准がそこまで考えているかどうかはともかく、そうなれば最悪も最悪。

俺も重傷、葵は異能の不正利用で処分。

『隠匿』の効果範囲と時間が気になるところではあるが、准がより横暴になってお先真っ暗、と。


「となれば、奥の手と行くか! 俺の異能、見せてやる!!」

「なっ、まさかお前……」


そう。この状況下で俺が自分の身を守るために使える手段は唯一つ。

それは俺がこれまでひた隠しにしてきた三十六の技の一つ……


「俺のスピードについてこれるか、ってなぁ!!」

「……って、逃げんじゃねぇ!」


残念だったな! 俺の勝利条件は明確だ。

お前の異能の効果範囲外までジグザグダッシュで逃走すればいいだけのことよ!


「くっそ、狙いが……」


よし、体育館脱出は近い! ひとまず『隠匿』の効果範囲から脱出すれば俺の勝ち筋が見える!


「逃さない」


だが、次の瞬間『隠匿』の異能が発動した。

なんでそんな事がわかるかって?

そりゃ、さっきの律って子の声で、体育館の出口が塗りつぶされてなくなったからだ。

正確に言えば、周囲の空間が真っ黒に染まり、一切の身動きが取れなくなった。


「『隠匿』は隠し匿う異能。あなたは逃さない」

「よ、よくやったぞ律!」


……准の奴、『隠匿』使うにしてもワンプランしか用意してなかったのかよ。

繰り返すが、異能は科学を上回る。律ちゃんの異能を打開するのは、残念ながら俺の三十六の技をもってしても不可能だ。

ここで狙うべきはなんとか時間を稼いで『隠匿』の効果切れに期待すること。だが。


「明楽。お前にはここで黒焦げになってもらうぜ」


俺が驚いてる間に、准が俺の足に狙いをつけた。

これは、ミスったな。そう思った瞬間、俺の右足が「燃え始める」。


「がぁあああっ!!」

「へへっ、俺をおちょくってきた罰だ! せいぜい苦しめよ!」


熱い。熱い。痛い。痛い。

それ以外の思考の一切がストップし、俺は床に倒れ悶えることしかできなくなる。

さらに追い打ちで左足、右手、左手と、連続で使われる『発火』の異能。

胴体以外のすべてが勢いよく燃え続けている。


「これだけやれば十分だろ。

 葵ちゃんのところに行ってくれるよなぁ? あ・き・ら?」


今そんな事言える状況じゃねぇだろが!

こっちは全身火傷の重傷者だぞ!下手しなくてもここで死ぬぞ!

今から葵のところに到着するまでに俺が死んだら色々瓦解することに気づいてねぇのか!

唯一この中で常識人オーラを放つ律ちゃんが、准に近寄るが……


「准くん、もうそれくらいに……」

「俺の言うことに口出しするのか、律?」


准は律ちゃんの肩を突き飛ばし、その右手でそのまま照準をつける。


「お前も燃やすぞ?」

「ヒッ……」


その光景が目に入ったとき、俺はあることを思い出していた。

……俺の異能の「覚悟」という名前が判明した少し後のことだ。



葵の『覚醒』を叩き込まれても何の反応も示さなかったある意味でレアな異能。

俺が「人質」になった理由の一つが、そのレアさにあるということはなんとなくわかっていた。

だが、肝心の異能の内容がわからないままだった俺は、学校の練武場に足を運んだことがあった。


……確かそのときの師匠が言っていたことは、こんな感じだった。


「覚悟とは、本能をねじ伏せると決めることである」


本能。人間の三大欲求とか痛い・辛いとかの危険感覚も含む言葉。

人間はそれらを覚悟でねじ伏せる事ができる存在である、と師匠は言っていた。

護身術を習っている間に「覚悟」の異能が使えればと思っていた……結局そんなことはなかったわけだが。


しかし、師匠はこうも言っていた。


「お前には見込みがある。理性がある。正義がある。だからいずれ、なんとかなる」


全く。無責任にも程がある。当時はそう思っていた。



今、俺には選択肢がある。

最有力の一つは、痛い痛いとこのまま思い続けて、痛みという本能に屈しそのまま野垂れ死ぬ。

葵は悲しむ。おそらく、律ちゃんもそこまで幸せにはならないだろう。最悪も最悪。


そしてもう一つは……

痛みという本能を『覚悟』し、未だ効果が謎の異能で一発逆転を狙う。

だが、人間という生き物が本能をねじ伏せる、肉体が燃える激痛を『覚悟』し、抗う……そのためには条件が必要だ。


「痛ってぇな……めちゃくちゃ痛ぇよ」


俺は自分の肉が焼ける痛みも、『隠匿』の束縛も無視してゆらりと立ち上がる。


--条件1。抗うための明確な理由があること。

この場合で行けば、葵を、そして目の前の律ちゃんを准の手から守ることがこれに該当する。


「あぁ……なんだ、テメェっ?!」


右手で握りこぶしを作り、開く。

燃え続ける手足は、そこから伝わる激しい痛みと裏腹に、いつも通りに動く。


--条件2。理由に基づく感情があること。

例えば、目の前の奴に対する強い怒り、みたいな感じか。


とりあえず最低限ここまであれば……俺は焼死級の痛みを『覚悟』することができるらしい。


「痛いけど……んな事言ってる場合じゃねぇよなぁ?

 俺がここで焼死体になっても、葵は助からねぇもんなぁ……

 この痛みも何もかも『覚悟』して、お前をぶっ飛ばすしか手がねぇもんなぁ……!!」


この期に及んで、俺はようやっと自分の能力を理解することができた。

「覚悟とは本能をねじ伏せると決めることである」。師匠が言ったことは正しかった。

本能的な感覚/痛み をそのまま感じ、受け入れ、そして理性の力でねじ伏せ/無力化す る。


「『隠匿』ってのもなかなか厄介だよな。

 今の俺は隠し匿われるなんてまっぴらなんだよ」


この状況が監視カメラに映れば晴れて俺も使える「異能」持ちになる。

葵と同格の異能持ちになる、かはともかく、戦いに投入されたり研究対象になったりするだろう。

それはある種の「恐怖」だ。だが、その程度なら問題はない。


この死にそうなほどの「痛み」に比べれば、この程度の「恐怖」は何でもない。


「この後のことなんて知るか。

 俺は未来への恐怖を『覚悟』する」


それを受け入れ、ねじ伏せたとき、体育館を覆っていた黒い空間は綺麗さっぱり吹き飛んだ。

監視カメラのランプが点灯し、一斉にすべてのカメラが俺と准にピントを合わせる。


「う、うわぁぁぁぁぁっっっ!!!」


両手を俺に向け、二回、三回と再び『発火』を使いまくる准。

俺はその痛みに歯を食いしばって耐える。

理性が本能に負ければ、『覚悟』が尽きればその痛みは一気に俺を襲ってくるはず。

めちゃくちゃ怖い。どんだけの痛みが来るかわからない「恐怖」が俺にプラスされる。


だが、耐える、耐える。いや……「ねじ伏せる」。

この程度の痛みがなんだ、と停止を促す自分の本能に抗う。

……この「痛み」程度が、「喪失」に勝てるわけがないだろうが。


「葵にもう一度、身内を失う喪失感を味わせるくらいなら……俺はそんな痛み程度で折れねぇぞ!!」


一歩、踏み出す。相変わらずめっちゃ痛い。が、足は普通に動く。

二歩目。三歩目。腕も火傷などないように動いている。

四歩目。ここで准の精神力が尽きたようだ。息を切らして、目の前の俺に恐怖するしかない。


「我慢比べは、これで終わりか?」


五歩目。食いしばってきた奥歯がバキリと音を立て砕けるが、その痛みも『覚悟』していた。今更だ。

血が流れる感触と痛みを覚える前に、普通の奥歯の感覚が戻ってくる。


准の取り巻きはすでに戦意喪失。

准にいたっては後ろに倒れ込み、顔を青くして恐怖するしかない、といった感じだ。

だが、その中で一人、准を守ろうと間に入る人影があった。


「ダメ……准くん、逃げて!」


どうやら、この中で一番勇気があったのは律ちゃんだったようだ。

フードを外し、震えながら准を守ろうと両手でおれをせき止める。


「悪いが、そりゃ無理だ」


俺の言葉に絶望しつつも、その場から動こうとしない律ちゃん。

……よし。そろそろ頃合い、タイムアップだ。


「お前たち! 何をしている!!」

「異能の無断使用は罰則だと、知らないわけじゃないだろうな!!」

「っ!」


さっき律ちゃんの『隠匿』を消し飛ばし、監視カメラが起動してからすでに三分は経過している。

それだけ時間が経てば、警備員がやって来てもおかしくはない。


ついでに言えば、どんな正当な理由があったところで、俺には相手を傷つける『覚悟』なんてない。

過程を全部無視するなら「時間稼ぎ」戦略大成功ってわけだ。


「後はよろしくお願いします。正直、俺もう無理……」


ここで俺の『覚悟』の異能は途絶える。

ショック死を余裕で超えると思える痛みが一瞬脳を走り、あっさりと俺の意識は飛んだのだった。

全力で食らった『覚醒』のあれよりはだいぶマシだったと思えるのはなぜだろうか……



俺はこうして『覚悟』の異能によって状況を打破した……という夢を見たのさ! 

で済めばよかったんだが、残念ながらこれは現実だったようだ。


あの後防犯カメラに映っていた、准が俺に向けて「発火」を乱射する画像により、准は部屋での謹慎処分となった。

本来であれば「退学」処分……つまり、機密保持も兼ねて死刑、という流れになるわけだが、この処分には理由がある。


「あれから『覚悟』の考察が始まったみたいだけど、俺も完全に理解してるわけじゃないんだよなぁ」


それは俺に命中したはずの「発火」がすぐに消え、傷もすぐに回復したという俺の異能『覚悟』を引き出した「功績」によるものだ。

俺としてはとてもとても不服な処分理由であるが、上がそう決めたなら仕方がない。


それと「おそらく『覚悟』の異能は、使えと言われてはいどうぞと出せる代物ではない」ということを師匠が研究班に連絡してくれたため、人体実験で体を切り裂かれるなどの危機も去ったことは嬉しいニュースだったな。


で、最後に残る課題はというと。


「明楽、本当に『覚悟』の異能使えるようになったの?」


部屋に押しかけてきた葵をどう納得させるか。その一点のみであった。

正直自分でもわかっていないから、ということでごまかすのが一番安全なのだが。


「……一応ね」


なんとなく、そんな気分にはなれなかった。

葵はろくに使えない異能持ちの俺を置いていくことを嫌い、「人質」という体で俺を連れ込み、これまで守ってくれていた。

そんな葵を騙すことは俺の『覚悟』の否定にもなるし、普通に嫌だった。


「俺の異能は自分が『覚悟』したことを無効化する、って感じだと思う。

 あの時は痛みを『覚悟』してでも何とかすると思ったから、准の攻撃が無力化されたことになる」

「……ふーん」


現段階ではこれしかわからないのだから不満げな顔をしないでくれ。


「それ以外の効果は正直わからない。そもそも『覚悟』って名前に具体性がないわけだし」


……これは俺の中での仮説だが、『覚悟』はこの「具体性を持たない」点で異質な異能だと思う。

もしあのとき、俺が准を殺すことを『覚悟』していたらどうなっていたか。

異能の持つ意味合い的にはそれでも何らかの、おそらくは能動的に人を傷つけるような効果が得られるはずだろう。

『覚悟』はいわば、特定の感覚を得るを条件に何でもできる「ジョーカー」であると、俺は推測している。


「まぁ、わからないならそれでいいけど。

 これで明楽もいよいよ異能者人生スタートってことになるのね!」


……ん? 葵はなぜこんなに嬉しそうな顔をしているんだ?

とりあえず使える異能持ち、ってことが周囲にバレたのは事実だが、葵がそれを喜ぶ理由は……


「明日からは一緒に「学校」へ行くことになったんだから、ちゃんと自分で起きられるようにならなきゃね!」

「……マジで?」


そっかぁ。使える異能持ちなら葵の人質云々は関係なく、お国のために頑張る義務が発生する。

つまり「能力者のための立ち回り教育」が俺にも適用され、「学校」に行く義務が発生すると。


「さらば、俺のぐうたら生活、ってわけか……無念」

「何が無念よ。これで私たちは同じ「学生」になれたんだから。少しは喜んでよ」


言われてみれば、それもそうだ。

俺はこれまで葵を縛る「人質」だったところが、晴れて「学生」という平等な身分になったわけか。

そう言われると嬉しい、というか感慨深いものがあるが……


「OK。明日からはちゃんとするから今日はもう寝るわ。おやすみ」

「ちょっと! お休みは今日だけなんだからもう少しなんかないの!?」


それで表情が緩むのを見られるのは男としてアレなんだよ、アレ。

俺はひとまず布団をひっかぶって、それを無遠慮にはがそうとする幼なじみの根負けを待つのであった。

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