第十八話 「倉橋の巫女中編」

 神社から約500メートルの藪の中。

 花火の筒のような金属の塊―迫撃砲―が隠れるように設置され、その周囲では、男達が緊張の面もちで時計を気にしていた。

 「よぉ。悪い悪い」

 そこへやってきたのは、彼らにとって見慣れた男―――仲間だ。

 「何が悪いだ。バカ」

 男が金属の塊の側へ近づくと、そうとがめる声がした。

 男はその声の主の横へ座った。

 「そういうな。出物腫れ物ってヤツだ」

 「緊張感のない!」

 「必要ないだろう?」

 「何?」

 「―――あんた、死ぬんだからさ」

 ザクッ!!

 闇の中で鈍い音が響き渡り、動揺が広がった。

 「なっ!?」

 グサッ!

 ギャッ!!

 「きっ、貴様!」

 ザクッ!

 ドスッ!

 悲鳴と鈍い音の連鎖が数秒続き、辺りは沈黙した。

 後に立つのは、先ほどの男だけ。

 その足下には、ついさっきまで彼を仲間と信じて疑わなかった者達の骸が転がっていた。

 「……」

 男は無表情にそれを見つめると、闇夜へ消えていった。



 それから10分もしない内のことだ。

 「襲撃部隊と連絡がとれないだと?」

 「はい。迫撃砲班、狙撃犯、ロケット班、すべて連絡がとれません」

 「潰された―――そういうのか?」

 「その可能性が最も高く……」

 「草か……」

 祐一は歯ぎしりしながら言った。

 「黒共の放った草が動いたな」

 草―――

 敵の中へ仲間として入り込み、時が来ると敵として動き出す一種のスパイ達。

 自分たちの中にそんな奴らが紛れていたことになる。

 まずい。

 「このままでは襲撃は」

 「……」

 祐一が口を開こうとした時、


 「問題ありません」

 そう、祐一の言葉を遮ったのは、祐一の前を歩く綾乃だった。


 「放っておきなさい」


 「しっ、しかし!」


 「儀式の後、私が直接始末します。―――それではご不満ですか?」


 「いっ、いえ!」


 「ではそういうことです。今は、儀式に全精力を傾けなさい」


 「はっ!……巫女の仰せだ。よいか!全兵力を祭壇周辺の警護にあてろ!」

 「了解!」

 

 もくろみが狂ったのは、実は祐一達、分家だけではなかった。

 黒率いる忍達の主力部隊が、分家祭壇へ向けて森を移動中に、予期せぬ第三者と接触し、足止めを喰っていた。


 ギィンッ!

 「ギャッ!」

 黒装束の忍の一人がイーリスのナイフの一撃に断末魔の悲鳴を残して倒れた。

 「イーリス、ここはくい止める。由里香を連れて本家へ行け!」

 「了解」

 「由忠さん。それでも」

 「この程度はどうでもない」由忠は一人を切り伏せながら由里香に言った。

 「少しは俺を信じろ」

 「……はい。ご武運を」

 一礼の後、由里香とイーリスは森の中へと消えていった。


 その様子を少し離れた場所から見る数名の者達がいた。

 全員が黒装束に身を固めている。


 「姫。部隊のすでに半数が脱落」


 そう報告する声も動揺が隠せていない。

 「頭は?」

 「別働隊はすでに分家へ到達している時間です」

 「これ以上足止めを受けるわけにはいかん。雲、部隊を率いて別働隊と合流しろ」

 「姫!?」

 「ここは私がくい止める。任務が優先だ」

 “姫”と呼ばれた女は刀を抜いた。

 「はっ!」

 

 任務のために全てを犠牲にする。


 それが忍の不文律。


 だからこそ、それに従うのは当然なのだ。


 また一人……いや、二人、部下がやられた。


 これ以上はやらせるわけにはいかない。


 女は、無言で敵に斬りかかった。


 ほう?


 由忠は新たな敵を、感動に近い感情をもって見つめた。


 忍装束を纏っているが、それでも身体のラインは見事なものだ。


 イーリスといい、この女といい、俺はついている。


 「名前は?」

 「忍に……まして、貴様に聞かせてやる名なぞない」

 それが、女と由忠の交わした最初の会話だった。

 年頃なんだろう。由忠の耳にはあどけなさが感じられた。

 「おいおい。ベッドで呼ぶ時、名無しじゃ困るだろうが」

 「ベッド?墓場のことか?」

 「……ひどい言いぐさだ。調教が必要だな」

 

 互いに騎士。

 10メートルの間合いは近すぎる。


 それを女は一気に詰めた。


 女の手は簡単だ。

 体格と筋力で男には負けるが、瞬発力では勝てる。

 そんな女の繰り出す手は……


 右の袈裟斬りをわざとかわさせて懐に飛び込み、左の突き技を心臓にたたき込む。

 右をかわすことで体勢を崩させ、そのまま相手の懐に飛び込んで必殺の一撃を繰り出す連続した攻撃こそ、彼女の必殺の手だ。


 だが、由忠には悲しくなる位、その手が読めていた。


 あまりに稚拙にすぎる手だ。


 「気乗りせんな」」ぼやく由忠が動く。


 絶対の自信を持つ相手の右肘を剣の柄で突き、腹に膝の一撃を加える。


 ただそれだけ。


 本気の一部も出していない。


 だがそれですら、女にとっては信じがたい攻撃だった。


 「―――グッ!」


 腹に喰らった一撃にたまらずその場に崩れ落ちるかと思いきや、気力だけで地面を蹴って間合いをとる。

 その双眸からは戦闘の意志は消えていない。


 「結構な自信があったんじゃないか?今のコンビネーションアタック」

 「―――何人、あれで仕留めたと思っている。自信があって当たり前……信じられない。最低だ」

 「人は殺してはいないだろう?しかし、驚いているな」

 「あ、当たり前だ!絶対に成功する自信があるってことは、絶対に失敗しない自信がある。そういうことだ!例え実戦でも!」

 「ほう―――」

 由忠は形のいいあごを撫でながら思い出したように言った。

 「そこまで女を驚かせたことは、近頃なかったな。うん。実に感動モノだ……そう。あれだ―――品のない話だが、キャベツ畑やコウノトリを信じてる女に無修正モノを突きつけたような快感だな」

 「……経験が?」

 「モノのたとえだ」

 「墓場に刻んでやろう。“最低の変質者ここに眠る”と」

 「墓石代は持てよ?」

 「口が災いして人生苦労するクチだな。そうだろう?」

 「クチで女を喜ばせるのは得意だ」

 「口で女を滅ぼすの間違いだ」


 女は由忠に再び襲いかかった。

 二本の小刀を連続して繰り出し、その間に蹴りや肘での攻撃を加える。

 悪く言えば数にモノを言わせる攻撃。

 だが、

 「無駄に疲れるだけだぞ?」

 「えっ?」

 ガンッ!

 刀を交差して首を狙った一撃をかいくぐるようにして放たれた由忠の一撃は、女の鳩尾(みぞおち)にめり込んだ。

 「―――ぐっ」

 「落ちろ。堕ちろともいう。次に目を覚ましたら快楽の世界の住人に生まれ変わらせてやる」

 「だっ―――誰がだこの変態っ!」

 パンッ!

 突然、周囲に乾いた音が響き渡った。

 女の平手が由忠の頬を打った音だ。

 「久しぶりだな……女の平手の味は」

 鼻血を押さえながら由忠はそれでもなお、平静を務めた。

 「普段は……刺されているんだろう」

 「そこまでいっていないぞ?……うん。きっと、多分」

 「はぁ……はぁ……時間がないんだ。こんな所でお前みたいな最低男を相手にしているわけには……」

 「最低?」

 由忠は怪訝そうな顔で問いかけた。

 「誰のことだ?」

 「私の目の前で鼻血流している男のことだ!」

 「?」由忠は周囲を何度も見回した後、答えた。

 「幻覚か?」

 「死ねっ!」

 

 勝てない。

 それはわかっている。

 だが、

 だがそれでも。

 女は理解していた。

 ここで逃げるか勝たねば、

 私は命を、

 あるいはもっと大切なものを、

 よりにもよってこんな変態男に奪われてしまう。

 そんなのはイヤだ。


 何より

 私には任務がある。

 忍軍頭領の娘としての。

 

 負けられない!!


 ギィンッ!!

 渾身の力で放った上段からの一撃を、由忠の刀は易々と受け止めた。

 「終わりにするか?」

 「ああ」

 女の口元が悔しそうに歪んだ。

 「どう終わりにしたい?」

 「貴様を殺してハッピーエンド」

 「……残念だが、お答えできそうにない」由忠は口元だけ笑って答えた。

 「敵同士が愛し合うという選択肢はないのか?」

 「―――私に愛されたいのか?」

 「ああ」

 「じゃあ、愛する前に殺してあげる」

 「逆なら本望だな」

 「―――嘘つき」


 「!!」

 ダンッ!

 由忠の身体を蹴って女が間合いをとった。

 「お、お前―――」

 由忠はなぜか顔面蒼白。

 内股のまま、崩れ落ちそうな姿勢をかろうじて維持していた。

 「そ、それは反則だろうが」

 男性にしかわからない痛みに耐えつつ、由忠はそう恨み言めいた言葉をかけた。

 「仕込みで潰されなかっただけでも感謝しろっ!」

 「―――俺に惚れたか?」

 「誰がだっ!」女の手が一閃した。

 「!!」

 連続した閃光が暗闇を白く染め上げ、その隙間を某手裏剣が由忠を襲う。

 「やったか!?―――なんでっ!?」

 閃光による目つぶしと同時の手裏剣攻撃。

 闇夜における必殺に近い技。

 それなのに、相手は平気な顔をして立っている。

 「お前、アホか」

 由忠はややあきれ顔で女に言った。

 「俺は魔法騎士だぞ?そんなもの、何の役に立つ」

 「ならば!」女の手が懐に入った。

 「無駄だって」

 「!?」

 女が理解するより早く由忠の一撃が女に襲いかかった。

 「―――うん。やはり女はこの方が似合う」

 「えっ?」

 女は恐る恐る下を見た。

 妙にすーすーする。

 「……えっ?」

 「ほう?防御服越しでもなかなかと思っていたが―――大したものだ」

 「……」

 

 きゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!!


 バッチーンッ!!


 女の悲鳴と乾いた音が辺りに響き渡った。


 「バカッ!スケベ!最低っ!!」

 女は切り裂かれた服の前を泣きながら押さえ、その場にうずくまった。

 「こ、こんなこと―――許されると思って」

 「何。合意の上だ」

 「してないっ!」

 「まぁ、いい。―――そのまま消えろ」

 そういう由忠は、もう女を見ていなかった。

 「……えっ?」

 「そんな格好で俺の相手が出来るか」

 「……出来ないのか?」

 「ベッドの上限定でな」

 「どこまでスケベなんだこの最低男っ!!」

 「何とでもいえ」

 祭壇の方で動きがある。

 儀式が始まったな。

 「女は斬らない。特にキレイな女の子はな。……そう、決めているんだ」

 「……嘘くさい」

 「突くのは好きだが?」

 「―――消えろ」

 「お前が消えろ。それとも本当に突き殺されたいのか?」

 「……」

 女は、恨めしそうな顔で由忠を睨むと、そのまま闇の中へと消えていった。


 

 

 

 

 

    

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